アイヌの食文化
アイヌの食文化 山菜と魚と獣から、料理へ
アイヌの食事は、具がたっぷり入った汁物(オハウ)が主食で、食材の8割は植物でした。この資料は、山菜と作物、魚と貝と海藻、エゾシカなどの獣を辞典の形にし、それぞれの材料から料理へ、料理から材料へと枝をたどれるように作っています。
4つの辞典と、料理の一覧
アイヌの食文化から、つづけて読む
- ゴールデンカムイに出てくる料理チタタㇷ゚、オハウ、ルイベ、ヒンナ。作中の名前と本来の姿を結ぶ
- 十勝のアイヌ安東ウメ子さんの鮭の料理、十勝川の漁、アイヌ語の地名
- アイヌの暮らしと道具チセ、マキリ、アットゥㇱ

アイヌの主食は汁物のオハウでした
アイヌの日々の食事は、採ってきたばかりのものや保存した食材を料理して食べるのがふつうで、主食は何といっても汁物のオハウでした。肉や魚に、フキやアサツキなどの山菜、昆布、豆、ジャガイモ、きのこをよく煮こみ、具の一杯入った汁を食べます。
煮ると肉や魚のだしは汁に出てしまうので、汁のほうに栄養があると考えて汁を大事にいただきました。汁の名前は主役の魚か肉の名前で呼び、ニシン汁、シカ汁となります。山菜や野菜だけの汁は少なかったと本に書かれています。
山菜のアクは取らず、最後に入れるフキノトウやギョウジャニンニクなどの葉ものに吸わせました。脂を入れると、えぐみや渋みを脂の甘みで抑えられ、少しの量でも満腹になります。脂はエゾシカなどの陸の獣、アザラシやクジラなどの海の獣、ニシンやタラなどの魚から取り、ごまなどの植物の油は使いませんでした。塩味は海水をそのまま使いました。
汁物と並ぶもうひとつの柱が、お茶をすするように食べる薄い粥(サヨ)です。帯広百年記念館は、ふだんの料理としてオハウとサヨを挙げています。儀式や祝いの日には、団子(シト)、酒(トノト)、米をたっぷり使ったご飯、和えもののラタㇱケㇷ゚が加わります。
出典: 『アイヌのごはん 自然の恵み』(藤村久和 監修・デーリィマン社・2019年)p.111、帯広百年記念館 アイヌ文化モバイルガイド 12番、農林水産省 北海道農政事務所「アイヌの伝統料理」

食材の8割は植物で、デンプンを多くふくむものが中心でした
アイヌの人たちは狩猟と採集の民族でしたが、食材は肉や魚ばかりではありません。むしろ山菜が多く、8割は植物で、あとの2割が肉や魚(とくに魚)と考えてよいと本に書かれています。昔の日本の平均的な食事も同じで、ご飯と汁と漬物、おひたしで8割方は植物でした。
植物といっても副菜ばかりではなく、デンプンを多くふくむものが中心でした。オオウバユリをはじめ、クズ、カタクリ、ハマヒルガオ、ガガイモ、エゾノリュウキンカ、ヤドリギ、エゾエンゴサク、クロユリ、エゾテンナンショウ、コウホネ、ワラビの根や茎や球根、ヒシ、トチ、ヤブマメ、ミズナラ、カシワ、ササの実からデンプンを取りました。
山菜採りと農耕は女性の仕事、漁と狩りは男性の仕事でした。山菜は採り尽くさないように、場所を移しながら間引くように採り、多くを保存食にしました。畑は家のまわりに小さく、ヒエとアワの栽培は古く、ジャガイモも和人が持ち込んだ作物の中では早くから作られました。
狩りはエゾシカを中心に、ヒグマ、キタキツネ、エゾタヌキ、テン、エゾリス、鳥がありました。季節は毛皮のため主に冬から春で、交尾の時期と子どもは獲りません。鳥や小さな獣は骨までたたいてつみれにし、大きな獣の骨は捨てずに供養しました。
出典: 『アイヌのごはん 自然の恵み』「アイヌ料理」とは何か(日本料理の源流・地下茎や根からデンプンを採る・食材は間引きして得る)
アイヌの食の一年 採る・獲る・作るの暦
| 時期 | 山菜と作物 | 魚と獣 | 作るもの |
|---|---|---|---|
| 3〜4月 | フキノトウ、エゾエンゴサクの塊茎、ハマヒルガオの根茎。4月末に静内と噴火湾でオプシプシ(穴のあいた昆布)を拾う | 春の海でイワシ、ニシン、カレイ | フキノトウを汁に散らす、ニシン汁、白子汁 |
| 5月 | ギョウジャニンニク、ニリンソウ(花のころ)、コゴミ、アサツキ、ササノコ(中下旬)、ツルボ(中旬)、ヒメザゼンソウとオオハナウド(下旬)、タラノメ、イタドリ | おひたし、山菜の混ぜご飯、塩煮、炒め物、たたき。干して一年分を保存 | |
| 6月 | オオウバユリの球根(中下旬・花をつけない株)、エゾカンゾウの花、フキ | オオウバユリのデンプンと干し団子。幕別では2026年6月6日に保存会が採取と加工、6月19日に料理講座 | |
| 7月 | ナギナタコウジュはまだ先。フキは硬くなる | マス(カラフトマス)が川をのぼる。ホッケの旬。初夏の海でカジキ、サメ、マンボウ | 焼き魚。マスは脂が多く干し魚にしない |
| 8月 | ササゲ、夏の葉は干す | 夏の海でスズキ、イカ、ミズダコ | タコの和えもの、ササゲの煮物 |
| 9月 | ヤマブドウ、コクワ、ハマナスの実、キハダの実、ナギナタコウジュ(花のころ) | サケが川をのぼり始める。秋の海でサンマ、ハタハタ | サケ汁、たたき、すじこ粥、すじこの混ぜご飯、サラダ風の和えもの |
| 10〜11月 | きのこ、ドングリ、クルミ、ヤブマメ、クロユリの球根、エゾテンナンショウ(晩秋)、ハイイヌガヤ | サケの脂が抜ける10〜11月に干し魚。シシャモ漁(約1か月) | 干し鮭(サッチェㇷ゚・とば)、燻製、ラタㇱケㇷ゚、団子。儀式の料理 |
| 12〜2月 | ジャガイモを雪に埋める(ペネエモ) | 狩りの季節(エゾシカ・ヒグマ・タヌキ)。冬の海でタラ、カジカ、キンキ | ルイペ、カジカ汁、鹿肉汁、骨の汁、干した山菜と干しきのこの汁(キナオハウ) |
本と公的な資料に書かれている時期をまとめたものです。土地と年で前後します。採る・獲ることには法律と土地の決まりがあります(下の「安全と決まり」)。

保存が料理の前提でした 干し魚、干し肉、干し山菜
北海道は1年の半分が雪におおわれ、冷害もめずらしくありません。越冬のあいだの食料は、干し肉や干し魚などの保存食でした。秋の終わりになってもサケがのぼってこない年は、貯えた干し魚で次の秋まで待たなければなりません。だから家の中も食料庫も、干し肉、干し魚、山菜の保存食で一杯にしました。
サケは9月ごろからのぼりますが、とれ始めは脂が乗っていて保存に向かないので、10〜11月に脂が抜けてから干し魚を作ります。家の中につるして干したサケは、自然に煙でいぶされてとば(サッチェㇷ゚)になります。十勝の資料は、とったサケのほとんどを冬のためにとっておき、内臓を取って背から開いて日に干し、炉棚につるしたと書いています。
お年寄り(主に大正より前の生まれ)は、人間にとっていちばん恐ろしいのは飢饉だと語ったと本に書かれています。だから女の人たちは保存食の確保のために休まず働き、子どもも歩けるようになると浜に落ちた昆布の切れ端を拾いました。食べものを粗末にしたり無駄にしたりはしません。
出典: 『アイヌのごはん 自然の恵み』p.110「食料の保存」、帯広開発建設部『時をこえて十勝の川を旅しよう!』p.122〜123
安全と決まり この資料を読むときに
有毒の植物: ギョウジャニンニクはイヌサフラン、スズラン、バイケイソウと、ニリンソウはトリカブトと似ています。北海道では誤食で亡くなる事故が続いています。食べられると確かに分からない植物は、採らない、食べない、売らない、人にあげない(厚生労働省、札幌市)。ヒメザゼンソウとエゾテンナンショウは毒抜きが要る植物で、この資料は本に載っている食べ方の記録として書いています。
生で食べる魚: チタタㇷ゚やルイペの寄生虫(アニサキス、日本海裂頭条虫)は、調理で使う程度の塩や酢では死にません。確実な予防は−20℃で24時間以上の冷凍か、加熱です。家庭の冷凍庫は−20℃に届かないことがあります(厚生労働省、食品安全委員会)。
野生の肉: エゾシカなどの肉は中心まで75℃で1分以上加熱し、生や半生で食べません。食肉処理業の許可のある施設で解体された肉を買います(厚生労働省のガイドライン)。狩りには都道府県の狩猟者登録が要り、獲れる種類、区域、期間が法律で決まっています。アカゲラの仲間は今は狩猟できません。
採ることの決まり: 国有林で林産物を採ると法で罰せられ、保安林では下草の採取が禁じられています。道立自然公園の特別地域では指定の植物の採取に知事の許可が要り、人の土地では持ち主の許しが要ります。この資料は、買える材料で作る形を基本にしています。
お酒: アルコール分1度以上の飲みものを作るには免許が要ります。トノトは紹介だけにとどめます。

この資料の作り方 本の事実を拾い、十勝の資料と分けて書いています
元になった本は『アイヌのごはん 自然の恵み』(藤村久和 監修、デーリィマン社、2019年4月、128面)です。監修者が北海道を回り、お年寄りから手ほどきを受けた料理を再現した、アイヌ料理で初めてのレシピ集です。運営者が2026年10月17日にこの本を読み、事実(料理名、材料、手順、植物名、時期、注意)だけを拾って自分の言葉で書き直しました。本の文章と写真は載せていません。
本に地域の記載がない料理は「記載なし」と書きました。十勝の料理として書けるのは、帯広開発建設部の冊子、幕別町のチロット事業報告、帯広百年記念館の展示で確かめられたものだけです。平取、白老、浦河、白糠、旭川の料理は、アイヌ民族文化財団の再現マニュアルで土地を分けて書いています。土地を混ぜないのは、同じ名前でも土地と人によって指す料理が違うからです。
料理の一覧と辞典は、互いに結んであります。山菜辞典のギョウジャニンニクを開くと「この材料の料理」が並び、料理の一覧のさけ汁を開くと材料の札からサケの項へ飛べます。アイヌ語の名前は本の表記にならい、小書きのカタカナ(ㇷ゚・ㇱ・ㇽ)もそのまま書いています。
写真と動画は、運営者が台所で再現しながら1品ずつ足していきます。本の写真は使いません。チロットの料理講座(マクンベツアイヌ文化伝承保存会)で作られた品は、講座の報告を出典にしています。
出典
- 『アイヌのごはん 自然の恵み』藤村久和 監修、デーリィマン社、2019年4月、ISBN 978-4-86453-058-3 料理約80品と山菜・栽培作物・魚と陸獣の図鑑。この資料の主な元
- 帯広開発建設部『時をこえて十勝の川を旅しよう!』第3章「サケを使った料理」p.122〜125 幕別の安東ウメ子さんが紹介していた十勝の鮭の料理
- 幕別町 令和8年度チロット事業報告(夏のアイヌ料理講座・オオウバユリの採取と加工) ポネオハウ、ムニニシト、コンブシト、いなきびご飯、トゥレㇷ゚の加工
- 帯広百年記念館 アイヌ文化モバイルガイド 12番・13番 オハウとサヨ、筋子をつぶす木の皿
- アイヌ民族文化財団 アイヌ生活文化再現マニュアル(平取・浦河・白糠・白老・旭川) 各地の分量つきの作り方
- 農林水産省 北海道農政事務所「アイヌの伝統料理」
- 厚生労働省「アニサキスによる食中毒を予防しましょう」
- 厚生労働省「有毒植物による食中毒に注意しましょう」
- 厚生労働省「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」
- 北海道森林管理局「国有林からのお願い」


