厚真町のアイヌ文化
厚真町のアイヌ文化 厚真川の遺跡と、 松浦武四郎が書いた村
厚真町では、厚幌ダムの工事に伴う発掘調査で、約1,000年前から約400年前のアイヌ文化の儀礼の跡やお墓が見つかり、出土品329点が町の文化財になりました。出土品の多くは、町の軽舞遺跡調査整理事務所で、無料で見学できます(事前に連絡)。1858年には松浦武四郎が厚真を訪れ、町内の約100か所のアイヌ語地名と5つのコタン(集落)を書き残しています。
対象 厚真町出典 13 件この画面の更新 2026年10月24日

厚真町のアイヌ文化について、先に5つ
- どこで見られるか
- 厚真町軽舞遺跡調査整理事務所(厚真町字軽舞205-2)です。入館料はかからず、平日の9時から17時に開いています。町の指定文化財の出土品は、一部を除いてここで見学できます。見学には事前の連絡が必要です。
- 何が分かったか
- 厚幌ダム遺跡群の発掘で、約1,000年前のたき火の跡の周りから、焼けた土器や銅のわん、炭になったキビ団子が見つかりました。町は、これをいまのカムイノミ(神々への祈り)の源流と考えています。
- 海を越えた品
- 約800年前のお墓から、道内最古の京都産の和鏡、鎌倉時代の御家人の腰刀、ガラス玉、大陸産とされるコイル状の飾りが出ています。北と南の両方と交易していた跡です。
- 松浦武四郎の記録
- 1858年(安政5年)に厚真を訪れた松浦武四郎は、町内の約100か所のアイヌ語地名と、キムンコタンやトンニカコタンなど5つのコタンを記録しました。
- これから
- 町は、令和10年度(2028年度)に「アイヌ歴史文化センター」(仮称)を開く計画を進めています。いまの町には、アイヌ文化の資料をいつでも公開できる施設がありません。
出典: 厚真町「軽舞遺跡調査整理事務所」「厚真町指定文化財~アイヌ文化関連出土品~」(どちらも2026年10月24日に確認)、内閣府「厚真町アイヌ施策推進地域計画」

厚真の遺跡で何が見つかったのか 厚幌ダム遺跡群と329点の町指定文化財
厚真町のアイヌ文化の発見は、厚真川の上流の厚幌ダムの工事から始まりました。平成14年から28年(2002年から2016年)にかけて、ダムの建設に伴って旧石器時代以降の遺跡が調べられ、擦文・アイヌ文化期の遺跡が15か所見つかりました。
遺跡からは、多くのチセ(家)の跡、お墓、シカや日用品の送り場の跡、シカを追い込む猟の柵の列の跡が出ました。道内最古級のチャシ跡とされるヲチャラセナイチャシ跡もありました。遺跡群はいま、ダム湖の底にあります。
2022年(令和4年)11月25日、厚真町は、上幌内モイ遺跡、上幌内2遺跡、オニキシベ2遺跡の3か所から出た出土品を、町の有形文化財に指定しました。名前は「厚幌ダム遺跡群出土の擦文・アイヌ文化期の精神及び葬送儀礼に伴う遺物群」で、329点を一括して1点として指定しています。
町の地域計画は、これらの出土品が平成23年(2011年)2月に文化庁の「重要考古資料」に選ばれたと書いています。また、発掘で見つかったお墓の人骨は、令和3年(2021年)9月に厚真アイヌ協会へ返され、町の教育委員会が軽舞遺跡調査整理事務所で副葬品とともに安置しています。
出典: 厚真町「厚真町指定文化財~アイヌ文化関連出土品~」(2026年3月13日更新)、内閣府「厚真町アイヌ施策推進地域計画」(アイヌ民族関連文化遺産の一覧)
遺跡ごとの出土品 上幌内モイ遺跡・上幌内2遺跡・オニキシベ2遺跡
| 遺跡と時代 | 見つかった場所 | おもな出土品 |
|---|---|---|
| 上幌内モイ遺跡(約1,000年前) | 儀礼の場の跡 | 擦文土器、青森県産の須恵器、鉄のやじり、銅のわん、焼けた骨、炭になったキビ団子、黒曜石 |
| 上幌内モイ遺跡(約900年前) | お墓 | 土器、刀子(小刀)、鎌、黒曜石 |
| 上幌内2遺跡(約800年前) | お墓 | 京都産の和鏡(秋草双鳥鏡)、コイル状の飾り、ガラス玉を連ねた首飾り、錫の飾り、漆塗りの鞘に納めた腰刀、金めっきの飾り金具が付いた鎌倉御家人の腰刀、骨のやじり |
| オニキシベ2遺跡(約700年前) | お墓 | 和鏡を作り直した鍔の形の銅製品とガラス玉、メノウ玉、古銭の首飾り、道内でただ一つのスタンプ文の漆器(皿)、銀の飾りの付いた矢筒と刀子 |
| 上幌内モイ遺跡(約400年前) | お墓 | 鍔に銀の飾りがある蝦夷太刀、骨で作った中柄 |
町の説明では、オニキシベ2遺跡の矢筒にある角九曜文という文様の形は、近現代のアイヌの民具にも受け継がれています。銅のわんは朝鮮半島産で、平安貴族が使ったものと説明されています。
出典: 厚真町「厚真町指定文化財~アイヌ文化関連出土品~」(指定物件の一覧。2026年10月24日に確認)
出土した鏡と刀を3Dプリンターで複製 手に取れるレプリカ
厚真町教育委員会は、町内のアイヌ文化の遺跡で出た鏡や刀などを、3Dプリンターで実物大に複製し、展示する取り組みを進めています。北海道新聞の2025年10月16日の記事によると、初めて作った鏡など3点は、町の青少年センターの図書室に置かれました。
町が内閣府に出した令和7年度の事業計画では、前の年度にレーザーで取った3Dのデータを使い、見学する人が手に取って観察できる一色塗りのレプリカを作るとしています。対象はオニキシベ2遺跡のガラス玉3点と銀象嵌の刀子2点、ニタップナイ遺跡の銅製の銚子2点、上幌内2遺跡の和鏡1点の、合わせて8点です。
令和8年度の計画では、オニキシベ2遺跡の鍔の形の銅製品(シトキ)1点、古銭2点、矢筒1点の、合わせて4点のレプリカを作るとしています。出土品は傷みやすく、公開には温度と湿度の管理が欠かせないため、と計画は理由を書いています。
令和7年度には、約700年前の銀象嵌の飾り矢筒を、いまのアイヌの木彫りの工芸家が若い伝承者とともに復元する事業も計画されました。計画は、この矢筒が平取町立二風谷アイヌ文化博物館に展示されている民具と同じ文様の組み立てだと書いています。
出典: 北海道新聞「アイヌ文化財、3Dプリンターで複製 厚真町教委 青少年センターに展示「身近に感じて」」(2025年10月16日)、内閣府「令和7年度 厚真町アイヌ政策推進交付金事業計画」「令和8年度 同計画」

厚真川の流域に点在するアイヌ文化の遺跡と伝承地
厚真町は、長さ52.3kmの厚真川の流域に広がる町です。北は夕張山地、南は太平洋に面し、南北に約32.5km、東西に約17.3kmあります。町の地域計画は、町内のアイヌ民族に関わる文化遺産として、遺跡や伝承地を14か所あげています。
そのうち、桜丘チャシ跡は、町内にいまも残るただ一つのチャシ跡です。15世紀の、戦いの働きをもつチャシ(山城)の跡で、平成21年(2009年)に一部が発掘されました。解説の看板がありますが、行くための道は2018年の北海道胆振東部地震で崩れています。
下の表は、地域計画の一覧から主なものを選んだものです。多くは畑や山林、道路の下にあり、見学会のとき以外は、いつでも入って見られる場所ではありません。
出典: 内閣府「厚真町アイヌ施策推進地域計画」(令和6年3月18日認定、令和8年3月の変更を含む)
厚真町のアイヌ文化の遺跡と伝承地 主な10か所
| 名前 | 場所 | 分かっていること |
|---|---|---|
| 厚幌ダム遺跡群 | 字幌内(ダム湖の底) | 擦文・アイヌ文化期の遺跡15か所。チセ跡、お墓、送り場の跡、シカを追い込む柵の列の跡。道内最古級のヲチャラセナイチャシ跡もあった |
| 桜丘チャシ跡 | 字桜丘(山林) | 15世紀のチャシ(山城)の跡。町内に残るただ一つのチャシ跡。地震で行く道が崩れた |
| ニタップナイ遺跡 | 字富里 | 17世紀中ごろ、シャクシャインの戦いのころのコタンの跡。ヌササン(祭壇)の跡、イワクテ(モノ送り場)の跡。令和7年度の調査で17世紀初めごろのチャシ跡も確かめられた |
| 幌内7遺跡 | 字幌内 | 13世紀末から14世紀初めのチセ(平地式の住居)の跡と、17世紀中ごろの道の跡 |
| 上厚真遺跡 | 字厚和 | 令和3年の調査で、16世紀のホッキガイなどの送り場の跡が見つかった |
| 厚和1遺跡 | 字厚和 | 幕末に町内で最も大きかったコタン、キムンコタンの跡。明治21年の強制移住でコタンは解かれた |
| 富里地区のアイヌ伝承地 | 字富里一円 | 松浦武四郎が書いた伝承「天使のカモメ」(津波の伝承)と「紅スズラン」(争いの悲しい話)、シカを落とした沼の跡、カムイノミの跡地 |
| 吉野地区の石碑「教育発祥の地」 | 字吉野 | 明治21年のアイヌ民族の強制移住先と、吉野古道 |
| 宇隆相馬妙見神社 | 字宇隆 | 奥州藤原氏との交易を示す、12世紀の愛知県常滑の壺が出た場所 |
| オビラルカトンネル | 字幌内(むかわ町穂別との境) | 縄文時代から続いたアイヌ民族の山越えの道に、アイヌ語地名の名を付けたトンネル |
出典: 内閣府「厚真町アイヌ施策推進地域計画」の「アイヌ民族関連文化遺産」。地域計画には、このほか竜神沼、松浦橋、臨港大橋、林業専用道幌内栄支線が載っています(松浦武四郎の節を参照)。

松浦武四郎と厚真 1858年に記録した100の地名と5つのコタン
松浦武四郎は、1858年(安政5年)に厚真を訪れました。町の地域計画によると、武四郎の記録には町内の約100か所のアイヌ語地名と、キムンコタン(いまの厚和地区)やトンニカコタン(いまの富里地区)など5つのコタンが書かれています。
同じ計画は、武四郎の記録が二つの姿を伝えていると書いています。一つは、農耕が盛んで、宝物が多く伝わる豊かな暮らしです。もう一つは、場所請負制のもとで、人びとが労働力として使われ、搾取されていたコタンの様子です。
厚真の記録は、武四郎の『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌』の中の「安都摩日誌」などに入っています。町は令和8年度に、武四郎が記録した厚真を題材に「イコロ・洪水・アワ団子」編(原典は戊午安都摩日誌)と「あつまのアイヌ犬」編(原典は東蝦夷日誌と厚真村史)の2本の映像を作る計画です。令和7年度には、富里地区の津波の伝承「天使のカモメ」の映像を、秋葉実の校訂した『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』(1985年)をもとに作る計画でした。
町の地域計画は、武四郎ゆかりの場所として次をあげています。1856年に武四郎が歩いて山を越えた道すじ(いまの林業専用道幌内栄支線)、武四郎が「ホントウ」と書いた竜神沼、武四郎の名を付けた北海道でただ一つの橋である松浦橋(1957年)、そして町の指定文化財「松浦武四郎之碑」です。碑は松浦橋のそばにありましたが、2021年(令和3年)に富里の厚北地域防災コミュニティセンターならやまの敷地へ移りました。令和8年度には、この碑に解説の看板を置く計画です。
出典: 内閣府「厚真町アイヌ施策推進地域計画」、「令和7年度 厚真町アイヌ政策推進交付金事業計画」「令和8年度 同計画」。武四郎の日誌の本文はこの画面では引いていません。

「厚真」はアイヌ語で何という意味か 3つの説
「厚真」の語源は、はっきりしていません。北海道の『アイヌ語地名リスト』は、厚真(町・川・駅)の由来に3つの説を並べ、確定のレベルを「C」(不明と言わざるをえない)とし、「諸説あり特定困難」と書いています。
町の地域計画も、町の名は厚真川の河口のあたりのアイヌ語地名からきていて、「アッ・トマム(向こうの・湿地帯)」や「アッ・マ(モモンガ・泳ぐ)」などの説があると書いています。
出典: 北海道 環境生活部『アイヌ語地名リスト』(2007年改訂)p.5「厚真」、内閣府「厚真町アイヌ施策推進地域計画」
厚真の語源の3つの説(北海道『アイヌ語地名リスト』より)
| アイヌ語 | 意味 | 説の出どころとリストの注 |
|---|---|---|
| アッマ(at-ma) | モモンガ・泳ぐ | 上原熊次郎の説。昔モモンガが川を泳いで渡ったため、とする。リストは、モモンガの説は地名から生まれた伝説にすぎない、と書く |
| アッオマプ(at-oma-p) | オヒョウニレ・ある・所 | 永田方正の説。リストは、そう考えられるというだけで、オヒョウニレの林があったとは言いきれない、と書く |
| アットマム(at-tomam) | 向こうの・湿地帯 | 『厚真村史』の説。川ではなく、このあたりの湿地帯に付いた名だとしたら、こうも考えられる、とする |
どの説が正しいとは決められていません。リストの文を短く言い換えています。
出典: 北海道 環境生活部『アイヌ語地名リスト』(2001年作成、2007年2月に市町村名を改訂)p.5「厚真」。道の画面は2026年10月時点で開けないため、ウェブアーカイブの写しを示します。
いまの厚真町のアイヌ文化 カムイノミ・イチャルパと、アイヌ歴史文化センター
厚真町では、毎年10月の第1日曜日に、厚真アイヌ協会が主催してカムイノミ(神々への祈り)とイチャルパ(先祖供養)を行っています。町と町の教育委員会が後援し、町民も参列や見学ができる形で行われています。会場は、令和6年(2024年)10月6日から、厚幌ダム右岸小公園になりました。
厚幌ダム右岸小公園(字幌内)は、令和5年(2023年)11月30日にできた公園です。チセふうのあずまやと、ダムの発掘調査で分かったアイヌ民族の歴史と文化を紹介する看板があります。
厚真アイヌ協会は、平成23年(2011年)4月5日にできた団体です。令和8年度の町の計画では、構成員は9名で、次の世代の担い手が足りないことが課題とされています。町は、儀式に使うキナ(ござ)などの民具を買い、儀式のとき以外は軽舞遺跡調査整理事務所で展示する計画です。
「アイヌ歴史文化センター」(仮称)は、令和10年度に使い始める予定の町の文化交流施設の中に置かれる計画です。町の地域計画は11月の開館を予定し、令和10年度の来館者の目標を4,300人としています。準備として、大学の研究者や町民、厚真アイヌ協会の会長と副会長が入る検討委員会が開かれています。
出典: 内閣府「厚真町アイヌ施策推進地域計画」「令和8年度 厚真町アイヌ政策推進交付金事業計画」
厚真町のアイヌ政策推進交付金の事業(内閣府の公表資料より)
| 年度 | 国の交付金(国庫補助金) | 主な事業 |
|---|---|---|
| 令和7年度(2025年度) | 19,087,798円 | 出土品のレプリカ8点、儀式の民具(シントコ(行器)1点、チタラペ(花ござ)4点)、飾り矢筒の復元、桜丘チャシ跡のレーザー計測と案内の看板、町民ガイドの育成、先進地の見学ツアー、天使のカモメの映像 |
| 令和8年度(2026年度) | 16,513,570円 | 出土品のレプリカ4点、儀式の民具(キナ4点)、センターの検討委員会と映像2本、町民ガイドの道外研修(松浦武四郎記念館など)、ウポポイと二風谷の見学ツアー、松浦武四郎之碑の解説看板、アイヌ文化の特別講演会 |
令和8年度は、国の交付金16,513,570円と町の負担4,128,393円を合わせ、事業費は20,641,963円です。地域計画の令和6年度から令和10年度までの事業費の合計は、350,305千円です(令和8年3月の変更後)。
出典: 内閣府「令和7年度 厚真町アイヌ政策推進交付金事業計画」「令和8年度 同計画」の収支予算、「厚真町アイヌ施策推進地域計画」
厚真町でアイヌ文化を見学できる場所 軽舞遺跡調査整理事務所の開館時間と電話
- 厚真町軽舞遺跡調査整理事務所
- 厚真町字軽舞205-2。町の文化財を扱う部署の事務所で、町内の遺跡の土器や石器に触れられる展示があります。学芸員が常駐しています。
- 開いている時間
- 9時から17時。土曜・日曜・祝日は休みです(教育関係の団体は、事前の連絡で対応)。
- 入館料
- かかりません。
- 電話
- 0145-28-2733
- 指定文化財の出土品
- 一部を除いて見学できます。見学したい人は、事前に事務所へ電話で連絡します。
- 厚幌ダム右岸小公園
- 厚真町字幌内。チセふうのあずまやと、発掘調査で分かったことの看板があります。カムイノミ・イチャルパの会場です。
- 松浦武四郎之碑
- 厚真町字富里373-1、厚北地域防災コミュニティセンターならやまの敷地内にあります。
- 事務所の中を画面で見る
- 北海道の歴史文化ポータルサイト「あかれんが」の「アイヌミュージアム・バーチャルガイド」で、事務所の中を360度の映像で見られます。
開いている時間・電話・入館料は、厚真町「軽舞遺跡調査整理事務所」と「厚真町指定文化財~アイヌ文化関連出土品~」で2026年10月24日に確認しました。公園と碑の場所は内閣府「厚真町アイヌ施策推進地域計画」によります。

厚真町への行き方と、町の催し
厚真町には、JR日高本線の浜厚真駅があります。軽舞遺跡調査整理事務所までの道順と時間は、この画面では確かめていないため、出かける前に事務所へ電話で尋ねてください。
町は、アイヌ文化の講演会や見学ツアーを開いています。2026年11月8日(日)13時から16時20分には、厚真町総合福祉センター2階の青年室で講演会が予定されています。札幌大学アイヌ文化研究センター長の講演「アットゥシについて」(アットゥシは木の内皮の糸で織るアイヌの織物)と、苫小牧と鵡川の保存会の古式舞踊があります。参加料は無料、定員は50名ほど(先着)で、申し込みの締め切りは11月5日(木)17時です。
厚真町の取り組みは、ウポポイ(国立アイヌ民族博物館)や平取町立二風谷アイヌ文化博物館への見学と組み合わせて行われています。ほかの館は、北海道のアイヌの博物館の画面にまとめています。
出典: 厚真町「アイヌ文化講演会のお知らせ」とその画面のポスター(2026年10月24日に確認)
厚真町のアイヌ文化の年表
- 約1,000年前上幌内モイ遺跡で儀礼が行われる。町はいまのカムイノミの源流と考えている
- 約800年前上幌内2遺跡のお墓に、道内最古の京都産の和鏡や鎌倉御家人の腰刀が納められる
- 約700年前オニキシベ2遺跡のお墓に、銀の飾りの矢筒やスタンプ文の漆器が納められる
- 15世紀桜丘チャシ跡(チャシ(山城)の跡)
- 17世紀中ごろニタップナイ遺跡のコタン。シャクシャインの戦いのころ
- 1856年(安政3年)松浦武四郎が厚真の山越えの道を歩く
- 1858年(安政5年)松浦武四郎が厚真を訪れ、約100の地名と5つのコタンを記録する
- 1888年(明治21年)アイヌ民族の強制移住。キムンコタンは解かれる
- 2002年〜2016年厚幌ダムの建設に伴う発掘調査。擦文・アイヌ文化期の遺跡15か所
- 2011年2月出土品が文化庁の重要考古資料に選ばれる(町の地域計画による)
- 2011年4月5日厚真アイヌ協会ができる
- 2021年9月発掘で出た人骨が厚真アイヌ協会へ返される。松浦武四郎之碑が富里のならやまへ移る(2021年)
- 2022年11月25日出土品329点を町の有形文化財に指定
- 2023年11月30日厚幌ダム右岸小公園ができる
- 2024年10月6日カムイノミ・イチャルパの会場が厚幌ダム右岸小公園になる
- 2025年10月3Dプリンターで複製した鏡などを町青少年センターで展示(北海道新聞)
- 2028年度(予定)アイヌ歴史文化センター(仮称)を開く
出典: 厚真町「厚真町指定文化財~アイヌ文化関連出土品~」、内閣府「厚真町アイヌ施策推進地域計画」、北海道新聞(2025年10月16日)。アイヌの歴史全体の流れは、サイトの年表とアイヌの歴史の画面にあります。
あわせて読む
出典
- 厚真町「軽舞遺跡調査整理事務所」 2026年3月6日更新。開館時間・休館日・所在地・電話(2026年10月24日に確認)
- 厚真町「厚真町指定文化財~アイヌ文化関連出土品~」 2026年3月13日更新。指定の名前・点数・指定日・指定物件の一覧
- 厚真町「アイヌ文化講演会のお知らせ」 2026年11月8日の講演会
- 内閣府「厚真町アイヌ施策推進地域計画」(新旧対照表つき) 令和6年3月18日認定。現状と課題、文化遺産の一覧、数値目標、事業費
- 内閣府「令和8年度 厚真町アイヌ政策推進交付金事業計画」 事業の内容と収支予算
- 内閣府「令和7年度 厚真町アイヌ政策推進交付金事業計画」 レプリカ8点、飾り矢筒の復元、天使のカモメの映像
- 北海道新聞「アイヌ文化財、3Dプリンターで複製 厚真町教委 青少年センターに展示「身近に感じて」」 2025年10月16日
- 北海道 環境生活部『アイヌ語地名リスト』(ウェブアーカイブの写し) 2007年改訂。p.5「厚真」
- 厚真町「厚真のアイヌ文化と大地の記憶」 町の軽舞遺跡調査整理事務所の画面からリンクされているアイヌ文化の画面
- 北海道歴史文化ポータルサイト「あかれんが」アイヌミュージアム・バーチャルガイド(軽舞遺跡調査整理事務所) 事務所の360度の映像
- 写真: Wikimedia Commons「ATSUMA RIV.JPG」「ATSUMA RIV 4.JPG」「Aduma Dam 1.JPG」(Highten31・CC BY-SA 3.0) 厚真川の河口、上厚真大橋からの厚真川、厚真ダム
- 写真: Wikimedia Commons「Ground surface in northern Atsuma Town before 2018 earthquake.jpg」(国土地理院撮影・Kkairri 合成・CC BY 4.0) 厚真町北部の空中写真(右側を切り落として使用)
- 写真: Wikimedia Commons「Hama-Atsuma-STA.jpg」(MaedaAkihiko・CC0) 浜厚真駅