本文へ進む

個人がまとめた案内です(町の公式サイトではありません)

メニュー
日本語
夜明けの沼で休む白鳥

チロットとは

チロットは「鳥がたくさんいる沼」という意味です

チロットは、幕別町アイヌ文化拠点空間の愛称です。この土地の古い地名から付けられました。

写真はイメージです
雪の川にうかぶ白鳥
写真はイメージです

チロットの名前の由来

幕別町は、チロットの語源を2つ挙げています。1つ目は、チㇼ(鳥)・オッ(たくさんいる)・ト(沼)。2つ目は、チㇼ(鳥)・ロㇰ(座る)・ト(沼)です。

アイヌの人々が多く住んでいた千住には、白鳥が飛んでくる沼があったと言われています。幕別町の町の鳥も、オオハクチョウです。

ローマ字では cirotto と書きます。公式Xのアカウント名(@cirotto_maku)も、この書き方です。

名前の2つの読み方

分け方ローマ字意味
チㇼ・オッ・トcir / ot / to鳥が・たくさんいる・沼
チㇼ・ロㇰ・トcir / rok / to鳥が・座る・沼

出典: 幕別町「令和8年秋、幕別町にアイヌ文化拠点空間(チロット)が誕生します」。ローマ字はアイヌ語の一般的な書き方に合わせて、このサイトが付けました。

春の沼とアシの若葉
写真はイメージです

白人と書いて「ちろっと」と読みました

チロットは、もともと千住にあった沼の名前です。チロトーとも言いました。

漢字では「白人」と書いて、「ちろっと」と読みました。白人は、千住の古い字名です。アイヌ語の地名に漢字を当てたので、読むのが難しい地名になりました。

千住という今の地名は、先住民族のアイヌの人々が大勢住んでいることにちなんで付けられました。

出典: 幕別町「アイヌ語に由来する幕別町の地名」

十勝の畑と防風林
写真はイメージです

拠点空間とセンターの関係

「チロット」は、敷地の全体を指す愛称です。正式な名前は、幕別町アイヌ文化拠点空間です。

その中に建つ建物が、幕別町アイヌ文化交流センターです。英語では Makubetsu Ainu Cultural Exchange Center と書きます。

センターは、生活館(ネウサㇽ)、展示館(ウチャㇱクマ)、蝦夷文化考古館の3つで成り立っています。

館の名前もアイヌ語です

写真はイメージです

チロットができるまで

  1. 1896年吉田菊太郎さんが生まれる
  2. 1959年吉田菊太郎さんが、蝦夷文化考古館を千住に建てる
  3. 1965年吉田菊太郎さんが亡くなる
  4. 1966年遺族が、建物と収蔵品のすべてを幕別町に寄付する
  5. 2023年3月建物が古くなり、蝦夷文化考古館が閉館する
  6. 2026年9月1日生活館の部屋の予約が始まる
  7. 2026年10月1日チロットが開館する。考古館の建物は耐震補強をして残され、収蔵品は展示館に移された

出典: 幕別町「幕別町アイヌ文化交流センター」「チロットのオープン・施設予約の開始について」

秋の川と黄葉したヤナギ
写真はイメージです

幕別という地名もアイヌ語から

幕別の語源は、マクンペッ(マクウンペッ)とされています。マクは後ろ、ウンはある、ペッは川という意味だと考えられています。

チロットのすぐ北には途別川が流れ、その先で十勝川に合わさります。川と沼のそばに、人の暮らしがありました。

出典: 幕別町「チロット リーフレット」

建物の大きさ

建物
生活館と展示館を合わせて約1,400㎡。鉄筋コンクリート造で、一部が木造の平屋
考え方
敷地の全体をコタン(アイヌの集落)に見立て、伝承室を母屋(チセ)として中心に置く
展示
祭具や民具など約140点(新聞の報道による数)
総事業費
約19億円(新聞の報道による数)

出典: 幕別町「アイヌ文化拠点空間整備基本計画(案)」、朝日新聞(2026年10月2日)、十勝毎日新聞(2026年10月1日)