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北海道の地域の歴史 オホーツク

オホーツクの歴史

オホーツクは、北海道の北東でオホーツク海に面し、冬には流氷が海を埋める土地です。この画面は、年表1,399行、18市町村の歩み、空中写真と古写真、当時の暮らしのイメージの絵を、時代の順にまとめたものです。

対象 オホーツク出典 21 件この画面の更新 2026年10月29日

昔と今をくらべるこの画面の空中写真 25 点は、写真の下の切り替えで、同じ範囲を写した現在の写真に替えられます。「なぞって比べる」を選ぶと、写真の上を左右になぞるたびに、昔と今の境目が動きます。

網走川の河口をはさんで網走の市街が広がり、右下には防波堤のある港が写っています網走川の河口をはさんで網走の市街が広がり、右下には防波堤のある港が写っています(同じ範囲の現在の写真)
昔と今をくらべる
1948年の網走の市街。国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス(米軍撮影 USA-R263-46、1948年5月5日)

オホーツクの歴史を一言でいうと 黒曜石と海の民、道と屯田、ハッカと金と流氷の土地

遠軽町の白滝は旧石器時代の黒曜石の一大産地で、その出土品は2023年6月27日に国宝になりました。5世紀から12世紀ごろには、海の民のオホーツク文化が沿岸に広がり、網走のモヨロ貝塚(1936年に国の史跡)や北見の常呂遺跡(1974年に国の史跡)に、その暮らしの跡が残っています。

江戸時代には宗谷場所と斜里場所が置かれ、1807年に斜里で越冬した津軽藩士100人あまりのうち70人あまりが亡くなりました。明治になると、1891年に囚人の手で中央道路が開かれ、1897年には屯田兵と高知県の北光社の移民が野付牛(いまの北見)などに入って、内陸の開拓が始まります。

明治の末には全国のハッカの65%を生む産地になり、1939年には北見のハッカが世界の市場の約70%を占めました。紋別の鴻之舞金山は1936年に産金高が全国1位になり、1973年に閉山しています。戦後は1965年に佐呂間で「サロマ式」のホタテの養殖の技術が確立し、2005年7月17日に知床が世界自然遺産に登録されました。

旧石器〜12世紀

黒曜石とオホーツク文化 白滝遺跡群、常呂遺跡、モヨロ貝塚

山あいの川原に黒い石が転がり、崖がそびえる墨の絵
黒曜石の産地の山あいのイメージ(絵)
湖のほとりの林の地面に、丸いくぼみがいくつも並ぶ墨の絵
竪穴住居の跡のくぼみが残る湖のほとりのイメージ(絵)
草の茂る砂丘の下の浜に、アザラシが寝そべる墨の絵
オホーツク文化の人びとが暮らした海辺のイメージ(絵)

遠軽町の白滝は、旧石器時代の黒曜石の石器が大量に出る土地です。白滝遺跡は1989年1月9日に国の史跡になり、1997年に追加の指定とともに「白滝遺跡群」と名を改めています。23の遺跡から約669万点、約12トンの遺物が出ており、その出土品は2011年6月27日に重要文化財、2023年6月27日に国宝(1,965点)に指定されました。西興部村の忍路子の台地でも、1959年に北海道大学が調べた石器に「忍路子型細石核」の名がついています。

北見市の常呂遺跡は、長さ約2.7キロの砂丘の上に、2000基以上の竪穴住居跡がくぼみとして残る遺跡で、1974年3月12日に国の史跡になりました。東京大学は1957年から常呂で発掘を続け、1973年に常呂実習施設を置いています。常呂川河口遺跡の墓から出た副葬品は、2023年6月27日に重要文化財になりました。

オホーツク文化は、5世紀から12世紀ごろにオホーツク海の沿岸に広がった海の民の文化です。網走市のモヨロ貝塚は、1913年に米村喜男衛が見つけ、1936年12月16日に国の史跡になりました。北見市のトコロチャシ跡遺跡群のオホーツク文化の竪穴の奥の壁ぎわの骨塚からは、クマの頭骨110個体分が出ています。斜里町のチャシコツ岬上遺跡には8〜9世紀の竪穴建物が31棟あり、ヒグマの骨塚をもつ竪穴や古代の銭「神功開寶」も見つかって、2019年2月26日に国の史跡になりました。

この時代の年表 10行を見る

13世紀〜1868年

チャシと場所の時代 斜里場所と津軽藩士の越冬

雪の山を背にした浜に、板屋根の倉と干し場が並び、和船が引き上げられた墨の絵
江戸時代の漁場(場所)のイメージ(絵)
雪の岬の灯台から、水平線まで流氷が広がる海を見渡す墨の絵
冬のオホーツク海を埋める流氷のイメージ(絵)

アイヌ文化の時代、知床のウトロ・ルシャ・知床岬などにはコタンがありました。網走の桂ヶ岡砦跡(チャシ跡)は1935年12月24日に国の史跡になり、トコロチャシのチャシ跡は18世紀前半ごろに築かれたとされます。斜里町の資料によると、1669年のシャクシャインの戦いには、ルシャと知床岬からそれぞれ百人のアイヌが加わっています。

1685年に松前藩が宗谷場所を開き、紋別の漁場はその一部になりました。1789年、斜里のアイヌの人びとは松前藩に交易の船を送るよう願い出て、1790年に宗谷場所から分かれて斜里場所が開かれます。シャリの運上屋は、和人とアイヌの人びとの交易の場として始まりました。

1807年、北の守りのために津軽藩士100人あまりが斜里に送られ、最上徳内が指揮をとりました。越冬の間に浮腫病が広がり、斜里町立知床博物館によると70人あまりが亡くなっています。翌年に津軽へ帰れたのは17人でした。1812年に供養の碑が建てられ、事件は1954年に見つかった藩士の日記で広く知られるようになります。

1846年、樺太の探検の帰りの松浦武四郎が紋別・網走・斜里に泊まり、知床半島の先まで足を延ばしました。1858年には常呂川をさかのぼって『戊午登古呂日誌』に記録し、今の訓子府町の地にも泊まっています。1859年、紋別は会津藩の領地になりました。

この時代の年表 37行を見る

1869年〜1912年

明治のオホーツク 中央道路、屯田兵、北光社とハッカ

針葉樹の森をまっすぐ切り開いた土の道と、切り株、丸太の橋の墨の絵
森を切り開いた明治の道のイメージ(絵)
花の咲く畑の畝の向こうに、板張りの小屋とれんがの煙突が建つ墨の絵
ハッカの畑と蒸留の小屋のイメージ(絵)
高い所から見た網走停車場で、線路が奥の市街へ延びています
網走停車場(1912年)。国立国会図書館デジタルコレクション『網走線建設概要』(1912年)コマ25

1869年、この地方は北見国の網走・斜里・常呂・紋別の4郡になり、1880年に4郡を受け持つ郡役所が網走に置かれました。1885年には越川の山道が開かれ、根室と斜里が結ばれています。

1890年5月、網走郡最寄村に釧路監獄の囚人の宿泊所が設けられ、網走監獄の始まりになりました。1891年4月5日、釧路集治監の囚人1,100人余りで中央道路(北見道路)の工事が始まり、12月27日に網走から上越までが完成して、内陸の開拓の道が開きます。北見市端野町の緋牛内には、工事の犠牲者が眠っているとされる鎖塚があり、1976年に六地蔵と供養碑が建てられました。

1897年、屯田兵が野付牛と端野、湧別に入り、この地方の開拓が本格的に始まりました。野付牛に入地した6月10日は、のちに旧北見市の開基の日とされています。同じ年、坂本直寛が率いる高知県の移民団・北光社が野付牛村に入り、遠軽では学田農場に新潟と山形から30戸が入りました。美幌では1887年に戸長役場が置かれ、初代の戸長が近くの六つの村のアイヌの人びとを役場のまわりに集めて農業を教えています。

1902年に訓子府でハッカの栽培が始まり、明治の末にはこの地方が全国のハッカの65%を生む産地になりました。1912年10月5日、網走と野付牛の間に鉄道が通り、網走本線が全通しています。

この時代の年表 214行を見る

1912年〜1926年

大正のオホーツク 鴻之舞の金と、鉄道の広がり

常呂郡と紋別郡の境の峠に掘られたトンネルの、湧別側の入口です
常紋トンネルの湧別側の入口(1916年)。国立国会図書館デジタルコレクション『湧別線建設概要』(1916年)コマ23
紋別郡の山あいの砂金の採掘地で、木を切り払った斜面に作業の跡が広がっています
紋別郡の山あいの砂金の採掘地(1921年)。国立国会図書館デジタルコレクション『北見紋別町誌』(1921年)コマ11
下見板張りの二階建ての洋風の郵便局で、玄関に小さな屋根が付いています
野付牛郵便局(1918年)。国立国会図書館デジタルコレクション『開道五十年記念北海道拓殖写真帖』(1918年)コマ178

1914年5月11日、野付牛大火で272戸が焼け、新しい市街地の6割が失われました。同じ1914年に常紋トンネルが完成し、1916年には湧別線が下湧別まで通じます。1921年3月25日に名寄本線が全通し、興部では農業・林業・漁業が大きく伸びました。1925年11月10日には釧網線の網走と斜里の間が開通しています。

1915年11月、紋別の鴻之舞で鉱石の転石が見つかり、1916年6月13日に8人の匿名組合で金山の操業が始まりました。1917年に住友本社へ90万円で売る契約が結ばれ、鴻之舞は大きな金山になっていきます。

1919年には知床半島の岩尾別でトノサマバッタが発生して作物がほぼ全滅し、1923年に岩尾別の開拓農家が全戸引き揚げました。1921年には米の値上がりを受けて水稲の作付けが一気に400haに広がり、1926年には水田が7,000haになっています。1921年、大町桂月がサロマ湖を訪れ、砂州を「龍宮街道」と名づけました。

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1926年〜1945年8月

昭和の戦前と戦中 石北線と湧網線、金とハッカの最盛期

谷あいに木造の家が並び、精錬所とれんがの煙突、索道が見える墨の絵
昭和の初めの金山の町のイメージ(絵)
湖のほとりのヨシ原に沿って、蒸気機関車が貨車を引いて走る墨の絵
湖に沿って走る鉄道のイメージ(絵)

1931年9月20日に釧網線が全通し、1932年10月1日には石北線が全通して、オホーツクと上川・旭川が鉄道で結ばれました。1935年10月10日には湧網線の網走と常呂の間が開通しています。

鴻之舞金山では、1934年10月に鉱山のダムが決壊して鉱毒の事件が起き、1936年にはこの年の産金高が全国1位になりました。1939年、北見のハッカは世界のハッカの市場の約70%を占め、同じ年に留辺蘂のイトムカで水銀の生産が始まっています。一方、冷害の大凶作が続き、1937年までに1万ha近い水田が畑に戻されました。

1940年10月、美幌に海軍の航空隊が開かれました。1942年6月10日、野付牛町は市制を施行して北見国で初めての市・北見市になります。同じ1942年、湧別のポント浜で機雷が爆発し、多くの人が犠牲になりました。

この時代の年表 136行を見る

1945年8月〜1988年

戦後の昭和 引き揚げと開拓、ホタテ、国定公園と国立公園

黒い土の畑に収穫した玉ねぎが並び、防風林と工場の煙突が遠くに見える墨の絵
玉ねぎの畑のイメージ(絵)
砂州で海と分かれた湖のほとりの草原に、馬が草を食み、白鳥が浮かぶ墨の絵
海辺の湖と原生花園のイメージ(絵)

終戦の後、興部では引揚者が高台・住吉・富丘に入植し、佐呂間の幌岩には緊急開拓の47戸が入りました。1947年2月11日に網走が市制を施行し、1954年7月1日には紋別町・上渚滑村・渚滑村が合わさって紋別市が生まれています。1953年10月22日、湧網線が全線開通しました。

1958年7月1日、サロマ湖から濤沸湖までの湖沼群が網走国定公園に指定され、1964年6月1日には知床国立公園が指定されました。1965年、佐呂間では「サロマ式」と呼ばれるホタテの養殖の技術が確立しています。1966年に網走で第1回の流氷まつりが開かれ、モヨロ貝塚館が開館しました。1972年6月14日、女満別湿生植物群落が国の天然記念物になっています。

鴻之舞金山は1948年に操業を再開し、1973年5月24日に閉山しました。1977年には知床の国立公園の中の土地を買い取る「100平方メートル運動」が始まり、1983年7月6日に博物館網走監獄が開館しています。1985年に渚滑線と相生線、1987年3月19日に湧網線が廃止されました。

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1989年〜

平成と令和のオホーツク 世界自然遺産と国宝、合併

緑の崖が海に落ち込み、滝が海へ流れ落ちる半島と、雪の残る山の墨の絵
夏の知床半島のイメージ(絵)

1989年4月30日に名寄本線が廃止され、1991年2月10日には北海道立北方民族博物館が網走に開館しました。第二次世界大戦の後、日本へ移り住んだウイルタの人びとと網走の縁は深く、網走で約35年にわたって活動した北方少数民族資料館ジャッカ・ドフニは2012年に活動を終え、その資料は北方民族博物館が一括して収めています。

2005年7月17日、知床は世界自然遺産に登録され、同じ年の11月8日には網走市と小清水町にまたがる濤沸湖がラムサール条約湿地に登録されました。2005年10月1日に遠軽町・生田原町・丸瀬布町・白滝村、2006年3月5日に北見市・端野町・常呂町・留辺蘂町、2006年3月31日に女満別町と東藻琴村、2009年10月5日に上湧別町と湧別町が合わさっています。2006年4月21日には北見と池田を結ぶふるさと銀河線が廃止されました。

2006年、佐呂間町の若佐で竜巻が起き、9人が亡くなりました。2010年に網走支庁はオホーツク総合振興局になります。2016年に旧網走監獄の庁舎などが重要文化財になり、2019年2月26日にチャシコツ岬上遺跡が国の史跡に、2023年6月27日に白滝遺跡群の出土品が国宝に指定されました。

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オホーツクの18市町村 名の由来と、始まりと、歩み

オホーツクには3市14町1村があります。名の由来は北海道『アイヌ語地名リスト』(2007年)の該当ページと各市町村の資料から、始まりと歩みは各市町村の公開資料から書いています。「年表で…を見る」を押すと、下の通しの年表がその市町村だけになります。

  • 北見市

    名の由来
    和名。北見国の中央にあることによる名。前の名の野付牛(ノツケウシ)は nup-kes(野・の端)から出たと思われる(リスト p.40)(山田秀三の説)。1942年の市制のときに野付牛から改めた。北見国の名は、松浦武四郎が「北海岸」と「カラフトが見える」ことから挙げたもの(p.40)。常呂はトゥコロ「山崎・を持つ」とトコロペッ「沼・を持つ・川」の説があり、リストは前者がより確かとする(p.87)。端野はヌプケシ「野・の末端」の意訳(p.76)、留辺蘂はルペシペ「道・に沿って下る・もの(川)」(p.141)
    始まり
    1883年12月1日、常呂村に常呂外六箇村戸長役場が開かれ、市の行政の起こりとなる。1897年6月10日、屯田兵が野付牛村に入地し、この日が旧北見市の開基の日とされる。同じ年、高知県の北光社の移民団が入る
    市町村の歩み
    1916年4月に野付牛町、1942年6月10日に市制を施行して北見市。2006年3月5日に端野町・常呂町・留辺蘂町と合わさって新しい北見市になる
    市町村史
    『野付牛町誌』(1926年)、『北見市史』(1957年)、『新北見市史』(2019年)

    年表で北見市の177行を見る北見市 北見市の生い立ち(保存版)

  • 網走市

    名の由来
    アイヌ語のアパシリ「漏る・地。洞窟の口から滴が落ちて雨漏りのようだった(リスト p.7)」(上原熊次郎の説)。またはアイヌ語のチパシリ「我らが・見付けたる・岩。網走湖の南岸の白い岩を信仰の対象とした(リスト p.7)」(永田方正の説)。またはアイヌ語のチパシリ「幣場(ヌサ)のある・島。網走川の河口に近い海の帽子岩についた名(リスト p.7)」(網走市史の説)。リストの確定レベルはC(諸説あり不明としておきたい)。松浦武四郎の『戊午日誌』は、網走湖の口の幣場だった立岩ヂバシリを起こりと書く。能取はノッオロ「岬・の所」(p.100)、藻琴はモコト「小沼」など諸説(p.131)
    始まり
    1872年に北見国東部の4郡の村名が定まり、アバシリ村の名ができる。1880年に網走に郡役所が置かれ、1890年5月に最寄村に釧路監獄の網走囚人宿泊所が設けられる
    市町村の歩み
    1915年4月1日に網走町・能取村・藻琴村が合わさって1級町村制。1947年2月11日に市制を施行して網走市になる
    市町村史
    『網走市史』上巻・下巻

    年表で網走市の111行を見る網走市統計書 令和元年版(年表)

  • 紋別市

    名の由来
    アイヌ語のモペッ「東にある藻鼈川の名から出た名(リスト p.133)」(山田秀三の説)。またはアイヌ語のモペッ「藻鼈川の川口のあたりの流れがゆるやかなので、その名がついた(リスト p.132)」(山田秀三の説)。リストは紋別の項を「藻別」に回し、藻別は市街から約2キロ東の藻鼈川筋の地名とする。鴻之舞はクオマイ「仕掛弓・ある・所」(p.48)、渚滑はソコッ「滝の・凹み(滝つぼ)」(p.66)
    始まり
    1880年6月、紋別に紋別村ほか9か村の戸長役場が置かれ、この年を紋別の開基の年と定める
    市町村の歩み
    1909年4月1日に藻別村を合わせて紋別村、1919年4月1日に紋別町。1954年7月1日に紋別町・上渚滑村・渚滑村が合わさって道内19番目の市になる
    市町村史
    『紋別町誌』(1921年)、『紋別市史』(1960年)、『新修紋別市史』(2007年)

    年表で紋別市の82行を見る紋別市統計書 令和3年版 紋別市のあゆみ(保存版)

  • 美幌町

    名の由来
    アイヌ語のピポロ「石・多い。小石が多くある(リスト p.110)」(松浦武四郎の説)。またはアイヌ語のペポロ「水・多い。多くの清流が合わさって水が豊か(リスト p.110)」(網走市史の説)。リストは「どちらとも特定しがたい」とする
    始まり
    1887年10月12日、美幌外五ヶ村戸長役場が今の元町地区の丘に置かれる
    市町村の歩み
    1915年に美幌村、1919年に今の津別町を分ける。1923年4月1日に町制を敷いて美幌町になる
    市町村史
    『美幌町史』(1937年)

    年表で美幌町の45行を見る美幌町 美幌町100年のあゆみ

  • 津別町

    名の由来
    アイヌ語のトゥペッ「二つの・川。津別川と網走川がここで並んでいる(リスト p.81)」(知里真志保の説)。またはアイヌ語のトゥペッ「山の走り根(の下の)・川(リスト p.81)」(国鉄の駅名の解説の説)。リストは「どちらとも特定しがたい」とする
    始まり
    1883年、活汲に事務取扱所が置かれ、これを町の開基とする
    市町村の歩み
    1919年4月1日に美幌村から分かれて津別村。1946年に町制を敷き、網走管内で6番目の町になる
    市町村史
    『新訂津別町史』(1971年)

    年表で津別町の43行を見る津別町 津別町について

  • 斜里町

    名の由来
    アイヌ語のサラ「ヨシの生えた湿原。斜里川はサラ・ウン・ペッ(ヨシ原・にある・川)(リスト p.64)」(知里真志保の説)。またはアイヌ語のシャリ「アシ原(斜里町立知床博物館)」(斜里町立知床博物館の説)。日高の沙流(サラ)と分けて、沙流をマッネ・サラ(女性のサラ)、斜里をピンネ・サラ(男性のサラ)ということもある(p.64)。知床はシリエトク「地の・突き出た所=岬」(p.68)
    始まり
    1790年に宗谷場所から分かれて斜里場所が開かれ、運上屋が和人とアイヌの人びとの交易所として始まる。1879年に斜里村ほか4か村の戸長役場が置かれる
    市町村の歩み
    1915年に5か村が合わさって斜里村。1939年1月1日に町制を施行して斜里町になる。1919年に小清水村、1943年に上斜里村(今の清里町)が分かれる
    市町村史
    『斜里町史』(1955年)、第2巻(1969年)、第3巻(2004年)

    年表で斜里町の114行を見る斜里町 町のあゆみ

  • 清里町

    名の由来
    和名。母体であった斜里と小清水の一字ずつを採った名(リスト p.41)(山田秀三の説)
    始まり
    1897年、塚本伊勢太が神威に移り、今の清里町で最初の和人の移住となる
    市町村の歩み
    1943年に斜里町と小清水村の一部が分かれて上斜里村。1955年8月1日に町制を施行し、名を清里町に改める

    年表で清里町の56行を見る清里町 清里町の歴史(保存版)

  • 小清水町

    名の由来
    アイヌ語のポンヤムペッ「止別川の支流ポンヤムペッ(小さい・冷たい・川)を意訳した名(リスト p.49)」(国鉄の駅名の解説の説)。リストは「和名と思われる」とする。町の議会の資料では、1891年に仮県道に開かれた駅逓が、わき水にちなんで「小清水」と名づけられた。濤沸はトプッ「湖の・口」で、湖口の地名を和人が湖の名にした(p.85)
    始まり
    1891年、網走と釧路を結ぶ仮県道に駅逓が開かれ、わき水にちなんで「小清水」と名づけられる
    市町村の歩み
    1919年4月に斜里村から分かれて小清水村。1953年10月に町制を施行して小清水町になる
    市町村史
    『新小清水町史』

    年表で小清水町の44行を見る小清水町議会の概要(沿革と町名の由来)

  • 訓子府町

    名の由来
    アイヌ語のクンネプ「黒い・もの(川)。やち川で水が黒かった(リスト p.46)」(永田方正の説)。リストには「現在は黒い川とは見えないという」と注がある
    始まり
    1897年、北光社の移民団の一部がオロムシ(今の大谷地区)に入り、町の定住が始まる
    市町村の歩み
    1920年6月1日に置戸村から分かれて訓子府村。1951年11月1日に町制を敷いて訓子府町になる

    年表で訓子府町の52行を見る訓子府町史 巻末 訓子府町の主な歴史年表

  • 置戸町

    名の由来
    アイヌ語のオケトゥウンナイ「川尻に・獣皮を乾かす張り枠・ある・川(リスト p.25)」(山田秀三の説)。1897年の地図にオケトゥウンナイとあり、南の山から流れる緑川の名が略されて置戸になったと見る
    始まり
    1898年、平取から移ったアイヌの平村エレコークが住み始め、置戸に人が住む始まりになる。明治30年代に道路と鉄道が開けて人が住みつく
    市町村の歩み
    1915年に野付牛村から分かれて置戸村。1950年に町制を施行して置戸町になる
    市町村史
    『置戸町史』(1957年)

    年表で置戸町の51行を見る置戸町郷土資料館 展示案内

  • 佐呂間町

    名の由来
    アイヌ語のサラオマペッ「ヨシ原・にある・川。佐呂間別川の川尻一帯がヨシ原だった(リスト p.55)」(山田秀三の説)。サロマ湖はサラオマト「ヨシ原・にある・沼」などの説があり、リストは「いずれにせよサロマトと思われる」とする(p.55)
    始まり
    1894年、鈴木甚五郎が下佐呂間(今の浜佐呂間)に移り住み、漁業と農業を営む最初の定住者になる。1911年には足尾鉱毒事件で土地を追われた栃木県の66戸が入る
    市町村の歩み
    1914年に常呂の戸長役場から分かれて鐺沸村戸長役場、1915年に佐呂間村。1953年に町制を施行して佐呂間町になる

    年表で佐呂間町の59行を見る佐呂間町 佐呂間町のあゆみ(町史年表)

  • 遠軽町

    名の由来
    アイヌ語のインカラウシイ「眺める・いつもする・所。駅のそばの大岩壁(瞰望岩)から見張りをした(リスト p.21)」(永田方正の説)。リストに「遠軽町見解も同説」とある。生田原はイクタラ「笹」(p.9)、丸瀬布はマウレセプなど諸説で確定レベルC(p.126)、白滝は湧別川の白滝から付けた和名(p.67)
    始まり
    1897年5月、学田農場をめざす最初の移民集団が湧別浜に着き、新潟と山形から30戸がまとまって入る
    市町村の歩み
    1919年に上湧別村から分かれて遠軽村、1934年に町制を施行して遠軽町。2005年10月1日に生田原町・丸瀬布町・白滝村と合わさって新しい遠軽町になる
    市町村史
    『遠軽町史』(1957年・1977年)、『生田原町史』(1981年)

    年表で遠軽町の102行を見る遠軽町 沿革(保存版)

  • 湧別町

    名の由来
    アイヌ語のユペッ「温泉の川。川の中に温泉があるため(リスト p.137)」(上原熊次郎の説)。またはアイヌ語のユペ「チョウザメ(リスト p.137)」(永田方正の説)。またはアイヌ語のイペオッイ「魚・豊富である・所(リスト p.137)」(国鉄の駅名の解説の説)。リストは「諸説あり特定しがたい」とし、湧別町史は「この川にチョウザメがいたという話はない」とする。上湧別は1910年に湧別村が上下に分かれたときの和名(p.37)
    始まり
    1882年、湧別川の河口付近で開拓が始まり、湧別の開基となる。1897年、屯田兵が入って湧別川の流域の開拓が本格的に始まる
    市町村の歩み
    1910年4月1日に上湧別村が分かれ、湧別村は下湧別村に。1953年に上湧別町と湧別町になり、2009年10月5日に二つが合わさって新しい湧別町になる
    市町村史
    『湧別町史』(1965年)、『湧別町百年史』(1982年)

    年表で湧別町の112行を見る湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策(保存版)

  • 滝上町

    名の由来
    和名。ポンカムイコタンの滝の上の所の意(リスト p.74)(山田秀三の説)
    始まり
    1905年、高知県の人が上渚滑原野52線に入り、開墾を始める
    市町村の歩み
    1918年4月に渚滑村から分かれて滝上村。1947年に町になる(リスト p.74)

    年表で滝上町の62行を見る滝上町 町のあゆみ

  • 興部町

    名の由来
    アイヌ語のオウコッペ「川尻・互いに・くっつく・もの(川)。川尻が合流する所(リスト p.25)」(永田方正の説)。興部川と藻興部川が並んで流れ、昔は砂丘の後ろで合わさってから海に注いだ。リストに「興部町史も同説」とある
    始まり
    1889年に沙留に初めて和人が定住し、1898年に石川・高知・富山などの県から入植者が来て、本格的な開発が始まる
    市町村の歩み
    1909年に興部村外2か村戸長役場が置かれ、1915年に興部村。1925年に西興部村が分かれ、1951年に町制を施行して興部町になる
    市町村史
    『興部町百年史』(1993年)

    年表で興部町の112行を見る興部町 プロフィール(沿革)

  • 西興部村

    名の由来
    和名。興部村の西半(山側)の地なのでこの名(リスト p.94)(山田秀三の説)
    始まり
    1904年3月、中興部の官設駅逓の初代取扱人が村で最初の定住者になる。1908年から1913年にかけて、福島・岐阜団体など6つの団体が入る
    市町村の歩み
    1925年1月1日に興部村から分かれて西興部村ができる

    年表で西興部村の44行を見る西興部村 文化財に見る西興部の歩み

  • 雄武町

    名の由来
    アイヌ語のオムイ「川尻・塞がる・所。暴風雨のときに川尻が塞がる川(リスト p.21)」(永田方正の説)。またはアイヌ語のオム「川尻・塞がる。風や潮の流れの砂が川尻をふさぐ(リスト p.21)」(山田秀三の説)
    始まり
    1900年、新しい漁場で人が増え、紋別村から分かれて雄武外3か村の役場が置かれる
    市町村の歩み
    1915年に沢木村と幌内村を合わせて2級町村制。1948年に町制を施行して雄武町になる

    年表で雄武町の50行を見る雄武町 シンボル・歴史・地名の由来

  • 大空町

    名の由来
    和名。2006年に女満別町と東藻琴村が合わさってできた町の名で、リスト(2007年)に「大空」の項はない。女満別はメマンペッ「涼しい・川」とメムアンペッ「泉池・ある・川」の説があり、リストは後者(知里真志保の説)がより自然とする(p.129)。東藻琴は藻琴川の中上流の土地の和名(p.107)
    始まり
    1890年、旧女満別町の地にマッチの軸木の木材を切る人が住み、開拓が始まる。1906年、旧東藻琴村の地に基線道路の開通をきっかけに開拓者が入る
    市町村の歩み
    1921年4月に網走町から女満別村、1947年に東藻琴村が分かれる。1951年に女満別町。2006年3月31日に女満別町と東藻琴村が合わさって大空町が生まれる

    年表で大空町の47行を見る大空町の概要 令和8年度版

空から見たオホーツクの町 1947年と1948年の空中写真 24点

戦後すぐ、アメリカ軍がオホーツクを空から撮った写真です。18市町村の市街と、サロマ湖・能取湖の付近・濤沸湖が写っています。写真を押すと大きな画像で見られます。

オホーツクの古写真と古い地図 28点

野付牛と網走の町並み、停車場と鉄道、牧場、浜の漁と木材の積み出し、紋別の町が写っています。

オホーツクの通しの年表 1,399行

約8000年前から2026年まで、オホーツクの出来事を時代ごとに並べています。行ごとに出典のリンクがあります。市町村を選ぶか、言葉を入れると絞りこめます。

旧石器から擦文まで10行

  1. 約8000年前斜里町知床に約8000年前の縄文時代早期の遺跡がある斜里町立知床博物館「知床国立公園の歴史に関する参考資料」
  2. 5世紀〜12世紀オホーツク全体オホーツク文化は5〜12世紀の海洋民の文化で、北海道では9世紀まで東京大学常呂実習施設「史跡モヨロ貝塚について」
  3. 6世紀〜11世紀斜里町知床でもオホーツク文化期(6〜11世紀)の遺跡が擦文期と並ぶ斜里町立知床博物館「知床国立公園の歴史に関する参考資料」
  4. 7世紀〜13世紀斜里町知床には擦文文化期(7〜13世紀)の遺跡がある斜里町立知床博物館「知床国立公園の歴史に関する参考資料」
  5. 8世紀〜9世紀北見市発掘した竪穴はオホーツク文化後期(貼付文期)の住居跡だった東京大学常呂実習施設「オホーツク地点の発掘調査」
  6. 8世紀〜9世紀北見市トコロチャシの竪穴奥壁の骨塚からクマの頭骨110個体分が出土した東京大学常呂実習施設「オホーツク地点の発掘調査」
  7. 8世紀〜9世紀北見市トコロチャシ跡遺跡群には少なくとも16軒の竪穴住居跡が残る東京大学常呂実習施設「オホーツク地点の発掘調査」
  8. 8世紀〜9世紀斜里町チャシコツ岬上遺跡には8〜9世紀に31棟の竪穴建物などが営まれた斜里町立知床博物館「チャシコツ岬上遺跡」
  9. 8世紀〜9世紀斜里町チャシコツ岬上遺跡からは古代の銭、神功開寶が出土した斜里町立知床博物館「チャシコツ岬上遺跡」
  10. 8世紀〜9世紀斜里町チャシコツ岬上遺跡の竪穴にはヒグマの骨塚をもつものがある斜里町立知床博物館「チャシコツ岬上遺跡」

アイヌ文化の時代1行

  1. 13世紀〜斜里町アイヌ文化期、ウトロ・ルシャ・知床岬などにコタンがあった斜里町立知床博物館「知床国立公園の歴史に関する参考資料」

近世 場所の時代37行

  1. 1635年斜里町松前藩の家臣が島内を回り、斜里まで来る斜里町「町のあゆみ」年表
  2. 1669年斜里町シャクシャインの戦いにルシャと知床岬からアイヌがそれぞれ百人参加した斜里町立知床博物館「知床国立公園の歴史に関する参考資料」
  3. 1685年紋別市松前藩が宗谷場所を開き、紋別の漁場はその一部になる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  4. 1700年北見市元禄郷帳に、旧常呂町の地がツウコロの名で記される北見市「ところの歴史」
  5. 18世紀前半北見市トコロチャシのチャシ跡は18世紀前半ごろに築かれた東京大学常呂実習施設「トコロチャシ跡遺跡群の概要」
  6. 1789年斜里町斜里のアイヌの人びとが松前藩に交易船の派遣を願い出た斜里町「町のあゆみ」斜里町「町のあゆみ」北の黒船
  7. 1790年斜里町宗谷場所から分かれて斜里場所が開かれた斜里町「町のあゆみ」斜里町「町のあゆみ」北の黒船
  8. 1790年斜里町村山伝兵衛が斜里場所の運上屋差配人となった斜里町「町のあゆみ」斜里町「町のあゆみ」年表
  9. 1790年斜里町シャリ運上屋は和人とアイヌの人びとの交易所として始まった斜里町立知床博物館「シャリ運上屋(会所)跡」
  10. 1790年紋別市紋別に番屋が開かれる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  11. 1796年斜里町初代斜里場所請負人の村山伝兵衛が豊漁を祈り社祠を寄進した斜里町立知床博物館「旧斜里神社拝殿」
  12. 1798年斜里町谷口青山が1798年の絵図に斜里の運上屋と弁天社を描いた斜里町立知床博物館「シャリ運上屋(会所)跡」
  13. 1801年斜里町幕府役人が宗谷から止別までの地名を詠み込んだ和歌の額を奉納した斜里町立知床博物館「文化財」一覧
  14. 1807年斜里町北辺の警備のため斜里場所に津軽藩士100余名が派遣された斜里町「町のあゆみ」
  15. 1807年斜里町知床博物館は越冬中の浮腫病で70名あまりが死亡したとする斜里町立知床博物館「津軽藩士死没者の過去帳」
  16. 1807〜1808年斜里町過去帳には津軽藩士70人、松前藩士1人、場所の従事者4人が記される斜里町立知床博物館「津軽藩士死没者の過去帳」
  17. 1807年斜里町津軽藩士の陣屋3棟が斜里の前浜に建てられた斜里町立知床博物館「津軽藩士シャリ陣屋跡」
  18. 1807年斜里町最上徳内がシャリ会所詰となり津軽藩兵を指揮した斜里町立知床博物館「シャリ運上屋(会所)跡」
  19. 1807年斜里町津軽藩の兵が斜里の警備に送られ、最上徳内が指揮する斜里町「町のあゆみ」年表
  20. 1807年斜里町越冬した津軽藩兵が水腫病にかかり、翌春までに多くが亡くなる斜里町「町のあゆみ」年表
  21. 1808年斜里町翌年、故郷の津軽へ帰還した藩士はわずか17名だった斜里町立知床博物館「津軽藩士死没者の過去帳」
  22. 1808年斜里町柏屋喜兵衛(後の藤野)らが宗谷・斜里場所を共同で請け負った斜里町「町のあゆみ」斜里町「町のあゆみ」年表
  23. 1812年斜里町津軽藩士の供養碑が1812年に斜里の下町に建てられた斜里町立知床博物館「津軽藩士死没者の供養碑」
  24. 1815年斜里町宗谷・斜里場所が藤野喜兵衛の単独請負となった斜里町「町のあゆみ」
  25. 1834年斜里町シャリ場所の支配人らが一対の石灯籠を奉納した斜里町立知床博物館「斜里神社石灯籠」
  26. 1846年オホーツク全体樺太探検の帰途の松浦武四郎が紋別・網走・斜里に泊まり知床半島の先端に達した斜里町「町のあゆみ」斜里町「町のあゆみ」年表
  27. 1846年7月紋別市松浦武四郎が北見の沿岸を歩き、紋別に立ち寄る紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  28. 19世紀(江戸時代の末)雄武町江戸時代の末に広がった宗谷場所の番屋が雄武の周辺にも建ち、和人が入り始めるシンボル・歴史・地名の由来(雄武町)
  29. 1856年北見市松浦武四郎が旧端野町忠志のヌツケシにアイヌのコタンがあったと記す北見市「端野町の歴史」
  30. 1857年清里町堀田備中守の家臣が今の清里町の地を探検し、和人の最初の記録となる清里町「清里町の歴史」あゆみ
  31. 1858年斜里町松浦武四郎が知床半島を一周し、アイヌコタンの衰えを記した斜里町立知床博物館「知床国立公園の歴史に関する参考資料」
  32. 1858年北見市松浦武四郎が常呂川流域を探検し『戊午登古呂日誌』に記録する北見市「北見市の生い立ち」
  33. 1858年大空町松浦武四郎が今の大空町の地を歩き、戊午日誌に記す広報おおぞら 2017年11月号(大空町開拓ものがたり)
  34. 1858年美幌町松浦武四郎が蝦夷地の調査の途中で美幌の地を訪れる美幌博物館「第1展示室」
  35. 1858年訓子府町松浦武四郎が常呂川を上り、今の日出のオロムシ川河口付近に泊まる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  36. 1859年紋別市蝦夷地が奥羽の6藩に分けられ、紋別は会津藩の領地になる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  37. 1862年斜里町斜里場所請負人藤野家の支配人が絵馬を奉納した斜里町立知床博物館「絵馬」

明治 開拓の始まり214行

  1. 1869年斜里町場所請負制度の廃止とともにシャリ運上屋も廃止された斜里町立知床博物館「シャリ運上屋(会所)跡」
  2. 1869年斜里町北海道の国郡が定められ北見国斜里郡となった斜里町「町のあゆみ」斜里町「町のあゆみ」年表
  3. 1869年北見市開拓使が国郡を定め、今の市域は北見国常呂郡とされる北見市「北見市の生い立ち」
  4. 1869年訓子府町訓子府の地域が北見国常呂郡に入る訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  5. 1869年オホーツク全体開拓使が置かれ、この地方は北見国の網走・斜里・常呂・紋別の4郡になるオホーツク総合振興局『オホーツク2026(管内概要)』オホーツクの歴史
  6. 1869年紋別市北見国の中に紋別郡が生まれる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  7. 1871年網走市網走川に初めて橋が架けられる網走市統計書 令和元年版(年表)
  8. 1871年網走市開拓使の記録で網走の人口は65世帯246人だった網走市統計書 令和元年版(人口の推移)
  9. 1872年斜里町斜里郡にシャリ村など5村が生まれた斜里町「町のあゆみ」斜里町「町のあゆみ」年表
  10. 1872年網走市北見国東部4郡の村名が定まり、アバシリ村の名ができる網走市 都市計画の変遷
  11. 1872年斜里町斜里郡が根室支庁の管轄になる斜里町「町のあゆみ」年表オホーツク総合振興局『オホーツク2026(管内概要)』オホーツクの歴史
  12. 1872年小清水町北見国根室支庁の斜里郡に戸長が置かれ、今の小清水もこの郡に入る小清水町議会の概要(令和3年度版)沿革
  13. 1872年佐呂間町北見の4郡に村名が定められ、今の佐呂間町の区域はトウフツ村と呼ばれる佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  14. 1872年雄武町紋別郡の10か村の一つとして、雄武・沢木・幌内の3村ができるシンボル・歴史・地名の由来(雄武町)
  15. 1872年湧別町北見国紋別郡に「ユウベツ村」が置かれる湧別町バイオマス活用推進計画(農林水産省掲載)
  16. 1873年オホーツク全体網走に根室支庁の出張所が置かれるオホーツク総合振興局『オホーツク2026(管内概要)』オホーツクの歴史
  17. 1874年斜里町開拓使に雇われた技師ライマンが知床半島の鉱物資源を調べる斜里町「町のあゆみ」年表
  18. 1875年網走市網走郡の8村に漢字の名があてられ、アバシリ村は網走村になる網走市 都市計画の変遷
  19. 1875年斜里町斜里に郵便局が置かれる斜里町「町のあゆみ」年表
  20. 1875年斜里町村名が漢字になり、斜里村・朱円村・遠音別村・止別村・蒼瑁村となる斜里町「町のあゆみ」年表
  21. 1875年佐呂間町村名が漢字の鐺沸村になる佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  22. 1875年紋別市村の名を漢字に改め、紋別村になる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  23. 1875年5月美幌町片仮名の地名を漢字の「美幌」に統一する美幌町「美幌町のご紹介」
  24. 1876年4月網走市天塩国苫前から網走を経て根室へ至る郵便の道が開く網走市統計書 令和元年版(年表)
  25. 1877年斜里町鈴木養太が斜里の赤上に入り、農業を始める斜里町「町のあゆみ」年表
  26. 1879年斜里町斜里村ほか4か村の戸長役場が置かれる斜里町「町のあゆみ」年表
  27. 1879年オホーツク全体この地方の耕地は、わずか1.3haにとどまる網走開発建設部『オホーツク開拓100年の夢』序章
  28. 1879年7月小清水町郡区町村編成法が定められ、斜里郡の村の行政区域が決まる小清水町議会の概要(令和3年度版)沿革
  29. 1880年網走市北見国に網走郡役所が置かれた斜里町「町のあゆみ」
  30. 1880年斜里町知床の硫黄山が大きく噴火する斜里町「町のあゆみ」年表
  31. 1880年オホーツク全体4郡を受け持つ郡役所が網走に置かれるオホーツク総合振興局『オホーツク2026(管内概要)』オホーツクの歴史
  32. 1880年6月紋別市紋別に紋別村ほか9か村の戸長役場が置かれる町のあゆみ(滝上町)
  33. 1880年7月15日紋別市この年を紋別の「開基の年」と定める紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  34. 1881年オホーツク全体釧路国網尻郡が北見国網走郡に合わさるオホーツク総合振興局『オホーツク2026(管内概要)』オホーツクの歴史
  35. 1882年清里町今の清里町の地が根室県に属する2024年版清里町統計書 付録
  36. 1882年オホーツク全体開拓使の廃止で、4郡は根室県に属するオホーツク総合振興局『オホーツク2026(管内概要)』オホーツクの歴史
  37. 1882年湧別町湧別川の河口付近で開拓が始まり、湧別の開基となる湧別町新町まちづくりビジョン(新町基本計画)
  38. 1882年湧別町徳弘正輝が湧別に住み着く湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  39. 1883年津別町活汲に事務取扱所が置かれ、これを町の開基とする津別町「津別町について」
  40. 1883年訓子府町常呂郡一円を受け持つ戸長役場が常呂村に開かれる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  41. 1883年佐呂間町常呂ほか6か村の戸長役場が常呂村に置かれ、佐呂間の区域もその管轄になる佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  42. 1883年2月19日網走市根室警察署の網走分署が置かれる網走市統計書 令和元年版(年表)
  43. 1883年12月1日北見市旧常呂町の常呂村に常呂外六箇村戸長役場が開かれ、市の行政の起こりとなる北見市 市史編さんニュース ヌプンケシ138号
  44. 1884年湧別町湧別に駅逓が置かれる湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  45. 1884年9月25日網走市網走簡易小学校が開校する網走市統計書 令和元年版(年表)
  46. 1885年斜里町越川の山道が開かれ、根室と斜里が結ばれる斜里町「町のあゆみ」年表
  47. 1886年訓子府町東京の人が狩猟のためアイヌを伴ってオロムシに入る訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  48. 1886年清里町根室県が廃止され、北海道庁の管轄になる2024年版清里町統計書 付録
  49. 1886年オホーツク全体北海道庁が置かれた後も、網走の郡役所が4郡を受け持つオホーツク総合振興局『オホーツク2026(管内概要)』オホーツクの歴史
  50. 1886年紋別市紋別学舎が開かれる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  51. 1887年美幌町初代戸長の野崎政長が六ヶ村のアイヌを役場の周りに集め、農業を指導する美幌博物館「史跡 美幌外五ヶ村戸長役場跡史跡」
  52. 1887年湧別町徳弘正輝がナオザネ(今の中湧別)に移り、牛や豚を飼い始める湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  53. 1887年10月12日美幌町美幌外五ヶ村戸長役場が今の元町地区の丘に置かれる美幌博物館「史跡 美幌外五ヶ村戸長役場跡史跡」
  54. 1888年斜里町網走警察署の斜里分署が置かれる斜里町「町のあゆみ」年表
  55. 1888年網走市英国人メークの調査から網走港の計画が始まる北海道開発局『70年史』港湾事業
  56. 1889年大空町旧東藻琴村の地で、藻琴原野の植民地計画の実測が行われる大空町の概要 令和8年度版
  57. 1889年訓子府町クンネップ原野が植民地に選ばれる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  58. 1889年興部町沙留に初めて和人が定住するプロフィール(興部町)
  59. 1889年8月1日網走市網走測候所が置かれ、気象の観測が始まる網走市統計書 令和元年版(年表)
  60. 1890年網走市網走囚徒外役所が置かれ、網走監獄が始まった文化遺産オンライン「旧網走監獄 庁舎」
  61. 1890年網走市網走と釧路を結ぶ釧路道路が開かれる網走市 都市計画の変遷
  62. 1890年大空町旧女満別町の地で、マッチ軸の木材を切る人が住み、開拓が始まる大空町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8年度~12年度)
  63. 1890年清里町網走と釧路を結ぶ釧路道路が開かれる2024年版清里町統計書 付録
  64. 1890年小清水町網走と釧路を結ぶ仮県道が開かれる小清水町議会の概要(令和3年度版)町名の由来
  65. 1890年5月網走市測候所の庁舎が網走村ニクル(今の場所)に新しく建つ網走地方気象台長からのご挨拶(気象庁)
  66. 1890年5月3日網走市網走郡最寄村に釧路監獄の網走囚人宿泊所が設けられる網走市統計書 令和元年版(年表)
  67. 1891年北見市永田方正が地名解で、常呂の名はトー・コロ(湖水のある所)とする説を出す北見市「ところの歴史」
  68. 1891年網走市網走と旭川を結ぶ中央道路が開かれる網走市 都市計画の変遷
  69. 1891年網走市釧路集治監網走分監が置かれ、8月に北海道集治監網走分監となる網走市統計書 令和元年版(年表)
  70. 1891年清里町岩手県出身の塚本伊勢太が野川駅逓の管理人として住みつく2024年版清里町統計書 付録
  71. 1891年小清水町仮県道に駅逓が開かれ、わき水にちなみ「小清水」と名づけられる小清水町議会の概要(令和3年度版)町名の由来
  72. 1891年紋別市網走から紋別を経て稚内へ通じる電信線が引かれる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  73. 1891年4月5日北見市釧路集治監の囚人1,100人余りで中央道路(北見道路)の工事が始まる北見市「端野町歴史民俗資料館:中央道路と鎖塚」
  74. 1891年12月27日北見市網走から上越までの中央道路が完成し、内陸の開拓の道が開く北見市「端野町歴史民俗資料館:中央道路と鎖塚」
  75. 1892年北見市旧端野町に2号端野駅逓が置かれ、のちの町名のもとになる北見市「端野町歴史年表」
  76. 1892年北見市千葉新太郎が留辺蘂の4号駅逓の取扱人として入植する北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  77. 1892年湧別町湧別に警察の仮駐在所と郵便局が置かれる湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  78. 1892年湧別町湧別原野の基線道路が開通する湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  79. 1892年興部町秋に十数人が沙留に入り、本格的な和人の移住が始まる広報おこっぺ2018年4月号「おこっぺ130年の歴史」
  80. 1892年10月1日北見市中央道路の4号・5号駅逓が開かれ、この日が旧留辺蘂町の開基とされる北見市 市史編さんニュース ヌプンケシ138号
  81. 1893年湧別町湧別川下流の湧別原野が区画開放され、農民の移住が進む湧別川水系河川整備計画 参考資料(網走開発建設部)
  82. 1894年斜里町官設の越川駅逓所が開かれる斜里町「町のあゆみ」年表
  83. 1894年佐呂間町鈴木甚五郎が下佐呂間(今の浜佐呂間)に移り住み、漁業と農業を営む最初の定住者になる佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  84. 1894年興部町沙留に天照大神の杭碑を建てて祀り、沙留神社の始まりとなる広報おこっぺ2018年4月号「おこっぺ130年の歴史」
  85. 1894年3月22日オホーツク全体道東の海岸一帯で夜に激しい地震が起きる広報おこっぺ2018年4月号「おこっぺ130年の歴史」
  86. 1895年北見市旧常呂村に高知県の土佐団体が入地し、開拓の草分けとなる北見市「北見市の生い立ち」
  87. 1895年北見市旧常呂町に常呂教育所(今の常呂小学校の前身)が開かれる北見市「北見市教育のあゆみ(旧常呂町)」
  88. 1895年7月興部町大雨で洪水が起き、多くの被害が出る広報おこっぺ2018年4月号「おこっぺ130年の歴史」
  89. 1896年北見市旧端野町一区に屯田兵中隊本部の被服糧秣庫が建てられる北見市「北見市指定文化財」
  90. 1896年訓子府町大谷清虎が大工を連れ、オロムシに北光社の移民小屋を建てる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  91. 1896年斜里町鈴木養太が赤上で稲の札幌赤毛種を試しに作る斜里町「町のあゆみ」年表
  92. 1896年遠軽町北海道同志教育会が結成され、湧別原野に学田農場の予定地が認められる遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  93. 1896年湧別町湧別兵村の建設工事が始まる湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  94. 1896年興部町沙留に寺子屋が開かれる広報おこっぺ2018年4月号「おこっぺ130年の歴史」
  95. 1897年北見市野付牛の市街地に寺子屋式の仮教授所が開かれ、市内の小学校の始まりとなる北見市「北見市教育のあゆみ(旧北見市)」
  96. 1897年北見市明治30年末の野付牛の人口が1,960人となる北見市統計書 平成26年版「人口の推移」
  97. 1897年北見市旧留辺蘂町でポン湯温泉の出願が許される北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  98. 1897年訓子府町北光社の移民団の一部がオロムシ(今の大谷地区)に入り、町の定住が始まる訓子府町「町名の由来と歴史」
  99. 1897年清里町塚本伊勢太が神威に移り、今の清里町で最初の和人の移住となる2024年版清里町統計書 付録
  100. 1897年オホーツク全体郡役所が廃止され、網走支庁が置かれるオホーツク総合振興局『オホーツク2026(管内概要)』オホーツクの歴史
  101. 1897年オホーツク全体屯田兵の入地で、この地方の開拓が本格的に始まる網走開発建設部『オホーツク開拓100年の夢』序章
  102. 1897年紋別市紋別外9か村の戸長役場から湧別村が分かれる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  103. 1897年湧別町湧別村戸長役場が置かれる湧別町新町まちづくりビジョン(新町基本計画)湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  104. 1897年湧別町旧上湧別の地に屯田兵399名が家族とともに移り住む湧別町新町まちづくりビジョン(新町基本計画)
  105. 1897年遠軽町学田農場に新潟と山形から30戸がまとまって入植する遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  106. 1897〜1906年置戸町明治30年代に開拓が始まり、道路と鉄道の開通で人が住みつく置戸町過疎地域持続的発展市町村計画
  107. 1897年興部町今の富丘に製軸工場ができ、手回しの機械でマッチの軸木を作り始める広報おこっぺ2018年4月号「おこっぺ130年の歴史」
  108. 1897年3月6日北見市北光社の社長坂本直寛が北海道に向けて高知を出発する北見市 市史編さんニュース ヌプンケシ143号
  109. 1897年4月網走市網走税務署が置かれ、4郡を受け持つ網走市統計書 令和元年版(年表)
  110. 1897年4月4日北見市北光社の第二次移民団が貨物船高洋丸に乗って高知を出る北見市 市史編さんニュース ヌプンケシ143号
  111. 1897年5月北見市坂本直寛が率いる高知県の移民団・北光社が野付牛村に入る北見市「北見市の生い立ち」
  112. 1897年5月湧別町屯田兵が入地し、湧別川流域の本格的な開拓が始まる湧別川水系河川整備計画 参考資料(網走開発建設部)
  113. 1897年5月7日遠軽町学田地をめざす最初の移民集団が湧別浜に着く遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  114. 1897年6月7日北見市屯田歩兵第4大隊第1中隊の100戸が旧端野村に入地する北見市 市史編さんニュース ヌプンケシ138号
  115. 1897年6月10日北見市屯田兵が野付牛村に入地し、この日がのちに旧北見市の開基の日とされる北見市 市史編さんニュース ヌプンケシ138号
  116. 1897年7月15日北見市常呂の戸長役場から分かれて野付牛村戸長役場が置かれる北見市 市史編さんニュース ヌプンケシ138号
  117. 1898年北見市旧常呂村に岐阜団体が入地する北見市「北見市の生い立ち」
  118. 1898年北見市屯田兵の第2陣100戸が旧端野村に入植する北見市「端野町歴史年表」
  119. 1898年北見市常呂川があふれ、旧端野の畑に大きな被害が出る北見市「端野町歴史年表」
  120. 1898年北見市國澤喜右ヱ門らが旧留辺蘂町のムカ原野に入植する北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  121. 1898年大空町旧女満別町の地に農業をする人が住みつき、本格的な開拓が始まる大空町の概要 令和8年度版
  122. 1898年訓子府町豪雨で常呂川などが大きくあふれる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  123. 1898年興部町石川・高知・富山などの県から入植者が来て、本格的な開発が始まるプロフィール(興部町)
  124. 1898年遠軽町大水で10数戸が流され、死者2人が出て巌望橋も流される遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  125. 1898年置戸町平取出身のアイヌの平村エレコークが住み始め、置戸に人が住む始まりになる置戸町郷土資料館 展示案内
  126. 1898年湧別町湧別屯田の第2陣が船で移り住む湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  127. 1898年湧別町旧上湧別に北湧尋常高等小学校が創立される湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  128. 1898年湧別町南兵村に初めてリンゴの苗木が入る湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  129. 1898年9月北見市屯田歩兵第4大隊の後続が野付牛に入地し、開拓の主力となる北見市「北見市の生い立ち」
  130. 1898年9月紋別市渚滑川が大きくあふれ、原野が大水害にあう紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  131. 1898年9月湧別町湧別川の洪水で4号線市街が冠水し、村が水に沈む湧別川水系河川整備計画 参考資料(網走開発建設部)
  132. 1899年北見市旧留辺蘂町で國澤喜右ヱ門らの温泉の出願が許される北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  133. 1899年斜里町サラパ川の上流にサケの人工ふ化場が置かれる斜里町「町のあゆみ」年表
  134. 1899年興部町4月に沙留郵便局が開かれ、9月に興部神社ができる広報おこっぺ2018年4月号「おこっぺ130年の歴史」
  135. 1900年北見市北光社移民の子のための訓子府尋常小学校(今の上常呂小学校)が開かれる北見市「北見市教育のあゆみ(旧北見市)」
  136. 1900年北見市旧端野の戸数が233戸、人口が1,501人となる北見市「端野町歴史年表」
  137. 1900年滝上町アイヌの柳田初太郎が今の元町付近で漁と狩りの暮らしを営む町のあゆみ(滝上町)
  138. 1900年雄武町新しい漁場で人口が増え、紋別村から分かれて雄武外3か村の役場が置かれるシンボル・歴史・地名の由来(雄武町)
  139. 1900年興部町興部と沙留の学校が簡易教育所として認められる広報おこっぺ2018年4月号「おこっぺ130年の歴史」
  140. 1900年11月1日紋別市渚滑村が分かれ、渚滑村の戸長役場が開かれる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  141. 1901年斜里町斜里に初めて定期船が寄る斜里町「町のあゆみ」年表
  142. 1901年佐呂間町サロマベツ原野に区画が設けられ、町の農業の土台ができる佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  143. 1901年西興部村上興部原野が植民地に選ばれ、1903年の開放で入植が始まる西興部村過疎地域持続的発展市町村計画
  144. 1901年遠軽町三等郵便局ができ、遠軽という名が初めて使われる遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  145. 1901年興部町宇津に人が入り、宇津の開拓が始まる広報おこっぺ2018年4月号「おこっぺ130年の歴史」
  146. 1902年北見市旧端野が冷害による凶作に見舞われる北見市「端野町歴史年表」
  147. 1902年訓子府町薄荷の栽培が始まる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  148. 1902年遠軽町北湧尋常高等小学校の学田分校が遠軽尋常小学校になる遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  149. 1902年4月1日網走市北見町などが網走町・能取村・藻琴村にまとまり、2級町村制を施行する網走市統計書 令和元年版(年表)
  150. 1903年斜里町斜里川のほとりにサケ・マスの共同缶詰所ができる斜里町「町のあゆみ」年表
  151. 1903年オホーツク全体屯田兵が開いた土地が約5000haになり、地方の耕地の半分近くを占める網走開発建設部『オホーツク開拓100年の夢』序章
  152. 1903年佐呂間町常呂と佐呂間を結ぶ縦貫道路が開通する佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  153. 1903年佐呂間町中佐呂間に官設の駅逓が置かれる佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  154. 1903年紋別市湯屋から出た火で前浜通り一帯の中心街が焼ける紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  155. 1903年湧別町湧別の屯田兵が現役を解かれる湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  156. 1903年興部町興部と紋別を結ぶ道路ができ、交通の苦労が軽くなる広報おこっぺ2018年4月号「おこっぺ130年の歴史」
  157. 1903年3月北見市屯田兵の現役が解かれ、野付牛の戸長役場が一般の行政を担い始める北見市 市史編さんニュース ヌプンケシ92号
  158. 1904年北見市旧端野の緋牛内から美幌までの道路が開通する北見市「端野町歴史年表」
  159. 1904年北見市日露戦争で旧端野から200人以上が動員される北見市「端野町歴史年表」
  160. 1904年美幌町新しい市街地の大通地区に合わせ、戸長役場が今の警察署付近へ移る美幌博物館「史跡 美幌外五ヶ村戸長役場跡史跡」
  161. 1904年訓子府町オロムシで水力による精穀と製粉が始まり、町の工業の始まりとなる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  162. 1904年西興部村下川から入った人が上興部に入地し、西興部の開拓が始まる西興部村バイオマス産業都市構想(西興部村)
  163. 1904年紋別市紋別と名寄を結ぶ道路が開通する紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  164. 1904年興部町興部と名寄を結ぶ道路ができ、興部郵便局と電信局が開かれる広報おこっぺ2018年4月号「おこっぺ130年の歴史」
  165. 1904年3月西興部村中興部の官設駅逓の初代取扱人が、村で最初の定住者になる文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  166. 1905年大空町旧女満別町の地に女満別駅逓所が置かれる広報おおぞら 2017年11月号(大空町開拓ものがたり)
  167. 1905年滝上町高知県の人が上渚滑原野52線に入り、開墾を始める町のあゆみ(滝上町)
  168. 1905年湧別町南湧小学校のもとになる南分教場が開かれる湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  169. 1905年2月26日北見市端野駅逓が緋牛内へ移り、緋牛内駅逓と名を改める北見市「端野町歴史民俗資料館:中央道路と鎖塚」
  170. 1905年12月紋別市八十士で金鉱が見つかる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  171. 1906年北見市旧留辺蘂町のオンネナイ原野に開拓移民20余戸が入植する北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  172. 1906年大空町旧東藻琴村の地に、基線道路の開通をきっかけに開拓者が入植する大空町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8年度~12年度)
  173. 1906年訓子府町訓子府駅逓が開かれる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  174. 1906年西興部村東興に入った人々が馬鈴薯の栽培を始め、村の本格的な農業が始まる文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  175. 1906年湧別町戸長役場が廃止され、2級町村制の湧別村役場が置かれる湧別町新町まちづくりビジョン(新町基本計画)
  176. 1906年1月21日網走市網走新聞雑誌縦覧所が開かれ、翌年に網走図書館と名を改める網走市統計書 令和元年版(年表)
  177. 1906年3月17日北見市私設の野付牛消防組ができ、市の消防の始まりとなる北見市 市史編さんニュース ヌプンケシ94号
  178. 1907年北見市旧留辺蘂町に武華特別教授場(留辺蘂小学校の前身)が開かれる北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  179. 1907年大空町旧東藻琴村の地に入植した橋本寅次郎がハッカの栽培を始める広報おおぞら 2017年11月号(大空町開拓ものがたり)
  180. 1907年滝上町「滝上」の地名が初めて北海道の地図に載る町のあゆみ(滝上町)
  181. 1907年興部町興部と雄武を結ぶ道路ができる広報おこっぺ2018年4月号「おこっぺ130年の歴史」
  182. 1907年4月興部町沙留村と瑠橡村の漁業組合ができる広報おこっぺ2018年4月号「おこっぺ130年の歴史」
  183. 1908年訓子府町西富に信州のカラマツが植えられ、植林が始まる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  184. 1908年清里町ウエンベツ教授所が置かれ、授業が始まる2024年版清里町統計書 付録
  185. 1908年佐呂間町中佐呂間と床丹を結ぶ道路が開通する佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  186. 1908年西興部村この年から1913年にかけ、福島・岐阜団体など6つの団体が入植する文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  187. 1908年置戸町起統特別教授場が開かれ、各地区に学校ができていく置戸町郷土資料館 展示案内
  188. 1908年4月滝上町上渚滑原野40線に渚滑第二教育所(のちの滝下小学校)が開かれる町のあゆみ(滝上町)
  189. 1908年6月網走市網走営林署が置かれる網走市統計書 令和元年版(年表)
  190. 1909年北見市北海道二級町村制が施かれ、生顔常村を合わせて野付牛村となる北見市「北見市の生い立ち」
  191. 1909年清里町斜里と川湯を結ぶ道路が開通し、上斜里駅逓所が置かれる2024年版清里町統計書 付録
  192. 1909年興部町雄武と紋別から字を分けて合わせ、興部村外2か村戸長役場が置かれるプロフィール(興部町)雄武町過疎地域持続的発展市町村計画
  193. 1909年4月1日紋別市藻別村を合わせて二級町村制を敷き、紋別村になる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  194. 1909年5月3日興部町山火事が強風で興部市街に燃え広がり、市街が焼け尽くされる広報おこっぺ2018年5月号「おこっぺ130年の歴史」
  195. 1909年7月滝上町愛知県の人が元町で日用雑貨の店を開き、町の商業の始まりになる町のあゆみ(滝上町)
  196. 1909年11月3日興部町木造平屋の戸長役場の庁舎ができ、開庁式が行われる広報おこっぺ2018年5月号「おこっぺ130年の歴史」
  197. 1910年西興部村札滑の砂金沢で、樋流しという方法による砂金の採取が始まる文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  198. 1910年西興部村陸軍出身の人による馬の装蹄が始まる文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  199. 1910年4月1日湧別町上湧別村の分村に伴い、湧別村が下湧別村と改称する湧別町新町まちづくりビジョン(新町基本計画)
  200. 1910年遠軽町湧別村が上湧別村と下湧別村に分かれ、遠軽に市街地ができ始める遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  201. 1910年4月網走市道庁の出先として網走土木派出所が置かれる網走市統計書 令和元年版(年表)
  202. 1911年北見市池田から野付牛までの鉄道が開通する北見市「北見市の生い立ち」
  203. 1911年大空町旧女満別町の地に網走郵便局の女満別駐在所が設けられる広報おおぞら 2017年11月号(大空町開拓ものがたり)
  204. 1911年訓子府町国鉄網走本線の開通で訓子府駅が開業する訓子府町「町名の由来と歴史」
  205. 1911年佐呂間町足尾鉱毒事件で土地を追われた栃木県の66戸が入植する佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  206. 1911年西興部村林業が本格的に始まり、丸太や角材が川を流してオホーツク海まで運ばれる西興部村バイオマス産業都市構想(西興部村)
  207. 1911年置戸町国鉄網走線の池田と野付牛の間が開通し、置戸駅が営業を始める置戸町郷土資料館 展示案内
  208. 1911年2月滝上町上渚滑とサクルーに官設の駅逓所が置かれる町のあゆみ(滝上町)
  209. 1911年7月興部町大雨の洪水が興部の各所を襲う広報おこっぺ2018年5月号「おこっぺ130年の歴史」
  210. 1912年北見市網走本線が開通し、旧端野に端野駅と緋牛内簡易駅ができる北見市「端野町歴史年表」
  211. 1912年大空町北見と網走の間に鉄道が通り、女満別駅が開業する広報おおぞら 2017年11月号(大空町開拓ものがたり)
  212. 1912年美幌町池田と網走を結ぶ鉄道が全線開通し、移り住む人が増える美幌町「美幌町のご紹介」
  213. 1912年頃オホーツク全体明治の末にこの地方が全国のハッカの65%を生む産地になる網走開発建設部『オホーツク開拓100年の夢』第5章
  214. 1912年3月18日興部町2日にわたる大暴風雪が荒れ、多くの被害が出る広報おこっぺ2018年5月号「おこっぺ130年の歴史」

大正147行

  1. 1912年10月5日網走市網走と野付牛の間に鉄道が通り、網走本線が全通する網走市統計書 令和元年版(年表)
  2. 1912年10月5日美幌町網走線の開通で美幌駅が開業するJR北海道 旭川支社「石北本線が全線開通90周年を迎えます」
  3. 1912年11月北見市野付牛から旧留辺蘂町の留辺蘂までの鉄道が開通する北見市「北見市の生い立ち」
  4. 1913年網走市米村喜男衛がモヨロ貝塚を発見した東京大学常呂実習施設「史跡モヨロ貝塚について」
  5. 1913年北見市旧留辺蘂町の元町に留辺蘂郵便局が開かれる北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  6. 1913年斜里町三井農場が本州などから移民を入れ、大規模な開墾を始める斜里町「町のあゆみ」年表
  7. 1913年興部町興部森林事務所が置かれる。冷たい雨で大凶作の年になる広報おこっぺ2018年5月号「おこっぺ130年の歴史」
  8. 1913年9月滝上町滝上神社が建てられる町のあゆみ(滝上町)
  9. 1913年12月滝上町滝上郵便局が置かれる町のあゆみ(滝上町)
  10. 1914年斜里町岩尾別に最初の開拓者が入植した斜里町立知床博物館「知床国立公園の歴史に関する参考資料」
  11. 1914年北見市ヴォーリズの設計でピアソン宣教師夫妻の住宅(今のピアソン記念館)が建つ北見市「ピアソン記念館」
  12. 1914年北見市旧端野で端野橋が東12号線に架けられる北見市「端野町歴史年表」
  13. 1914年北見市旧留辺蘂町で常紋トンネルが完成する北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  14. 1914年北見市旧留辺蘂町の元町に火力発電所ができ、初めて電灯がつく北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  15. 1914年佐呂間町常呂ほか4か村の戸長役場から分かれ、鐺沸村戸長役場が置かれる佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  16. 1914年西興部村ハッカの栽培が始まる文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  17. 1914年遠軽町社名淵に東京家庭学校の分校(のちの北海道家庭学校)が開く遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  18. 1914年遠軽町軽便鉄道湧別線が留辺蘂から下生田原(安国)まで開通する遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  19. 1914年4月北見市常呂の戸長役場の区域から鐺沸村(今の佐呂間町)が分かれる北見市「北見市の生い立ち」
  20. 1914年5月11日北見市野付牛大火で272戸が焼け、新市街地の6割を失う北見市 市史編さんニュース ヌプンケシ94号
  21. 1915年北見市常呂・手師学・太茶苗・少牛の4村が合わさり常呂村となる北見市「ところの歴史」
  22. 1915年北見市野付牛村から分かれて武華村(のちの留辺蘂町)が生まれる北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  23. 1915年大空町網走町が1級町村制となり、藻琴の地が東藻琴と名を改める大空町の概要 令和8年度版
  24. 1915年美幌町2級村制を敷いて美幌村になる美幌町「美幌町のご紹介」
  25. 1915年津別町近隣の6村が合わさって美幌村となり、津別の地もその一部になる津別町「津別町について」
  26. 1915年訓子府町野付牛村から置戸村が分かれ、訓子府はその一部になる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  27. 1915年斜里町二級町村制により5か村が合併して斜里村になる斜里町「町のあゆみ」年表
  28. 1915年佐呂間町2級町村制が施行され、村名を佐呂間村に改める佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  29. 1915年西興部村2級町村制が施行されたとき、今の西興部は興部村の一部だった西興部村バイオマス産業都市構想(西興部村)
  30. 1915年興部町2級町村制が施行され、興部村になるプロフィール(興部町)
  31. 1915年雄武町沢木村と幌内村を合わせ、2級町村制が敷かれるシンボル・歴史・地名の由来(雄武町)
  32. 1915年遠軽町湧別線が社名淵(開盛)まで延び、遠軽駅が開業する遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  33. 1915年遠軽町湧別川に救世橋がかかり、岩見通が開かれる遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  34. 1915年置戸町野付牛村(今の北見市)から分かれて置戸村になる置戸町過疎地域持続的発展市町村計画
  35. 1915年4月北見市野付牛村が一級町村制を施行し、置戸村と武華村が分かれる北見市「北見市の生い立ち」
  36. 1915年4月1日網走市網走町・能取村・藻琴村が合併し、1級町村制を施行する網走市統計書 令和元年版(年表)
  37. 1915年5月紋別市紋別魚市場が開かれる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  38. 1915年9月北見市野付牛に火力発電所ができ、町内で電灯がつき始める北見市 市史編さんニュース ヌプンケシ65号
  39. 1915年9月網走市網走電気株式会社ができ、網走に初めて電気が通る網走市統計書 令和元年版(年表)
  40. 1915年11月紋別市鴻之舞元山の口之沢で鉱石の転石が見つかる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  41. 1916年北見市旧留辺蘂町の温根湯に水力発電所ができる北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  42. 1916年網走市網走港が第1期拓殖計画で避難港として修築される計画に入る北海道開発局 港湾計画課「網走港」沿革
  43. 1916年遠軽町湧別線が下湧別まで延び、全線が開通する遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  44. 1916年湧別町湧別軽便線の社名渕から下湧別(今の湧別)までが開通する湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  45. 1916年湧別町芭露に郵便局が置かれる湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  46. 1916年興部町山林の火事を防ぐ森林防火組合が公有林の地域ごとにつくられる広報おこっぺ2018年5月号「おこっぺ130年の歴史」
  47. 1916年4月北見市町制を施行し、野付牛村が野付牛町となる北見市「北見市の生い立ち」
  48. 1916年6月13日紋別市鴻之舞金山が8名の匿名組合で操業を始める紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  49. 1917年斜里町斜里の市街地に電灯がともる斜里町「町のあゆみ」年表
  50. 1917年清里町上斜里信用組合ができる2024年版清里町統計書 付録
  51. 1917年オホーツク全体馬鈴薯のでんぷん工場が最も多くなる網走開発建設部『オホーツク開拓100年の夢』第5章
  52. 1917年紋別市鴻之舞金山を90万円で住友本社に売る契約が結ばれる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  53. 1917年遠軽町旧白滝村の地域で山火事が起き、255戸が焼ける遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  54. 1917年湧別町名寄線の鉄道工事が中湧別と名寄の両側から始まる湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  55. 1918年大空町旧東藻琴村の地に藻琴郵便局が開局する広報おおぞら 2017年11月号(大空町開拓ものがたり)
  56. 1918年訓子府町市街に火力発電所ができ、電灯がともる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  57. 1918年訓子府町男しゃく芋の種子が入り、種子用バレイショが始まる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  58. 1918年湧別町中湧別で煉瓦工場による煉瓦づくりが始まる湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  59. 1918年4月滝上町渚滑村から分かれて滝上村になる町のあゆみ(滝上町)
  60. 1918年4月1日紋別市渚滑村から滝上村が分かれて独立する紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  61. 1918年7月15日網走市釧路地方裁判所の網走支部が開かれる網走市統計書 令和元年版(年表)
  62. 1919年4月小清水町斜里村から小清水村が分村した斜里町「町のあゆみ」小清水町議会の概要(令和3年度版)沿革
  63. 1919年北見市旧端野の人口が4,564人、世帯数が911戸となる北見市「端野町歴史年表」
  64. 1919年美幌町今の津別町を分村する美幌町「美幌町のご紹介」
  65. 1919年訓子府町大水害で妻恋橋や大谷橋が流される訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  66. 1919年訓子府町タマネギの栽培が始まる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  67. 1919年斜里町斜里村から小清水村が分かれる斜里町「町のあゆみ」年表
  68. 1919年清里町上斜里郵便局が開かれ、上斜里商業組合ができる2024年版清里町統計書 付録
  69. 1919年小清水町第1回の村会で村名を「小清水村」と決める小清水町議会の概要(令和3年度版)町名の由来
  70. 1919年斜里町知床半島の岩尾別でトノサマバッタが発生し、作物がほぼ全滅する網走開発建設部『オホーツク開拓100年の夢』第2章
  71. 1919年網走市網走港の修築工事が始まる北海道開発局 港湾計画課「網走港」沿革
  72. 1919年西興部村上興部に製材工場ができ、土台付きの家屋が現れる文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  73. 1919年湧別町旧上湧別村から遠軽村が分村し、上湧別の区域が今の形になる湧別町新町まちづくりビジョン(新町基本計画)
  74. 1919年遠軽町遠軽村が上湧別村から分かれて独立し、役場の庁舎を新築する遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  75. 1919年置戸町ゴム底を貼ったボッコ靴が町内で開発され、林業の労働者に広まる置戸町指定文化財(置戸町郷土資料館)
  76. 1919年4月1日津別町美幌村から分かれて津別村ができる美幌・津別広域事務組合「概要・沿革」
  77. 1919年4月1日紋別市紋別村が紋別町と名を改める紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  78. 1920年北見市旧留辺蘂町で官行の林業が始まり、森林軌道が敷かれる北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  79. 1920年オホーツク全体製麻業がかつてない活況になる網走開発建設部『オホーツク開拓100年の夢』第5章
  80. 1920年遠軽町旧生田原町の市街地で火事があり、130戸余りが焼ける遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  81. 1920年興部町村の人が火力発電を始める広報おこっぺ2018年6月号「おこっぺ130年の歴史」
  82. 1920年1月28日北見市武華原野の開拓のため、旧留辺蘂町に武華駅逓が開かれる北見市「北見市留辺蘂町武華駅逓」
  83. 1920年6月1日訓子府町置戸村から分かれて訓子府村ができる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  84. 1920年8月滝上町37日間の長雨と湛水で、農作物の収穫がまったくなくなる町のあゆみ(滝上町)
  85. 1920年10月1日北見市第1回国勢調査で野付牛町の人口が30,152人となる北見市統計書 平成26年版「人口の推移」
  86. 1920年10月1日網走市第1回国勢調査で網走の人口は27,899人になる網走市統計書 令和元年版(人口の推移)
  87. 1921年佐呂間町大町桂月が1921年にサロマ湖を訪れ、砂洲を龍宮街道と名づけた北海道「網走国定公園」
  88. 1921年北見市武華村が町制を施行し、留辺蘂町と名を改める北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  89. 1921年訓子府町ビートの耕作が始まる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  90. 1921年オホーツク全体米価の高騰を受け、水稲の作付けが一気に8倍の400haに広がる網走開発建設部『オホーツク開拓100年の夢』第4章
  91. 1921年西興部村名寄線が開通し、村の人口が増える文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  92. 1921年西興部村名寄本線が全線開通し、村の3つの駅から原木が本州まで運ばれる西興部村バイオマス産業都市構想(西興部村)
  93. 1921年興部町国鉄名寄線が全線開通し、農業・林業・漁業が大きく伸びるプロフィール(興部町)
  94. 1921年湧別町名寄東線(後の名寄本線)の中湧別と興部の間が開通する湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  95. 1921年湧別町南兵村1区で玉ねぎの栽培が始まる湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  96. 1921年湧別町上芭露に郵便局が置かれる湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  97. 1921年興部町興部駅と沙留駅が開かれる広報おこっぺ2018年6月号「おこっぺ130年の歴史」
  98. 1921年3月25日紋別市国鉄名寄本線が全線開通する紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  99. 1921年4月北見市野付牛町から端野村と相内村が分かれる北見市「北見市の生い立ち」
  100. 1921年4月大空町人口が増え、網走町から女満別村が分村して村制を施行する大空町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8年度~12年度)
  101. 1922年北見市庁立野付牛中学校(今の北見北斗高校の前身)が開校する北見市「北見市教育のあゆみ(旧北見市)」
  102. 1922年北見市旧端野村の役場庁舎が今の端野町端野に新築される北見市「端野町歴史年表」
  103. 1922年訓子府町常呂川があふれて大谷橋などが流され、居武士の教授場が孤立する訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  104. 1922年西興部村乳牛の飼育が始まる文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  105. 1922年遠軽町大水で救世橋と市街地の家屋30戸余りが流され、死者8人が出る遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  106. 1922年興部町伯爵の来村を迎えるため、村の人が自分の山林の木で迎賓館の米田御殿を建てる米田御殿(興部町)
  107. 1922年3月滝上町滝上土功組合がつくられる町のあゆみ(滝上町)
  108. 1922年4月西興部村上興部と瀬戸牛にそれぞれ公設の消防組が置かれる文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  109. 1922年4月18日網走市庁立網走中学校と網走高等女学校が開校する網走市統計書 令和元年版(年表)
  110. 1922年8月25日湧別町湧別川が未曽有の大洪水となり、中湧別7号線付近に洪水の跡を残す湧別川水系河川整備計画 参考資料(網走開発建設部)
  111. 1922年9月紋別市ホタテ漁船の大きな海難事故が起きる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  112. 1923年北見市旧端野村の130戸に電灯がつく北見市「端野町歴史年表」
  113. 1923年清里町上斜里消防組がつくられる2024年版清里町統計書 付録
  114. 1923年オホーツク全体戸長役場が全廃されて町村制が敷かれ、この地方は5町17村になるオホーツク総合振興局『オホーツク2026(管内概要)』オホーツクの歴史
  115. 1923年斜里町バッタの被害が続き、岩尾別の開拓農家が全戸引き揚げる網走開発建設部『オホーツク開拓100年の夢』第2章
  116. 1923年西興部村稲作のための奥興部土功組合がつくられる文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  117. 1923年4月紋別市紋別港の修築工事が5か年の継続事業で始まる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  118. 1923年4月1日美幌町町制を敷いて美幌町になる美幌町「美幌町100年のあゆみ」
  119. 1923年11月滝上町渚滑線が開通する町のあゆみ(滝上町)
  120. 1923年11月5日紋別市国鉄渚滑線が開通する紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  121. 1924年大空町旧女満別町の住吉に網走刑務所の泊込所(住吉農場)が置かれる広報おおぞら 2017年11月号(大空町開拓ものがたり)
  122. 1924年訓子府町北海道庁の種畜場北見分場が開かれる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  123. 1924年紋別市タラバガニの缶詰工場がつくられる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  124. 1924年遠軽町湧別川水力発電会社の発電所ができ、初めて電灯がともる遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  125. 1924年遠軽町北海道薄荷製造株式会社ができ、道内で初めて薄荷油の精製を行う遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  126. 1924年興部町戸数と人口が開村以来いちばん多くなる広報おこっぺ2018年6月号「おこっぺ130年の歴史」
  127. 1924年6月滝上町滝上水力電気株式会社がつくられる町のあゆみ(滝上町)
  128. 1924年7月滝上町37日間雨が降らず、干ばつの被害を受ける町のあゆみ(滝上町)
  129. 1924年10月滝上町渚滑線に濁川駅ができる町のあゆみ(滝上町)
  130. 1924年12月27日西興部村北海道庁が、分村する西興部村の役場の位置を瀬戸牛市街に定める文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  131. 1925年津別町国鉄相生線が開通する津別町「津別町について」
  132. 1925年斜里町釧網線の網走から斜里までが開通する斜里町「町のあゆみ」年表
  133. 1925年斜里町大栄・朱円・以久科で甜菜の栽培が始まる斜里町「町のあゆみ」年表
  134. 1925年西興部村人口が4,400人あまりに達する文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  135. 1925年興部町興部村から西興部村が分かれるプロフィール(興部町)
  136. 1925年湧別町上湧別と中湧別の市街に電灯がともる湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  137. 1925年1月遠軽町遠軽村から分かれて生田原村(旧生田原町)が生まれる遠軽町「旧生田原町の沿革」
  138. 1925年1月1日西興部村興部村から分かれて西興部村ができる文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  139. 1925年2月佐呂間町帝国議会で「湧網線」の請願が採択される国鉄湧網線の年表(佐呂間町)
  140. 1925年2月6日小清水町小清水の最初の住人と記録されるアイヌのイヤトムタが亡くなる網走開発建設部『オホーツク開拓100年の夢』第1章
  141. 1925年11月10日網走市釧網線の網走と斜里の間が開通する網走市統計書 令和元年版(年表)
  142. 1925年12月滝上町電気の供給が始まり、電灯がともる町のあゆみ(滝上町)
  143. 1926年北見市旧端野村が大凶作に見舞われる北見市「端野町歴史年表」
  144. 1926年網走市網走支庁の庁舎が川向に新しく建てられ移る網走市統計書 令和元年版(年表)
  145. 1926年斜里町越川に水力発電所ができる斜里町「町のあゆみ」年表
  146. 1926年オホーツク全体水田が7,000haまで広がる網走開発建設部『オホーツク開拓100年の夢』第4章
  147. 1926年佐呂間町佐呂間と生田原を結ぶ定期バスが走り始める佐呂間町のあゆみ(町史年表)

昭和の戦前と戦中136行

  1. 1927年網走市築港工事中の網走港が激しい波で大きな被害を受ける北海道開発局『70年史』港湾事業
  2. 1927年遠軽町石北線の遠軽から丸瀬布までが開通し、瀬戸瀬駅が開業する遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  3. 1927年6月7日興部町興部市街から出た火が烈風にあおられ、中心部の大半を焼く大火になる広報おこっぺ2018年6月号「おこっぺ130年の歴史」
  4. 1928年北見市ピアソン宣教師夫妻が野付牛を去り、アメリカへ帰る北見市「ピアソン記念館」
  5. 1928年大空町旧女満別町で公認の競馬場が許可される広報おおぞら 2017年11月号(大空町開拓ものがたり)
  6. 1928年清里町上斜里の市街に電灯がつく2024年版清里町統計書 付録
  7. 1928年西興部村牛乳の出荷が始まり、クリームを名寄へ貨車で送る文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  8. 1928年湧別町旧上湧別村の役場議事堂が火事になり、庁舎が新しく建つ湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  9. 1928年6月滝上町大正地区の付近で山火事が6日間続き、国有林69.4haが焼ける町のあゆみ(滝上町)
  10. 1928年6月18日興部町失火で興部小学校の校舎がすべて焼ける広報おこっぺ2018年6月号「おこっぺ130年の歴史」
  11. 1928年12月滝上町滝上商工会がつくられる町のあゆみ(滝上町)
  12. 1929年斜里町釧網線の斜里から札鶴までが開通する斜里町「町のあゆみ」年表
  13. 1929年清里町斜里から札鶴(今の札弦)までの鉄道が開通する清里町「清里町127年・開町82年」
  14. 1929年オホーツク全体「北見米100万石計画」が出される網走開発建設部『オホーツク開拓100年の夢』第4章
  15. 1929年網走市網走港の防波堤と河口突堤がひとまず完成する北海道開発局『70年史』港湾事業
  16. 1929年佐呂間町サロマ湖の新しい湖口が掘り開かれる佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  17. 1929年遠軽町石北線の丸瀬布から白滝までが開通する遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  18. 1929年遠軽町旧生田原町の生田原と清里の間に営林局の森林軌道が敷かれる遠軽町「旧生田原町の沿革」
  19. 1929年興部町1月から3月まで雪が続き、平年の3倍の積雪になる広報おこっぺ2018年6月号「おこっぺ130年の歴史」
  20. 1929年2月興部町興部商工会ができる広報おこっぺ2018年6月号「おこっぺ130年の歴史」
  21. 1930年北見市旧端野の人口が6,430人、戸数が1,042戸となる北見市「端野町歴史年表」
  22. 1930年訓子府町訓子府の市街で大火が起きる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  23. 1930年湧別町計呂地に郵便局が置かれる湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  24. 1930年4月17日紋別市紋別の市街で大火が起き、翌日まで続く紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  25. 1931年斜里町釧網線の斜里から釧路までが全線開通する斜里町「町のあゆみ」年表
  26. 1931年清里町札鶴から川湯までが開通し、釧網線が町内を通り抜ける清里町「清里町127年・開町82年」
  27. 1931年清里町札弦の市街が大火に見舞われる2024年版清里町統計書 付録
  28. 1931年佐呂間町中佐呂間・武士・上佐呂間に電灯がともる佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  29. 1931年興部町この年から1935年まで、ひどい冷害と凶作が続く広報おこっぺ2018年6月号「おこっぺ130年の歴史」
  30. 1931年5月滝上町滝上市街と滝上原野39線の間に乗合自動車が走る町のあゆみ(滝上町)
  31. 1931年9月20日網走市釧網線が全線開通する網走市統計書 令和元年版(年表)
  32. 1932年北見市石北線が全線開通し、道路網も整う北見市「北見市の生い立ち」
  33. 1932年北見市旧留辺蘂町が2年続きの凶作で救援米の払い下げを受ける北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  34. 1932年斜里町殖民軌道の斜里からチプドマリまでが開通する斜里町「町のあゆみ」年表
  35. 1932年滝上町オシラネップ原野で山火事が6日間続き、国有林39.6haが焼ける町のあゆみ(滝上町)
  36. 1932年西興部村水田が212町に広がる文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  37. 1932年西興部村豪雨で大きな出水が起き、上興部・瀬戸牛の消防組が水防にあたる文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  38. 1932年遠軽町石北線が全線開通する遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  39. 1932年遠軽町名寄本線が遠軽駅まで延長される遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  40. 1932年5月23日北見市野付牛町役場が火事で焼け、戸籍などの公文書が失われる北見市 市史編さんニュース ヌプンケシ233号
  41. 1932年6月1日紋別市渚滑村から下渚滑村が分かれる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  42. 1932年8月紋別市上水道の給水が始まる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  43. 1932年10月1日網走市石北線が全線開通する網走市統計書 令和元年版(年表)
  44. 1933年清里町上斜里の市街が大火に見舞われる2024年版清里町統計書 付録
  45. 1933年滝上町北海道興業株式会社が滝上金山で採鉱を始める町のあゆみ(滝上町)
  46. 1933年滝上町滝上と瀬戸牛(今の西興部)の間に乗合自動車が走る町のあゆみ(滝上町)
  47. 1933年遠軽町遠軽の市街地で大火があり、53戸が被災する遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  48. 1934年北見市ハッカを加工する北見ハッカ工場が設けられる北見市「北見ハッカ記念館・薄荷蒸溜館」
  49. 1934年美幌町美幌峠を含む阿寒一帯が国立公園になる美幌町「美幌町100年のあゆみ」
  50. 1934年清里町木材を運び出す森林軌道がオニセップ奥から上札鶴まで敷かれる清里町「清里町127年・開町82年」
  51. 1934年滝上町オシラネップ川の下流にサケ・マスの養殖と捕獲の場が置かれる町のあゆみ(滝上町)
  52. 1934年西興部村瀬戸牛地区に初めて電話が10台つく文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  53. 1934年興部町酪連の興部工場ができ、牛乳を生乳のまま出荷できるようになる文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  54. 1934年湧別町湧別川の河口から上湧別までの本格的な治水工事が始まる湧別川水系河川整備計画 参考資料(網走開発建設部)
  55. 1934年湧別町河口から湧別橋までの湧別川の付け替え工事に着工する湧別川水系河川整備計画 参考資料(網走開発建設部)
  56. 1934年遠軽町遠軽村が町制を施行して遠軽町になる遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  57. 1934年湧別町中湧別の市街で開村以来の大火が起きる湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  58. 1934年8月興部町前の年に着工した沙留の船入澗ができる広報おこっぺ2018年6月号「おこっぺ130年の歴史」
  59. 1934年10月紋別市鴻之舞鉱山のダムが決壊し、鉱毒の事件が起きる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  60. 1935年大空町旧東藻琴村で北海道庁の植民軌道藻琴線が走り始める広報おおぞら 2017年11月号(大空町開拓ものがたり)
  61. 1935年大空町旧女満別町の競馬場の跡地に農業気象観測の飛行場が置かれる広報おおぞら 2017年11月号(大空町開拓ものがたり)
  62. 1935年大空町女満別の飛行場から根岸錦蔵が流氷を見回る飛行を行う広報おおぞら 2017年11月号(大空町開拓ものがたり)
  63. 1935年斜里町斜里村の市街で大火があり、61戸が焼ける斜里町「町のあゆみ」年表
  64. 1935年清里町斜里からの分村を目指す期成会ができる2024年版清里町統計書 付録
  65. 1935年湧別町中湧別と計呂地の間が西湧網線として開通する国鉄湧網線の年表(佐呂間町)
  66. 1935年滝上町赤痢が多く発生し、患者が30人に及ぶ町のあゆみ(滝上町)
  67. 1935年西興部村人口が4,867人でいちばん多くなる西興部村バイオマス産業都市構想(西興部村)
  68. 1935年湧別町旧上湧別の17号地先で湧別川の付け替え工事が終わる湧別川水系河川整備計画 参考資料(網走開発建設部)
  69. 1935年9月10日興部町興浜南線が開通する広報おこっぺ2018年6月号「おこっぺ130年の歴史」
  70. 1935年10月10日網走市湧網東線の網走と卯原内の間が開通する網走市統計書 令和元年版(年表)国鉄湧網線の年表(佐呂間町)
  71. 1935年12月24日網走市桂ヶ岡砦跡(チャシ跡)が国の史跡に指定された文化遺産オンライン「桂ヶ岡砦跡」
  72. 1936年北見市旧留辺蘂町で武華駅逓が廃止される北見市「北見市留辺蘂町武華駅逓」
  73. 1936年北見市旧留辺蘂町で留辺蘂金山の本格的な採掘が始まる北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  74. 1936年訓子府町水害で居武士橋と昭和橋が流される訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  75. 1936年斜里町皆既日食の観測のため各国の観測隊が斜里村に来る斜里町「町のあゆみ」年表
  76. 1936年清里町日食の観測が行われ、観測隊が村に来る2024年版清里町統計書 付録
  77. 1936年西興部村米が合わず、稲の作付けが激しく減る文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  78. 1936年紋別市鴻之舞金山のこの年の産金高が全国1位になる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  79. 1936年6月19日興部町興部小学校の校庭で新聞社の撮影班が日食の観測に成功する広報おこっぺ2018年6月号「おこっぺ130年の歴史」
  80. 1936年9月滝上町森林鉄道の濁川と滝上原野15線の間が開通する町のあゆみ(滝上町)
  81. 1936年10月17日佐呂間町計呂地と中佐呂間の間が東湧網線として開通する国鉄湧網線の年表(佐呂間町)
  82. 1936年11月3日網走市北見教育会が「北見郷土舘」を建て開館した網走市「郷土博物館」
  83. 1936年11月3日網走市米村喜男衛が集めた考古・民族資料3,000点が郷土舘の基礎となった網走市「郷土博物館」
  84. 1936年11月3日網走市北見郷土館が開館し、のちに網走市立郷土博物館となる網走市統計書 令和元年版(年表)
  85. 1936年12月16日網走市最寄貝塚(モヨロ貝塚)が国の史跡に指定された文化遺産オンライン「最寄貝塚」
  86. 1937年美幌町美幌50周年の記念祭を開き、美幌町史を出す美幌町「美幌町100年のあゆみ」
  87. 1937年オホーツク全体冷害の大凶作が続いた末、1万ha近い水田が畑に戻される網走開発建設部『オホーツク開拓100年の夢』第4章
  88. 1937年西興部村馬鈴薯の作付けが111.8haになり、畑の58%を占める文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  89. 1937年9月美幌町開基50周年の記念に、一般から募って町章を決める美幌町「美幌町のご紹介」
  90. 1937年9月滝上町森林鉄道が滝上原野15線から滝西21線まで延びる町のあゆみ(滝上町)
  91. 1937年10月6日興部町烈風で鮭漁の船が遭難し、興部と沙留の漁業者が亡くなる広報おこっぺ2018年6月号「おこっぺ130年の歴史」
  92. 1937年12月紋別市渚滑村が上渚滑村と名を改める紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  93. 1938年北見市旧留辺蘂町が一級町村制を施行する北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  94. 1938年斜里町根北線の斜里・越川間の工事が終わり、一部にレールが敷かれる斜里町「町のあゆみ」年表
  95. 1938年滝上町森林鉄道のオシラネップ線が開通する町のあゆみ(滝上町)
  96. 1938年遠軽町6月15日を遠軽の開基記念日と定める遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  97. 1938年12月14日網走市天都山が国の名勝に指定された文化遺産オンライン「天都山」
  98. 1939年北見市北見のハッカが世界のハッカ市場の約70%を占める北見市「北見ハッカ記念館・薄荷蒸溜館」
  99. 1939年北見市旧留辺蘂町の野村鉱業イトムカ鉱業所で水銀の生産が始まる北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  100. 1939年西興部村警防団令により西興部村警防団が発足する文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  101. 1939年湧別町湧別川の湧別左岸の堤防が完成する湧別川水系河川整備計画 参考資料(網走開発建設部)
  102. 1939年湧別町旧上湧別村に組合病院の久美愛病院が開院する湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  103. 1939年1月1日斜里町町制を施行して斜里町になる斜里町「町のあゆみ」年表
  104. 1939年8月15日興部町2日続いた豪雨で耕地が水につかり、家や橋が流される広報おこっぺ2018年7月号「おこっぺ130年の歴史」
  105. 1940年美幌町全道の町村で最初に都市計画区域の指定を受ける美幌町「美幌町のご紹介」
  106. 1940年斜里町根北線の工事が中止される斜里町「町のあゆみ」年表
  107. 1940年1月1日紋別市下渚滑村が渚滑村と名を改める紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  108. 1940年5月11日興部町山火事が起き、3か村にわたって燃え広がる広報おこっぺ2018年7月号「おこっぺ130年の歴史」
  109. 1940年10月美幌町田中地区に美幌海軍航空隊が開かれる陸上自衛隊第5旅団「美幌駐屯地の歩み」(保存版)
  110. 1940年10月1日北見市国勢調査で野付牛町の人口が38,298人となる北見市統計書 平成26年版「人口の推移」
  111. 1941年網走市軍事施設の建設に伴いモヨロ貝塚で緊急調査が行われた東京大学常呂実習施設「史跡モヨロ貝塚について」
  112. 1941年清里町小清水と札鶴を結ぶ定期バスが走り始める2024年版清里町統計書 付録
  113. 1941年11月20日網走市海軍用地となり最寄貝塚の指定が一部解除された文化遺産オンライン「最寄貝塚」
  114. 1942年北見市旧端野村に森林組合ができる北見市「端野町歴史年表」
  115. 1942年北見市旧留辺蘂町に留辺蘂営林署が置かれる北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  116. 1942年清里町日本繊維工業の斜里工場が置かれ、亜麻の栽培が急に増える2024年版清里町統計書 付録
  117. 1942年滝上町滝上に防空監視哨が置かれる町のあゆみ(滝上町)
  118. 1942年湧別町ポント浜で機雷が爆発し、多くの人が犠牲になる湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  119. 1942年興部町ニシンが豊漁になり、冷害と凶作に苦しんだ村が活気づく広報おこっぺ2018年7月号「おこっぺ130年の歴史」
  120. 1942年6月10日北見市野付牛町が市制を施行し、北見国で初めての市・北見市となる北見市「北見市教育のあゆみ(旧北見市)」
  121. 1942年11月滝上町枝間金山に札久留小学校の上札久留分校がつくられる町のあゆみ(滝上町)
  122. 1943年清里町斜里町から上斜里村(今の清里町)が分村した斜里町「町のあゆみ」
  123. 1943年斜里町斜里町から上斜里村(今の清里町)が分かれる斜里町「町のあゆみ」年表
  124. 1943年斜里町ウトロと幌別を結ぶ道路ができる斜里町「町のあゆみ」年表
  125. 1943年清里町斜里町と小清水村の一部が分かれて上斜里村が生まれる2024年版清里町統計書 付録
  126. 1943年佐呂間町1級町村制が施行される佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  127. 1943年西興部村軍需作物の亜麻が割り当てで作付けされ、135町歩になる文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  128. 1943年遠軽町旧生田原町の各鉱山が矢矧を除いて休山する遠軽町「旧生田原町の沿革」
  129. 1943年3月興部町興部村森林組合ができる広報おこっぺ2018年7月号「おこっぺ130年の歴史」
  130. 1944年北見市旧留辺蘂町の仲町で大火があり、27世帯が全焼する北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  131. 1944年清里町上斜里森林組合ができる2024年版清里町統計書 付録
  132. 1944年湧別町湧別川の河口にケーソンで導流堤が造られる湧別川水系河川整備計画 参考資料(網走開発建設部)
  133. 1944年湧別町産業組合と農会が一つになり、下湧別村農業会ができる湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  134. 1944年2月興部町興部村農業会ができ、興部原野の大排水溝が完成する広報おこっぺ2018年7月号「おこっぺ130年の歴史」
  135. 1945年以降網走市第二次世界大戦後に日本へ移住したウイルタの人びとがいて、網走との縁が深まった北海道立北方民族博物館「平成23年度の展示」
  136. 1945年佐呂間町幌岩に浪速の緊急開拓者47戸が入り、疎開者や外地からの引揚者も入植する佐呂間町のあゆみ(町史年表)

戦後の昭和482行

  1. 1945年8月美幌町終戦後、進駐した連合軍が飛行場の施設を壊し始める陸上自衛隊第5旅団「美幌駐屯地の歩み」(保存版)
  2. 1945年8月興部町集団帰農者が瑠橡に入り、引揚者が高台・住吉・富丘に入植する広報おこっぺ2018年7月号「おこっぺ130年の歴史」
  3. 1946年美幌町女満別村(今の大空町)の高野地区を町に加える美幌町「美幌町100年のあゆみ」
  4. 1946年津別町町制を敷き、網走管内で6番目の町になる津別町「津別町について」
  5. 1946年8月遠軽町遠軽町から分かれて丸瀬布村(旧丸瀬布町)が生まれる遠軽町「旧丸瀬布町の沿革」遠軽町「旧白滝村の沿革」
  6. 1946年10月10日興部町沙留神社が公認され、相馬神社として始まる広報おこっぺ2018年7月号「おこっぺ130年の歴史」
  7. 1947年網走市モヨロ調査団が1947年・1948年・1951年に発掘した東京大学常呂実習施設「史跡モヨロ貝塚について」
  8. 1947年網走市網走市に都市計画法が適用される網走市 都市計画の変遷
  9. 1947年大空町網走町の市への昇格とともに、東藻琴村が分村して村制を施行する大空町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8年度~12年度)
  10. 1947年美幌町役場の庁舎が今の場所へ移る美幌町「美幌町100年のあゆみ」
  11. 1947年津別町津別営林署が置かれる第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  12. 1947年訓子府町訓子府中学校が開校する訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  13. 1947年斜里町公共事業による魚田開発が始まり、サケ定置網漁業が伸びていく斜里町「町のあゆみ」大正・昭和
  14. 1947年清里町上斜里村で初めての公選の村長が選ばれ、役場の庁舎が建つ2024年版清里町統計書 付録
  15. 1947年佐呂間町佐呂間市街で大火があり、24戸が焼ける佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  16. 1947年湧別町湧別・芭露・上芭露・東芭露・計呂地に中学校が置かれる湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  17. 1947年2月11日網走市網走町が市制を施行して網走市になる網走市統計書 令和元年版(年表)
  18. 1947年4月1日小清水町学制改革で小清水村立小清水中学校ができる小清水町立小清水中学校「学校沿革」
  19. 1947年10月滝上町紋別営林署から分かれ、滝上営林署が置かれる町のあゆみ(滝上町)
  20. 1948〜1949年斜里町河野広道が朱円周堤墓群を発掘し縄文後期の遺跡と分かった斜里町立知床博物館「斜里朱円周堤墓群」
  21. 1948年北見市旧端野村に農業協同組合ができる北見市「端野町歴史年表」
  22. 1948年訓子府町北見高等学校の訓子府分校が開校する訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  23. 1948年佐呂間町若佐村が佐呂間村から分かれる佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  24. 1948年紋別市鴻之舞鉱業所が操業を再開する紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  25. 1948年雄武町町制が施行され、雄武町になるシンボル・歴史・地名の由来(雄武町)
  26. 1948年4月網走市北見郷土舘が網走市に移管された網走市「郷土博物館」
  27. 1948年4月1日興部町興部村農業協同組合ができる広報おこっぺ2018年7月号「おこっぺ130年の歴史」
  28. 1949年大空町旧女満別町に地磁気観測所の女満別出張所が開かれる広報おおぞら 2017年11月号(大空町開拓ものがたり)
  29. 1949年美幌町消防署を開き、国民健康保険病院をつくる美幌町「美幌町100年のあゆみ」
  30. 1949年斜里町ウトロ漁港の工事が始まる斜里町「町のあゆみ」年表
  31. 1949年清里町上斜里村の人口が1万人を超える2024年版清里町統計書 付録
  32. 1949年興部町沙留漁業協同組合ができる広報おこっぺ2018年7月号「おこっぺ130年の歴史」
  33. 1949年5月15日網走市網走消防本部と消防署が開かれる網走市統計書 令和元年版(年表)
  34. 1950年オホーツク全体網走の湖沼群一帯が1950年に道立公園に指定された北海道「網走国定公園」佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  35. 1950年北見市旧端野の人口が9,116人となる北見市「端野町歴史年表」
  36. 1950年佐呂間町床丹が佐呂間村に編入される佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  37. 1950年紋別市市街の海岸通りで火事が起き、56棟72戸が焼ける紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  38. 1950年湧別町下湧別村の床丹集落(今の若里)が分けられ、佐呂間に編入される湧別町新町まちづくりビジョン(新町基本計画)
  39. 1950年雄武町公営住宅の建設が始まる雄武町過疎地域持続的発展市町村計画
  40. 1950年遠軽町旧生田原町の市街で大火があり、127戸が焼ける遠軽町「旧生田原町の沿革」
  41. 1950年置戸町町制が施行され、置戸町になる置戸町過疎地域持続的発展市町村計画
  42. 1950年4月滝上町紋別から滝上を経て滝西・オシラネップまでバスが走る町のあゆみ(滝上町)
  43. 1950年8月28日斜里町斜里海岸の草原群落が北海道の天然記念物に指定された斜里町立知床博物館「斜里海岸の草原群落」
  44. 1950年10月1日北見市国勢調査で北見市(相内を含む)の人口が52,750人となる北見市統計書 平成26年版「人口の推移」
  45. 1950年11月北見市常呂村が町制を施行し、常呂町となる北見市「北見市の生い立ち」
  46. 1951年北見市旧留辺蘂町の仲町で再び大火があり、61世帯が全焼する北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  47. 1951年大空町女満別村が町制を施行して女満別町になる広報おおぞら 2017年11月号(大空町開拓ものがたり)
  48. 1951年清里町上斜里高等学校ができ、村営の牧場が開かれる2024年版清里町統計書 付録
  49. 1951年興部町町制が施行され、興部町になるプロフィール(興部町)
  50. 1951年遠軽町警察予備隊の遠軽駐屯地ができる遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  51. 1951年置戸町地元の新聞「置戸タイムス」が創刊される置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  52. 1951年2月紋別市紋別商工会議所ができる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  53. 1951年4月8日美幌町町を挙げた誘致で警察予備隊の美幌駐とん地が開かれる陸上自衛隊第5旅団「美幌駐屯地の歩み」(保存版)
  54. 1951年6月1日雄武町上雄武の道有林で造林の地ごしらえの残り火から火が出る雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  55. 1951年7月1日網走市網走土木現業所から網走開発建設部が分かれる網走市統計書 令和元年版(年表)
  56. 1951年11月1日訓子府町町制を敷いて訓子府町になる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  57. 1951年12月興部町農村の有線放送の施設ができる広報おこっぺ2018年8月号「おこっぺ130年の歴史」
  58. 1952年美幌町美幌商工会議所ができ、広報びほろを出し始める美幌町「美幌町100年のあゆみ」
  59. 1952年雄武町雄武地区の中心市街地などが都市計画区域に指定される雄武町過疎地域持続的発展市町村計画
  60. 1952年遠軽町生田原村史がまとめられ、児童養護施設北光学園が開く遠軽町「旧生田原町の沿革」
  61. 1952年遠軽町旧白滝村に小水力の発電所ができ、村全体に電気が通る遠軽町「旧白滝村の沿革」
  62. 1952年置戸町訓子府町から常盤の集落が編入される置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  63. 1952年置戸町集団赤痢が発生する置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  64. 1952年湧別町湧別公民館が置かれる湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  65. 1952年興部町町立興部高等学校の校舎ができ、4月に通常課程が置かれる広報おこっぺ2018年8月号「おこっぺ130年の歴史」
  66. 1952年5月14日雄武町上雄武の造林地の火入れの残り火が突風で燃え広がり、原野約4,000町歩が焼ける雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  67. 1952年8月1日佐呂間町戦争で止まっていた中佐呂間と常呂の間の工事が再び始まる国鉄湧網線の年表(佐呂間町)
  68. 1953年斜里町禅龍寺で「シャリ場所死亡人控」が1953年に見つかった斜里町立知床博物館「津軽藩士死没者の過去帳」
  69. 1953年斜里町知床半島で初めての学術調査が行われた斜里町立知床博物館「知床国立公園の歴史に関する参考資料」
  70. 1953年北見市旧留辺蘂町の温根湯市街で大火があり、42戸が全焼する北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  71. 1953年斜里町オホーツク災害で漁家が大きな被害を受け、冷害で凶作になる斜里町「町のあゆみ」年表
  72. 1953年網走市網走市が網走港の管理者になる北海道開発局 港湾計画課「網走港」沿革
  73. 1953年佐呂間町町制が施行され、佐呂間町になる佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  74. 1953年紋別市西紋別郡で冷雨による凶作がこの年から5年続く紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  75. 1953年湧別町湧網線が全線開通する湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  76. 1953年興部町興部高校が道立に移り、沙留港が漁港整備計画に入る広報おこっぺ2018年8月号「おこっぺ130年の歴史」
  77. 1953年1月滝上町町の警察の庁舎が全焼する町のあゆみ(滝上町)
  78. 1953年6月24日美幌町新町で大火が起き、民家が多数焼け、駅の建物も半焼する美幌・津別広域事務組合「美幌消防100年 年表」
  79. 1953年8月11日清里町斜里岳を描いた上斜里村の村章(今の町章)が村議会で決まる清里町「清里町127年・開町82年」
  80. 1953年9月29日湧別町上湧別村が町制を施行し、上湧別町になる湧別町新町まちづくりビジョン(新町基本計画)
  81. 1953年10月小清水町小清水村が町制を施行して小清水町になる小清水町議会の概要(令和3年度版)沿革
  82. 1953年10月1日湧別町下湧別村が町制を施行し、湧別町になる湧別町新町まちづくりビジョン(新町基本計画)
  83. 1953年10月22日網走市湧網東線と西線がつながり、網走と中湧別を結ぶ湧網線となる網走市統計書 令和元年版(年表)
  84. 1953年10月22日佐呂間町湧網線が全線開通し、中佐呂間駅が佐呂間駅に改められる国鉄湧網線の年表(佐呂間町)
  85. 1954年斜里町津軽藩士斎藤勝利の日記が1954年に見つかり事件が明らかになった斜里町立知床博物館「津軽藩士死没者の過去帳」
  86. 1954年北見市台風15号で大雪山系に4,000万石の風倒木が出る(旧留辺蘂町)北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  87. 1954年訓子府町森永乳業が町に進出する訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  88. 1954年清里町上斜里営林署が置かれる2024年版清里町統計書 付録
  89. 1954年置戸町台風15号で森林に400万石の被害木が出る置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  90. 1954年湧別町五鹿山の桜まつりが始まる湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  91. 1954年4月遠軽町生田原村が町制を施行し、生田原町になる遠軽町「旧生田原町の沿革」
  92. 1954年5月6日雄武町上沢木でたばこの火から山火事が起きる雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  93. 1954年5月23日雄武町錦町の遊技場のストーブから火が出て、開村以来の市街地の大火になる雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  94. 1954年7月美幌町自衛隊の発足で美幌部隊が陸上自衛隊美幌駐屯地になる陸上自衛隊第5旅団「美幌駐屯地の歩み」(保存版)
  95. 1954年7月1日紋別市紋別町・上渚滑村・渚滑村が合併し、道内19番目の市になる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  96. 1954年8月興部町農村に電気を引く第1次・第2次の工事が終わり、通電する広報おこっぺ2018年8月号「おこっぺ130年の歴史」
  97. 1954年9月滝上町台風15号で森林がかつてない被害を受ける町のあゆみ(滝上町)
  98. 1954年11月21日網走市網走市の上下水道が通水する網走市統計書 令和元年版(年表)
  99. 1955年北見市樺太アイヌ語の調査で言語学者が常呂町を訪れた東京大学常呂実習施設「沿革」東京大学常呂実習施設「沿革」
  100. 1955年北見市常呂で樺太アイヌ語の話し手、藤山ハル(1900〜1974)から聞き取りが行われた東京大学常呂実習施設「沿革」
  101. 1955年訓子府町仲町で大火が起き、劇場の訓子府座などが焼ける訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  102. 1955年訓子府町鉄道にレールバスが走り、西富乗降場が置かれる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  103. 1955年清里町清里町が生まれたときの人口は1万694人2024年版清里町統計書 発行にあたって
  104. 1955年清里町道路とトラックの普及で森林軌道が姿を消す清里町「清里町127年・開町82年」
  105. 1955年西興部村冬山造材が夏山造材に変わり始める文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  106. 1955年紋別市漁船の第18弁天丸が遭難し、乗組員8人全員が亡くなる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  107. 1955年佐呂間町人口が15,656人となり、いちばん多くなる佐呂間町過疎地域持続的発展市町村計画
  108. 1955年8月滝上町倒木の害虫を防ぐ薬をまくヘリコプターが北見富士の麓で落ちる町のあゆみ(滝上町)
  109. 1955年8月1日清里町上斜里村が町制を施行し、町名を清里町に改める清里町「清里町127年・開町82年」
  110. 1955年10月興部町興部を含む西紋別地域が集約酪農地区に指定される広報おこっぺ2018年8月号「おこっぺ130年の歴史」
  111. 1955年12月佐呂間町湧網線で46人乗りのレールバスが走り始める国鉄湧網線の年表(佐呂間町)
  112. 1956年北見市相内村が北見市に編入されるオホーツク総合振興局『オホーツク2026(管内概要)』オホーツクの歴史
  113. 1956年佐呂間町分かれていた若佐村と再び合併する佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  114. 1956年西興部村除虫菊の栽培が終わる文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  115. 1956年置戸町北海道大学の研究者が安住と中里で旧石器を発掘する置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  116. 1956年1月1日紋別市紋別測候所が業務を始める紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  117. 1956年5月12日雄武町拓成で民家の煙突の火の粉から山林が焼ける雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  118. 1956年6月滝上町滝上町国民健康保険病院が開院する町のあゆみ(滝上町)
  119. 1956年6月1日網走市オホーツク水族館が開館する網走市統計書 令和元年版(年表)
  120. 1956年7月興部町町立の国民健康保険直営病院ができる広報おこっぺ2018年8月号「おこっぺ130年の歴史」
  121. 1957年北見市東京大学考古学研究室の常呂での発掘調査が始まった東京大学常呂実習施設「沿革」東京大学常呂実習施設「沿革」
  122. 1957年北見市旧留辺蘂町を通る大雪国道(国道39号)が開通する北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  123. 1957年北見市温根湯のエゾムラサキツツジ群落が北海道の天然記念物になる北見市「北見市教育のあゆみ(旧留辺蘂町)」
  124. 1957年斜里町根北線の斜里から越川までが開通する斜里町「町のあゆみ」年表
  125. 1957年滝上町森林鉄道の本流線が廃止される町のあゆみ(滝上町)
  126. 1957年遠軽町開基60周年の記念式典を開き、遠軽町史を発行する遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  127. 1957年置戸町置戸町史が刊行される置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  128. 1957年湧別町湧別大橋と登栄床漁港ができ、湧別漁港の工事が始まる湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  129. 1957年湧別町旧上湧別の農家54戸がチューリップ耕作組合をつくり栽培を始めるかみゆうべつチューリップ公園「公園の歴史」(湧別町)
  130. 1957年1月29日斜里町斜里朱円周堤墓群が北海道の史跡に指定された斜里町立知床博物館「斜里朱円周堤墓群」
  131. 1957年6月1日雄武町興和で開墾の火入れの火が4日間燃え続ける雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  132. 1957年7月西興部村忍路子の台地で、それまで知られていなかった黒曜石の楔形石器が見つかる文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  133. 1957年12月興部町簡易水道の工事が終わる広報おこっぺ2018年8月号「おこっぺ130年の歴史」
  134. 1958年北見市北見市泉の一部34戸が旧留辺蘂町に編入される北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  135. 1958年大空町女満別空港が第三種空港として認められる広報おおぞら 2017年11月号(大空町開拓ものがたり)
  136. 1958年津別町役場庁舎、公民館、消防本部庁舎ができる第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  137. 1958年斜里町ホクレン中斜里製糖工場が操業を始める斜里町「町のあゆみ」年表
  138. 1958年清里町町立の国民健康保険病院が開院し、札弦の市街で大火が起きる2024年版清里町統計書 付録
  139. 1958年置戸町簡易水道の工事が始まり、一部で水が通る置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  140. 1958年置戸町森林鉄道の一部が撤去される置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  141. 1958年7月1日オホーツク全体網走国定公園が指定された(面積37,261ha)北海道「網走国定公園」網走市統計書 令和元年版(年表)
  142. 1958年7月1日オホーツク全体サロマ湖から濤沸湖までの湖沼群が網走国定公園に指定される(道内で最初)オホーツク総合振興局『オホーツク2026(管内概要)』自然・環境
  143. 1958年10月西興部村札滑の畑から石器とみられる遺物が多く掘り出され、北海道大学に運ばれる文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  144. 1958年12月美幌町帯広でできた第306地区施設隊が美幌へ移る陸上自衛隊第5旅団「美幌駐屯地の歩み」(保存版)
  145. 1959年訓子府町道立農業試験場の北見支場の庁舎ができ、町への移転を終える訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  146. 1959年滝上町茂瀬原野で道営の開拓事業が始まる町のあゆみ(滝上町)
  147. 1959年滝上町森林鉄道のオシラネップ線が廃止される町のあゆみ(滝上町)
  148. 1959年紋別市三菱沼の上鉱山が閉山する紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  149. 1959年興部町国道238号の渚滑と沙留の間の道路の改良が終わる広報おこっぺ2018年8月号「おこっぺ130年の歴史」
  150. 1959年1月27日美幌町映画館の銀映座で火事が起き、多くの死者が出る美幌・津別広域事務組合「美幌消防100年 年表」
  151. 1959年6月滝上町3区・4区の農家に乳牛が入り、酪農が始まる町のあゆみ(滝上町)
  152. 1959年7月西興部村北海道大学が忍路子台地を調べ、石器に「忍路子型細石核」の名がつく文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  153. 1960年北見市東京大学がトコロチャシ跡遺跡群の調査を始めた東京大学常呂実習施設「トコロチャシ跡遺跡群の概要」
  154. 1960年北見市北見工業短期大学が設けられ、開校する北見市「北見市教育のあゆみ(旧北見市)」
  155. 1960年北見市旧留辺蘂町の森林軌道が廃止される北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  156. 1960年大空町国勢調査で今の大空町の地域の人口が15,269人になる大空町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8年度~12年度)
  157. 1960年大空町旧女満別町で先輩の開拓者の働きをたたえる女満別開拓記念碑が建つ広報おおぞら 2017年11月号(大空町開拓ものがたり)
  158. 1960年美幌町役場の旧庁舎ができる美幌町「美幌町100年のあゆみ」
  159. 1960年津別町人口がこの年に最も多くなり、以後は減り続ける津別町人口ビジョン(平成27年)
  160. 1960年小清水町小清水町の人口が最も多くなり、その後は減っていく小清水町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  161. 1960年興部町引揚者の入植などで人口が9,363人に達し、いちばん多くなる興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  162. 1960年雄武町人口が10,518人になる雄武町過疎地域持続的発展市町村計画
  163. 1960年代置戸町人口が最も多くなり、小学校9校・中学校4校・高校1校がある置戸町郷土資料館 展示案内
  164. 1960年置戸町国勢調査で人口が12,562人になる置戸町過疎地域持続的発展市町村計画
  165. 1960年湧別町旧上湧別のチューリップ球根が北米の都市へ初めて輸出されるかみゆうべつチューリップ公園「公園の歴史」(湧別町)湧別町バイオマス活用推進計画(農林水産省掲載)
  166. 1961年北見市旧端野村が町制を敷き、端野町になるオホーツク総合振興局『オホーツク2026(管内概要)』オホーツクの歴史
  167. 1961年紋別市6年ぶりにホタテ漁が解禁される紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  168. 1961年湧別町上湧別と中湧別の商工会が合併し、上湧別町商工会になる湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  169. 1961年11月網走市郷土博物館に創設25周年を記念して新館が増築された網走市「郷土博物館」
  170. 1962年滝上町道道士別・滝上・紋別線が開通する町のあゆみ(滝上町)
  171. 1962年西興部村分村から続いた4,000人台の人口がこのころから減り始める西興部村過疎地域持続的発展市町村計画
  172. 1962年遠軽町旧丸瀬布町で森林鉄道による輸送が終わる遠軽町「旧丸瀬布町の沿革」
  173. 1962年置戸町長雨と十勝岳の噴火の降灰で農作物の収穫が減る置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  174. 1962年興部町国道238号と239号の興部市街の舗装が終わる広報おこっぺ2018年8月号「おこっぺ130年の歴史」
  175. 1962年3月3日美幌町町内の電話が自動になり、火事の通報が119番になる美幌・津別広域事務組合「美幌消防100年 年表」
  176. 1962年5月14日雄武町上雄武で山火事が起きる雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  177. 1962年6月21日網走市中央小学校が火事になり、9教室が焼ける網走市統計書 令和元年版(年表)
  178. 1963年訓子府町タマネギのブームが起こる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  179. 1963年清里町簡易上水道が完成し、国営の土地改良工事が始まる2024年版清里町統計書 付録
  180. 1963年紋別市第1回の紋別流氷まつりが開かれる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  181. 1963年遠軽町旧丸瀬布町の北見鉱山が閉山する遠軽町「旧丸瀬布町の沿革」
  182. 1963年置戸町農業構造改善事業の指定を受け、機械化で半農半林の農家の多くが離農する置戸町郷土資料館 展示案内
  183. 1963年置戸町置戸駅の土場で大火が起きる置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  184. 1963年置戸町国道242号が使えるようになる置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  185. 1963年興部町北興地区で国営パイロット事業が始まる広報おこっぺ2018年8月号「おこっぺ130年の歴史」
  186. 1963年5月8日雄武町山火事が興和・拓成・曙・開生に広がり、200町歩が焼ける雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  187. 1963年5月12日雄武町沢木で山火事が起きる雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  188. 1964年北見市旧留辺蘂町で上水道の給水が始まり、『留辺蘂町史』が出る北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  189. 1964年大空町旧東藻琴村の発展を支えた軌道による輸送が終わる広報おおぞら 2017年11月号(大空町開拓ものがたり)
  190. 1964年津別町津別中学校が火事で焼ける第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  191. 1964年遠軽町旧白滝村の流紋岩球顆が北海道の天然記念物に指定される遠軽町「旧白滝村の沿革」
  192. 1964年置戸町置戸高校の全日制が開校し、校舎が完成する置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  193. 1964年興部町乳牛の数が3,000頭を超え、記念の式典を開く広報おこっぺ2018年8月号「おこっぺ130年の歴史」
  194. 1964年6月1日斜里町知床国立公園が指定された環境省「知床国立公園 概要・計画書」
  195. 1964年10月10日網走市市役所の新しい庁舎が完成する網走市統計書 令和元年版(年表)
  196. 1965年北見市東大の発掘資料を公開する常呂町郷土資料館が開設された東京大学常呂実習施設「沿革」東京大学常呂実習施設「沿革」
  197. 1965年清里町清里町駅の駅舎や農業機械センターなどが建つ2024年版清里町統計書 付録
  198. 1965年清里町裏摩周林道ができ、清里と中標津を結ぶ開発道路が開通する2024年版清里町統計書 付録
  199. 1965年佐呂間町「サロマ式」と呼ばれるホタテ養殖の技術が確立する佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  200. 1965年西興部村このころから畑作から酪農中心の農業への大きな転換が進む西興部村過疎地域持続的発展市町村計画
  201. 1965年湧別町旧上湧別のチューリップ球根の輸出が22万球になるかみゆうべつチューリップ公園「公園の歴史」(湧別町)
  202. 1965年湧別町「湧別町史」が発行される湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  203. 1965年興部町沙留地区の簡易水道ができ、沙留市街に水が届く広報おこっぺ2018年8月号「おこっぺ130年の歴史」
  204. 1965年4月紋別市北海道大学低温科学研究所の流氷研究施設が開設される紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  205. 1966年斜里町岩尾別開拓地に残る最後の24戸が集団で移転した斜里町立知床博物館「知床国立公園の歴史に関する参考資料」
  206. 1966年北見市北見工業大学が設置される北見市「北見市教育のあゆみ(旧北見市)」
  207. 1966年網走市つくしヶ丘住宅団地の造成が始まる網走市 都市計画の変遷
  208. 1966年網走市網走港に水深7.5メートルの岸壁ができ、大型船が着けられるようになる北海道開発局『70年史』港湾事業
  209. 1966年西興部村亜麻の栽培が終わる文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  210. 1966年置戸町三井の工場が閉鎖される置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  211. 1966年湧別町オランダの球根の値下げで輸出が難しくなり、チューリップ栽培が衰えるかみゆうべつチューリップ公園「公園の歴史」(湧別町)
  212. 1966年湧別町サロマ湖灯台ができる湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  213. 1966年2月18日網走市第1回オホーツク流氷まつりが開かれる網走市統計書 令和元年版(年表)
  214. 1966年4月8日紋別市米国オレゴン州ニューポート市と姉妹都市になる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  215. 1966年6月1日網走市モヨロ貝塚館が開館する網走市統計書 令和元年版(年表)
  216. 1966年7月21日紋別市紋別空港が完成する紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  217. 1966年8月11日紋別市紋別と丘珠を結ぶ5人乗りのセスナ機が飛び始める紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  218. 1967年北見市とん田公園内に市立図書館が移り、隣に郷土博物館ができる北見市「北見市教育のあゆみ(旧北見市)」
  219. 1967年北見市東京大学が助手を置き、旧常呂町に常呂研究室を開く東京大学常呂実習施設「沿革」
  220. 1967年大空町旧東藻琴村で村民憲章、村民のうた、村の花などが定められる広報おおぞら 2017年11月号(大空町開拓ものがたり)
  221. 1967年美幌町開基80年の記念に町民憲章と町旗を定める美幌町「美幌町100年のあゆみ」
  222. 1967年小清水町小清水の市街地で簡易水道が使えるようになる小清水町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  223. 1967年佐呂間町乳牛が5,000頭に達し、記念の祭りが開かれる佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  224. 1967年佐呂間町町有林の造林が500haに達する佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  225. 1967年4月紋別市図書館と博物館が開設される紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  226. 1967年6月22日斜里町朱円竪穴住居跡群(朱円千穴)が北海道の史跡に指定された斜里町立知床博物館「朱円竪穴住居跡群」
  227. 1967年6月22日斜里町朱円の竪穴住居跡は700基以上あるといわれる斜里町立知床博物館「朱円竪穴住居跡群」
  228. 1968年清里町町旗と町民憲章を定め、開基70年・開町25周年の式典を行う2024年版清里町統計書 付録
  229. 1968年小清水町開町50周年を記念して町民憲章を定める小清水町議会の概要(令和3年度版)沿革
  230. 1968年4月1日小清水町町内の中学校を統合して小清水中学校を新しく設ける小清水町立小清水中学校「学校沿革」
  231. 1968年6月18日湧別町旧上湧別町の町章が定められる湧別町新町まちづくりビジョン(新町基本計画)
  232. 1968年6月25日雄武町下川町の国有林から出た火が5日間燃え広がり、雄武の道有林に及ぶ雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  233. 1968年9月20日小清水町エゾスカシユリを町の花に定める小清水町「小清水町の概要」
  234. 1968年11月興部町町のシンボルとなる町旗が定められる広報おこっぺ2018年9月号「おこっぺ130年の歴史」
  235. 1969年北見市屯田兵の制式銃ピーボディ・マルチニー銃が青葉町の地中から見つかる北見市「北見市指定文化財」
  236. 1969年北見市屯田兵屋と屯田兵人形が市の指定文化財になる北見市「北見市教育のあゆみ(旧北見市)」
  237. 1969年北見市旧留辺蘂町の農薬工場、北興化学工業が町外へ移る北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  238. 1969年網走市能取漁港を築く工事が始まる網走市 都市計画の変遷
  239. 1969年津別町開基85年・開町50年の記念式典を開く第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  240. 1969年興部町興部電報電話局が開かれ、家庭に電話が広がる広報おこっぺ2018年9月号「おこっぺ130年の歴史」
  241. 1969年10月11日津別町町民憲章を定める津別町「津別町について」
  242. 1970年斜里町しれとこ資料館と町立図書館が開いた斜里町「町のあゆみ」斜里町「町のあゆみ」年表
  243. 1970年北見市旧端野の人口が5,955人に減る北見市「端野町歴史年表」
  244. 1970年北見市旧留辺蘂町のイトムカ鉱業所が事業を縮小する北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  245. 1970年大空町今の大空町の地域で過疎対策の事業が始まる大空町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8年度~12年度)
  246. 1970年大空町旧女満別町で町民の誓い、町民の歌、町の花などが定められる広報おおぞら 2017年11月号(大空町開拓ものがたり)
  247. 1970年訓子府町北見市の公設地方卸売市場にメロンを初めて出荷する訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  248. 1970年斜里町国鉄根北線が廃止される斜里町「町のあゆみ」年表
  249. 1970年清里町斜里郡3町の終末処理場ができ、統合した清里中学校の校舎が建つ2024年版清里町統計書 付録
  250. 1970年滝上町紋別と帯広を結ぶ道路が国道273号に昇格する町のあゆみ(滝上町)
  251. 1970年湧別町湧別川の上湧別右岸の堤防が完成する湧別川水系河川整備計画 参考資料(網走開発建設部)
  252. 1970年遠軽町旧生田原町が過疎団体に指定される遠軽町「旧生田原町の沿革」
  253. 1970年遠軽町旧白滝村に白滝郷土館が完成する遠軽町「旧白滝村の沿革」
  254. 1970年興部町山村振興の指定を受ける興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  255. 1970年置戸町図書館の一角に郷土資料室ができ、郷土資料の収集が始まる置戸町郷土資料館
  256. 1970年置戸町過疎対策の法律による指定町になる置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  257. 1970年湧別町上湧別町観光協会が設立される湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  258. 1970年4月滝上町過疎地域の指定を受ける町のあゆみ(滝上町)
  259. 1970年7月網走市網走市の計画で初めて北方民族資料館の構想が出された北海道立北方民族博物館「沿革」北海道立北方民族博物館 沿革
  260. 1970年7月13日オホーツク全体遠紋地区広域市町村圏が指定される西興部村過疎地域持続的発展市町村計画
  261. 1970年10月1日北見市国勢調査で旧北見市の人口が82,727人となる北見市統計書 平成26年版「人口の推移」
  262. 1970年11月小清水町小清水・斜里・清里の3町でし尿の終末処理事業組合をつくる小清水町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  263. 1971年北見市旧武華駅逓の建物を使った留辺蘂町開拓資料館が開館する北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  264. 1971年津別町昭和46年から10年間の町で初めての総合計画を始める津別町第6次総合計画
  265. 1971年津別町美幌町と消防の事務組合をつくる第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  266. 1971年津別町新訂の津別町史を出す第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  267. 1971年清里町清里町が過疎地域振興計画をつくる2024年版清里町統計書 付録
  268. 1971年興部町過疎振興地域の指定を受ける興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  269. 1971年紋別市過疎の市に指定される(1980年3月まで)紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  270. 1971年興部町初めての興部町総合計画を立てる興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  271. 1971年佐呂間町遠軽地区の7か町村で遠軽地区広域組合をつくり、消防と救急を共同で行う佐呂間町過疎地域持続的発展市町村計画
  272. 1971年佐呂間町乳業の工場を町に誘致する佐呂間町過疎地域持続的発展市町村計画
  273. 1971年湧別町登栄床のサロマ湖畔に大町桂月の歌碑が建つ湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  274. 1971年4月小清水町町の中学校が1校に統合される小清水町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  275. 1971年5月31日北見市復元したピアソン夫妻の旧宅がピアソン記念館として開館する北見市「ピアソン記念館」
  276. 1971年10月興部町沙留の港に港の灯台がともる広報おこっぺ2018年9月号「おこっぺ130年の歴史」
  277. 1971年10月11日美幌町津別町と消防の事務組合をつくる美幌・津別広域事務組合「概要・沿革」
  278. 1971年12月網走市網走市が知事に道立北方民族資料館の設置を要望した北海道立北方民族博物館「沿革」北海道立北方民族博物館 沿革
  279. 1972年北見市旧端野町の端野中学校が新築され、町内の中学校が1校になる北見市「端野町歴史年表」
  280. 1972年6月14日大空町旧女満別町の湿生植物群落が国の天然記念物に指定される広報おおぞら 2017年11月号(大空町開拓ものがたり)文化遺産オンライン「女満別湿生植物群落」
  281. 1972年訓子府町大谷の増田遺跡を発掘し、多くの石器が出る訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  282. 1972年佐呂間町森永乳業の佐呂間工場が完成し、操業を始める佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  283. 1972年遠軽町ブラジルのバストス市と姉妹都市の提携を結ぶ遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  284. 1972年置戸町図書館の住民1人あたりの数字が全国で1位になる置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  285. 1972年湧別町中湧別東1条通りで町内初の舗装工事が終わる湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  286. 1972年5月滝上町郷土資料館が開館する町のあゆみ(滝上町)
  287. 1972年5月25日雄武町幸町の駅前商店付近で明け方に火が出て、大火になる雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  288. 1972年8月11日網走市網走市の美術館が開館する網走市統計書 令和元年版(年表)
  289. 1973年北見市東京大学文学部附属北海文化研究常呂実習施設が正式に設置された東京大学常呂実習施設「沿革」東京大学常呂実習施設「沿革」
  290. 1973年斜里町津軽藩士殉難慰霊碑が建てられた斜里町「町のあゆみ」
  291. 1973年訓子府町「くんねっぷメロン」の人気が高まり、町の特産品になる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  292. 1973年清里町役場の庁舎が新しく建ち、第1次総合計画がつくられる清里町「清里町の歴史」あゆみ
  293. 1973年佐呂間町若佐と佐呂間の両農協が合併する佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  294. 1973年オホーツク全体紋別市・興部町・雄武町・滝上町・西興部村で紋別地区消防組合ができる西興部村過疎地域持続的発展市町村計画
  295. 1973年遠軽町旧丸瀬布町の丸瀬布高校が閉校する遠軽町「旧丸瀬布町の沿革」
  296. 1973年3月小清水町小清水・斜里・清里の3町で消防の一部事務組合をつくる小清水町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  297. 1973年4月滝上町紋別地区消防組合が発足し、消防署滝上支署になる町のあゆみ(滝上町)
  298. 1973年5月24日紋別市鴻之舞鉱山が閉山する紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  299. 1973年6月美幌町下水道の事業に取りかかる美幌町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  300. 1974年斜里町斜里・羅臼の両町が「知床憲章」を定めた斜里町立知床博物館「知床国立公園の歴史に関する参考資料」
  301. 1974年3月12日北見市旧常呂町の常呂遺跡が国の史跡に指定される北見市「国指定史跡「常呂遺跡」」文化遺産オンライン「常呂遺跡」(国指定文化財等データベース)
  302. 1974年北見市旧留辺蘂町に北海道リズム時計が進出する北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  303. 1974年オホーツク全体国道238号の一次改築が終わる北海道開発局 道路事業の再評価資料(遠軽雄武線)
  304. 1974年置戸町郷土史研究会が町内に史跡の位置を示す石碑を建て始める置戸町の史跡標柱(置戸町郷土資料館)
  305. 1974年置戸町戦後開拓の農協が役目を終える置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  306. 1974年湧別町シブノツナイ沼が北海道自然保護条例の保護地区に指定される湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  307. 1974年湧別町サロマ湖に流氷が流れ込む湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  308. 1974年1月滝上町乳牛が2,000頭に達し、記念の祝典が開かれる町のあゆみ(滝上町)
  309. 1974年8月興部町地下1階・地上3階の役場庁舎ができる広報おこっぺ2018年9月号「おこっぺ130年の歴史」
  310. 1974年10月滝上町滝上渓谷が自然休養林に指定される町のあゆみ(滝上町)
  311. 1974年11月興部町興部橋の架け替えが完成する広報おこっぺ2018年9月号「おこっぺ130年の歴史」
  312. 1975年訓子府町台風6号の大雨で町の全域が被害を受ける訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  313. 1975年西興部村村の電話がダイヤル式に切り替わる文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  314. 1975年雄武町西紋の5市町村で西紋別地区環境衛生施設組合をつくり、し尿を処理する雄武町過疎地域持続的発展市町村計画
  315. 1975年雄武町事業所の閉鎖や若い人の流出で、人口が7,407人に減る雄武町過疎地域持続的発展市町村計画
  316. 1975年遠軽町旧生田原町が開町50周年を祝い、町民憲章を定める遠軽町「旧生田原町の沿革」
  317. 1975年遠軽町道道遠軽上川線が国道333号に昇格する遠軽町「旧白滝村の沿革」
  318. 1975年遠軽町旧白滝村がホロカ遺跡の包蔵地を村の文化財に指定する遠軽町「旧白滝村の沿革」
  319. 1975年置戸町53年ぶりの大水害が起きる置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  320. 1975年佐呂間町人口が1万人を割り込む佐呂間町過疎地域持続的発展市町村計画
  321. 1975年湧別町今のチューリップ公園の場所で、老人農園としてチューリップを植え始めるかみゆうべつチューリップ公園「公園の歴史」(湧別町)
  322. 1975年2月小清水町町の学校給食が始まる小清水町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  323. 1975年3月興部町入学者の見込みが立たず、豊畑小学校が廃校になる広報おこっぺ2018年9月号「おこっぺ130年の歴史」
  324. 1975年4月22日紋別市紋別港が道内10港目の重要港湾になる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  325. 1975年5月18日斜里町道東地方の集中豪雨で町内に大きな被害が出る斜里町「町のあゆみ」年表
  326. 1975年6月8日佐呂間町湧網線で蒸気機関車が最後の運行をする国鉄湧網線の年表(佐呂間町)
  327. 1975年11月滝上町国営総合農地開発事業が始まる町のあゆみ(滝上町)
  328. 1976年北見市旧端野町の5つの小学校が統合され、端野小学校が新築される北見市「端野町歴史年表」
  329. 1976年美幌町特別養護老人ホーム緑の苑と網走川河畔公園ができる美幌町「美幌町100年のあゆみ」
  330. 1976年津別町町の近くで局地的な直下型の地震が起きる第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  331. 1976年興部町興部市街で公共下水道の工事が始まり、1989年から使われる興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  332. 1976年遠軽町森林鉄道の蒸気機関車「雨宮21号」が旧丸瀬布町に引き渡される遠軽町「旧丸瀬布町の沿革」
  333. 1976年置戸町全国初の山村事業で、酪農家に牛乳の冷却装置がつく置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  334. 1976年3月10日湧別町旧湧別町の郷土館が開館する湧別町ふるさと館JRY「郷土館 館内案内」
  335. 1976年8月17日湧別町旧上湧別町が町花をチューリップ、町木をオンコと定める湧別町新町まちづくりビジョン(新町基本計画)
  336. 1976年10月オホーツク全体西紋地区環境衛生センターができ、1市4町村のし尿処理が始まる広報おこっぺ2018年9月号「おこっぺ130年の歴史」
  337. 1976年10月17日北見市旧端野町緋牛内の鎖塚に六地蔵と供養碑が建てられる北見市「端野町歴史民俗資料館:中央道路と鎖塚」
  338. 1976年11月8日斜里町旧斜里神社拝殿が斜里町の文化財に指定された斜里町立知床博物館「旧斜里神社拝殿」
  339. 1977年斜里町知床の国立公園内で100平方メートル運動が始まった斜里町「町のあゆみ」斜里町「町のあゆみ」年表
  340. 1977年北見市北海学園北見大学商学部が開学する北見市「北見市教育のあゆみ(旧北見市)」
  341. 1977年清里町裏摩周地区が阿寒国立公園に入る2024年版清里町統計書 付録
  342. 1977年西興部村農協が酪農家に牛乳の冷却装置を入れ、集乳がタンクローリーに変わる文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  343. 1977年遠軽町開基80周年の記念式典を開き、遠軽町史を発行する遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  344. 1977年遠軽町遠軽町郷土館が開設される遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  345. 1977年遠軽町旧丸瀬布町で瀬戸瀬水力発電所のための武利ダムが着工する遠軽町「旧丸瀬布町の沿革」
  346. 1977年遠軽町旧白滝村に北大雪スキー場が開業する遠軽町「旧白滝村の沿革」
  347. 1977年7月1日網走市公共下水道の使用が始まる網走市統計書 令和元年版(年表)
  348. 1978年斜里町斜里町100年の記念事業として知床博物館が建てられた斜里町「町のあゆみ」斜里町「町のあゆみ」年表
  349. 1978年北見市旧留辺蘂町に山の水族館・郷土館ができる北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  350. 1978年津別町町内で農業構造改善事業が始まる第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  351. 1978年訓子府町西訓子府乗降場の踏切でダンプカーが満員の列車にぶつかる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  352. 1978年佐呂間町サロマ湖の第2湖口が完成する佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  353. 1978年遠軽町旧丸瀬布町に郷土資料館・林鉄博物館・鉱山博物館が建つ遠軽町「旧丸瀬布町の沿革」
  354. 1978年興部町新興部町総合計画を立てる興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  355. 1978年置戸町山神太鼓や置戸小唄踊りなどの郷土芸能が生まれる置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  356. 1978年湧別町旧湧別町の役場の新しい庁舎ができる湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  357. 1978年4月15日網走市網走港が重要港湾に指定される北海道開発局 港湾計画課「網走港」沿革
  358. 1978年4月23日紋別市道都大学が開学する紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  359. 1978年11月興部町開基90年の記念式典を開き、興部公園に記念塔を建てる広報おこっぺ2018年9月号「おこっぺ130年の歴史」
  360. 1979年津別町国鉄相生線が貨物の取り扱いをやめる第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  361. 1979年清里町じゃがいも焼酎「きよさと」が売り出される2024年版清里町統計書 付録
  362. 1979年西興部村上藻で最後のハッカの作付けと蒸留が行われ、村のハッカ栽培が終わる文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  363. 1979年4月北見市北見市の人口が10万人を超える北見市「北見市の生い立ち」
  364. 1979年4月滝上町特別豪雪地帯に指定される町のあゆみ(滝上町)
  365. 1979年7月北見市旧端野町で緋牛内鎖塚保存会が発足する北見市「端野町歴史民俗資料館:中央道路と鎖塚」
  366. 1979年7月6日網走市天都山展望台ができる網走市統計書 令和元年版(年表)
  367. 1979年10月19日雄武町台風20号で雄武市街のオコツナイ川と幌内川があふれる雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  368. 1980年斜里町遠音別岳原生自然環境保全地域が指定された斜里町立知床博物館「知床国立公園の歴史に関する参考資料」
  369. 1980年美幌町第1回びほろ観光牛肉まつりを開く美幌町「美幌町100年のあゆみ」
  370. 1980年津別町津別町林業研修会館ができる第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  371. 1980年訓子府町日出の遺跡を発掘し、旧石器時代の遺物が出る訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  372. 1980年訓子府町国鉄池北線を守るための協議会をつくる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  373. 1980年斜里町国道334号の知床横断道路が開通する斜里町「町のあゆみ」年表
  374. 1980年斜里町斜里岳が道立自然公園に指定される斜里町「町のあゆみ」年表
  375. 1980年清里町清里町側でも斜里岳が道立自然公園に指定される清里町「清里町の歴史」あゆみ
  376. 1980年佐呂間町アメリカ・アラスカ州のパーマ市と姉妹都市になる佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  377. 1980年興部町広域簡易水道が整備される興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  378. 1980年紋別市紋別港が関税法の開港に指定される紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  379. 1980年雄武町過疎地域振興特別措置法による地域の指定を受ける雄武町過疎地域持続的発展市町村計画
  380. 1980年遠軽町北海道電力の瀬戸瀬水力発電所が運用を始める遠軽町「旧丸瀬布町の沿革」
  381. 1980年湧別町第1回屯田ふるさとまつりが開かれる湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  382. 1980年4月1日網走市網走港が国際貿易港に指定される網走市統計書 令和元年版(年表)
  383. 1980年7月7日網走市能取漁港が開港する網走市統計書 令和元年版(年表)
  384. 1980年10月1日網走市国勢調査で網走市の人口が44,777人となり、国勢調査で最も多くなる網走市統計書 令和元年版(人口の推移)
  385. 1980年11月興部町沙留公民館が新しく建つ広報おこっぺ2018年9月号「おこっぺ130年の歴史」
  386. 1981年北見市旧留辺蘂町がイトムカ選鉱所を産業史跡として残すと決める北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  387. 1981年遠軽町生田原町史が刊行され、第1回の産業まつりが開かれる遠軽町「旧生田原町の沿革」
  388. 1981年遠軽町旧丸瀬布町のいこいの森に森林鉄道が完成する遠軽町「旧丸瀬布町の沿革」
  389. 1981年遠軽町旧白滝村が集中豪雨の被害を受ける遠軽町「旧白滝村の沿革」
  390. 1981年興部町浴場の廃業を受けて町営の公衆浴場を建てる興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  391. 1981年4月滝上町国鉄渚滑線の廃止に反対する町民の総決起大会が開かれる町のあゆみ(滝上町)
  392. 1981年8月湧別町湧別川が増水し、河口の右岸で川の水があふれる湧別川水系河川整備計画 参考資料(網走開発建設部)
  393. 1981年8月6日斜里町台風12号で町がかつてない大きな被害を受ける斜里町「町のあゆみ」年表
  394. 1982年斜里町国設知床鳥獣保護区が指定された斜里町立知床博物館「知床国立公園の歴史に関する参考資料」
  395. 1982年北見市旧常呂町でオホーツクサイクリングが始まる北見市「北見市教育のあゆみ(旧常呂町)」
  396. 1982年津別町林業の発展を願い、全国に先がけて「愛林のまち」を宣言する津別町「津別町について」
  397. 1982年興部町興部と沙留の火葬場を一つにまとめる興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  398. 1982年遠軽町遠軽に先史資料館が完成する遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  399. 1982年湧別町旧湧別町が開基100年の記念式典を開き、町民憲章を定める湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  400. 1982年湧別町「湧別町百年史」が刊行される湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  401. 1982年湧別町開基100年に合わせ、郷土館の展示が改められる湧別町ふるさと館JRY「郷土館 館内案内」
  402. 1982年4月1日湧別町旧湧別町が町花をエゾムラサキツツジ、町木をオンコと定める湧別町新町まちづくりビジョン(新町基本計画)
  403. 1982年7月1日斜里町津軽藩士死没者の過去帳が斜里町の文化財に指定された斜里町立知床博物館「津軽藩士死没者の過去帳」斜里町立知床博物館「津軽藩士死没者の供養碑」
  404. 1982年9月25日紋別市流氷都市を宣言する紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  405. 1982年11月22日佐呂間町湧網線が国鉄の第二次廃止対象路線に選ばれる国鉄湧網線の年表(佐呂間町)
  406. 1983年斜里町青森県弘前市と友好都市盟約を結び、第1回しれとこ斜里ねぷたを運行斜里町「町のあゆみ」
  407. 1983年北見市北見ハッカ工場が半世紀の操業を終えて閉鎖される北見市「北見ハッカ記念館・薄荷蒸溜館」
  408. 1983年北見市旧端野町に歴史民俗資料館が開館する北見市「端野町歴史年表」
  409. 1983年津別町特別養護老人ホームが開く第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  410. 1983年置戸町鹿ノ子ダムが完成する置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  411. 1983年興部町興部木材加工協同組合の割り箸工場が完成する広報おこっぺ2018年10月号「おこっぺ130年の歴史」
  412. 1983年7月6日網走市博物館網走監獄が開館する網走市統計書 令和元年版(年表)
  413. 1984年北見市北網圏北見文化センターが開館し、郷土博物館が統合移転する北見市「北見市教育のあゆみ(旧北見市)」
  414. 1984年北見市旧端野町の緋牛内駅が無人駅になる北見市「端野町歴史年表」
  415. 1984年北見市旧留辺蘂町が『新留辺蘂町史』を出す北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  416. 1984年津別町開基百年記念式典を開く第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  417. 1984年津別町つべつ冬まつりが始まる第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  418. 1984年興部町集落を再編し、8つの集落にまとめる興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  419. 1984年5月滝上町浮島トンネルが開通する町のあゆみ(滝上町)
  420. 1984年11月興部町町の図書館ができる広報おこっぺ2018年10月号「おこっぺ130年の歴史」
  421. 1984年11月8日網走市釧網線の線路が高架になる網走市統計書 令和元年版(年表)
  422. 1985年北見市旧留辺蘂町で水銀を含む廃棄物を再資源化する実証プラントが完成する北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  423. 1985年大空町新しい女満別空港のビルが完成し、開港する広報おおぞら 2017年11月号(大空町開拓ものがたり)
  424. 1985年美幌町国勢調査の人口がこの年に最も多くなり、以後は減る美幌町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  425. 1985年津別町国鉄相生線が廃止される第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  426. 1985年津別町相生線の代わりに町営バスを走らせる第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  427. 1985年津別町旧津別駅と旧活汲駅の構内の土地を宅地として売り出す第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  428. 1985年小清水町小清水町の人口が7千人台まで減る小清水町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  429. 1985年佐呂間町第5回全国豊かな海づくり大会が開かれる佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  430. 1985年興部町国鉄興浜南線が第1次廃止対象路線として廃止される興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  431. 1985年紋別市旧ソ連の200海里規制が強まり、ツブとズワイカゴの船が減る紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  432. 1985年遠軽町瞰望岩と北海道家庭学校の森が北海道自然100選に選ばれる遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  433. 1985年湧別町チューリップの作付けを広げ、名前を「チューリップ園」に改めるかみゆうべつチューリップ公園「公園の歴史」(湧別町)
  434. 1985年湧別町登栄床漁港で全国豊かな海づくり大会が開かれる湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  435. 1985年雄武町北海道開拓記念館が雄武竪穴群遺跡の第1次発掘調査を行う全国遺跡報告総覧(奈良文化財研究所)
  436. 1985年3月滝上町国鉄渚滑線が廃止される町のあゆみ(滝上町)
  437. 1985年3月31日紋別市国鉄渚滑線が廃止される紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  438. 1985年4月14日網走市オホーツク流氷館が開館する網走市統計書 令和元年版(年表)
  439. 1985年5月17日雄武町上沢木で民家から燃え移り、民有林が焼ける雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  440. 1986年北見市旧工場の事務所を復元した北見ハッカ記念館が開館する北見市「北見市教育のあゆみ(旧北見市)」
  441. 1986年北見市北見市が高知市と姉妹都市になる北見市「北見市教育のあゆみ(旧北見市)」
  442. 1986年北見市旧端野町に愛し野駅が開業する北見市「端野町歴史年表」
  443. 1986年北見市サロマ湖100kmウルトラマラソン大会が開かれる(旧常呂町)北見市「北見市教育のあゆみ(旧常呂町)」
  444. 1986年清里町特別養護老人ホームと焼酎をつくる農作物処理加工施設ができる2024年版清里町統計書 付録
  445. 1986年湧別町湧別川の上湧別の堤防のかさ上げが始まる(1990年まで)湧別川水系河川整備計画 参考資料(網走開発建設部)
  446. 1986年遠軽町第1回湧別原野オホーツク100kmクロスカントリースキー大会が開かれる遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  447. 1986年遠軽町旧丸瀬布町で金山遺跡の発掘調査が始まる遠軽町「旧丸瀬布町の沿革」
  448. 1986年湧別町第1回湧別原野オホーツク100kmクロスカントリースキー大会が開かれる湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  449. 1986年2月9日網走市カナダのポートアルバーニ市と姉妹都市になる網走市統計書 令和元年版(年表)
  450. 1986年2月17日佐呂間町協議会で湧網線をバスに切り替えることが決まる国鉄湧網線の年表(佐呂間町)
  451. 1986年3月滝上町北雄営林署が滝上営林署に統合される町のあゆみ(滝上町)
  452. 1986年5月滝上町濁川の市街地で大きな火事が起きる町のあゆみ(滝上町)
  453. 1987年北見市栄浦第一遺跡を含む地区が常呂遺跡の史跡に加えられる北見市「国指定史跡「常呂遺跡」」
  454. 1987年美幌町開基100周年の年に美幌博物館と農業館が開く美幌町「美幌町100年のあゆみ」
  455. 1987年遠軽町旧生田原町で第1回の木のおもちゃ王国が開かれる遠軽町「旧生田原町の沿革」
  456. 1987年雄武町一般道道雄武西興部線が開発道路に指定される北海道開発局 道路事業の再評価資料(遠軽雄武線)
  457. 1987年置戸町人間ばん馬がサントリー地域文化賞を受ける置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  458. 1987年湧別町チューリップ園に風車型の管理棟ができ、第1回チューリップフェアが開かれるかみゆうべつチューリップ公園「公園の歴史」(湧別町)
  459. 1987年湧別町国鉄湧網線が廃止され、代わりのバスが走り始める湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  460. 1987年2月1日紋別市流氷砕氷船ガリンコ号が就航する紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  461. 1987年3月19日網走市湧網線が廃止される網走市統計書 令和元年版(年表)
  462. 1987年3月19日佐呂間町国鉄湧網線が廃止され、翌日から代わりのバスが走る国鉄湧網線の年表(佐呂間町)
  463. 1987年4月興部町町内の小学校すべてで食堂で食べる学校給食が始まる広報おこっぺ2018年10月号「おこっぺ130年の歴史」
  464. 1987年5月滝上町芝ざくらまつり「フロックスシンデレラ」が始まる町のあゆみ(滝上町)
  465. 1987年7月1日斜里町津軽藩士シャリ陣屋跡が斜里町の史跡に指定された斜里町立知床博物館「津軽藩士シャリ陣屋跡」斜里町立知床博物館「シャリ運上屋(会所)跡」
  466. 1988年北見市環境庁の巨樹調査で旧端野町緋牛内の大カシワが全国一と分かる北見市「北見市指定文化財」
  467. 1988年北見市旧常呂町に全国初の屋内カーリング場が完成する北見市「北見市教育のあゆみ(旧常呂町)」
  468. 1988年北見市旧常呂町が高知県佐川町と姉妹町になる北見市「北見市教育のあゆみ(旧常呂町)」
  469. 1988年佐呂間町国道333号のサロマトンネルが開通する佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  470. 1988年置戸町森林工芸館が開館する置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  471. 1988年1月網走市卯原内鉄道記念館が開館する網走市統計書 令和元年版(年表)
  472. 1988年4月1日湧別町チューリップ園が町立の「チューリップ公園」に指定されるかみゆうべつチューリップ公園「公園の歴史」(湧別町)
  473. 1988年10月1日興部町開基百年の記念式典を開き、沙留に開拓発祥の碑を建てる広報おこっぺ2018年10月号「おこっぺ130年の歴史」
  474. 1988年10月30日斜里町低気圧の暴風・波浪・高潮で水産を中心に大きな被害が出る斜里町「町のあゆみ」年表
  475. 1988年10月30日雄武町暴風と大雨で道路・川・漁業に被害が出る雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  476. 1989年訓子府町池北線を引き継いだふるさと銀河線が走り始める訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  477. 1989年網走市網走港の取扱貨物量が100万トンに達する北海道開発局『70年史』港湾事業
  478. 1989年興部町名寄本線が第2次廃止対象路線として廃止される興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  479. 1989年遠軽町JR名寄線が廃止され、代わりのバスが走り始める遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  480. 1989年遠軽町旭川・紋別自動車道の工事が旧白滝村で始まる遠軽町「旧白滝村の沿革」
  481. 1989年置戸町ふるさと銀河線が走り始める置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  482. 1989年湧別町JR名寄線が廃止され、代わりのバスが走り始める湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策

平成と令和372行

  1. 1989年1月9日遠軽町白滝遺跡が国の文化財に指定される遠軽町「旧白滝村の沿革」文化遺産オンライン「白滝遺跡群」
  2. 1989年4月10日網走市東京農業大学生物産業学部が開学する網走市統計書 令和元年版(年表)
  3. 1989年4月30日紋別市JR名寄本線が廃止される紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  4. 1989年5月1日興部町名寄本線の廃止に代わるバスが走り始める広報おこっぺ2018年10月号「おこっぺ130年の歴史」
  5. 1989年6月湧別町旧湧網線の計呂地駅を残した計呂地交通公園が開かれる湧別町「計呂地交通公園」(施設案内)
  6. 1989年9月網走市はまなす国体の漕艇競技が網走で開かれる網走市統計書 令和元年版(年表)
  7. 1989年9月3日訓子府町温泉の掘削で地下深くの湯脈を掘り当てる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  8. 1989年10月1日興部町米田御殿が興部町歴史遺産の第1号に指定される米田御殿(興部町)
  9. 1989年11月1日佐呂間町湧網線の跡に佐呂間町交通公園ができる国鉄湧網線の年表(佐呂間町)
  10. 1989年11月22日西興部村ケーブルテレビが開局する文化財に見る西興部の歩み(西興部村)
  11. 1990年斜里町知床森林生態系保護地域が指定された斜里町立知床博物館「知床国立公園の歴史に関する参考資料」斜里町「町のあゆみ」年表
  12. 1990年北見市岐阜台地西部竪穴住居群が常呂遺跡の史跡に加えられる北見市「国指定史跡「常呂遺跡」」
  13. 1990年網走市網走市の生産年齢人口が3.1万人で最も多くなり、その後減っていく網走市人口ビジョン
  14. 1990年湧別町オホーツク国際漫画大賞が創設される湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  15. 1990年湧別町サロマ湖漁港の工事が始まる湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  16. 1990年4月10日興部町デイサービスセンターを備えた老人福祉センターができる広報おこっぺ2018年10月号「おこっぺ130年の歴史」
  17. 1990年5月滝上町旧北見滝ノ上駅の駅舎が記念館として開かれる町のあゆみ(滝上町)
  18. 1990年6月26日興部町カナダのステットラー町と友好姉妹都市の提携を結ぶ広報おこっぺ2018年10月号「おこっぺ130年の歴史」
  19. 1991年北見市旧端野町の端野駅舎が新築される北見市「端野町歴史年表」
  20. 1991年北見市旧常呂町がカナダのバーヘッド町と姉妹町になる北見市「北見市教育のあゆみ(旧常呂町)」
  21. 1991年北見市旧留辺蘂町が開基100年の記念行事を行う北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  22. 1991年大空町旧女満別町が東京都の稲城市と姉妹都市になる広報おおぞら 2017年11月号(大空町開拓ものがたり)
  23. 1991年小清水町小清水地区で農業集落排水による汚水処理が始まる小清水町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  24. 1991年網走市流氷観光砕氷船「おーろら」が就航する北海道開発局 港湾計画課「網走港」沿革
  25. 1991年遠軽町旧生田原町に生田原温泉ホテル・ノースキングが開業する遠軽町「旧生田原町の沿革」
  26. 1991年置戸町熱い温泉が大量にわき出る(今のゆぅゆ)置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  27. 1991年湧別町機雷殉難の塔が建てられる湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  28. 1991年雄武町雄武・魚田地区で公共下水道の工事が始まる雄武町過疎地域持続的発展市町村計画
  29. 1991年1月12日紋別市サハリン州コルサコフ市と姉妹都市になる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  30. 1991年2月紋別市道立オホーツク流氷科学センター(ギザ)が開く紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  31. 1991年2月8日紋別市米国アラスカ州フェアバンクス市と姉妹都市になる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  32. 1991年2月10日網走市北海道立北方民族博物館が網走市に開館した北海道立北方民族博物館「設立趣旨・概要」網走市統計書 令和元年版(年表)
  33. 1991年9月1日網走市市内の3農協が合併し、オホーツク網走農業協同組合ができる網走市統計書 令和元年版(年表)
  34. 1992年美幌町道道北見美幌線の美幌トンネルが開通する美幌町「美幌町100年のあゆみ」
  35. 1992年斜里町台風17号の大雨で市街地が水につかる斜里町「町のあゆみ」年表
  36. 1992年湧別町湧別川の中湧別の堤防の拡幅に着手する(1999年完了)湧別川水系河川整備計画 参考資料(網走開発建設部)
  37. 1992年遠軽町旧白滝村で細石器文化の国際シンポジウムが開かれる遠軽町「旧白滝村の沿革」
  38. 1992年湧別町台風が北海道を直撃し、旧湧別町の各地で被害が出る湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  39. 1992年2月27日北見市鎖塚の区域が旧端野町の文化財に指定される北見市「端野町歴史民俗資料館:中央道路と鎖塚」
  40. 1992年3月興部町地区のバス2路線が廃止され、町が住民スクールバスを走らせる興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  41. 1992年6月1日興部町旧名寄線の興部駅の跡に交通記念の複合施設アニュウが開く広報おこっぺ2018年10月号「おこっぺ130年の歴史」
  42. 1992年9月11日小清水町台風17号の記録的な大雨で、北斗や浜小清水の畑が泥の海になる小清水町地域防災計画 資料編「過去の災害」
  43. 1992年9月12日雄武町台風17号で錦町・栄町などの川があふれる雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  44. 1992年10月1日興部町地域の農業を支えるオホーツク農業科学研究センターが開く広報おこっぺ2018年10月号「おこっぺ130年の歴史」
  45. 1993年北見市旧端野町で国道333号の端野トンネルが開通する北見市「端野町歴史年表」
  46. 1993年北見市旧常呂町に遺跡の館が完成する北見市「北見市教育のあゆみ(旧常呂町)」
  47. 1993年小清水町温泉を使った福祉・保健の施設「ふれあいセンター」ができる小清水町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  48. 1993年網走市網走港新港地区の水深12メートルの岸壁が使われ始める北海道開発局 港湾計画課「網走港」沿革
  49. 1993年佐呂間町東洋ゴム工業の佐呂間テストコースが完成する佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  50. 1993年遠軽町旧生田原町にオホーツク文学館と図書館が完成する遠軽町「旧生田原町の沿革」
  51. 1993年興部町「興部町百年史」が刊行される広報おこっぺ2018年10月号「おこっぺ130年の歴史」
  52. 1993年興部町11年と50億円をかけた沙留漁港の拡張工事が終わる広報おこっぺ2018年10月号「おこっぺ130年の歴史」
  53. 1993年4月湧別町旧国鉄の中湧別駅の跡地に上湧別町文化センターTOMが開館する湧別川水系河川整備計画 参考資料(網走開発建設部)
  54. 1994年北見市常呂遺跡の史跡公園「ところ遺跡の森」が開園した東京大学常呂実習施設「沿革」東京大学常呂実習施設「沿革」
  55. 1994年斜里町北海道東方沖地震で液状化が起き、農業施設や下水道が被害を受ける斜里町「町のあゆみ」年表
  56. 1994年小清水町小清水赤十字病院が移って新しく建てられる小清水町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  57. 1994年佐呂間町開基100年の記念式典が開かれる佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  58. 1994年佐呂間町湧別・佐呂間・常呂を走るサロマ湖100kmウルトラマラソンが始まる佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  59. 1994年遠軽町旧丸瀬布町のふるさと公園が道の駅に指定される遠軽町「旧丸瀬布町の沿革」
  60. 1994年雄武町開発道路の指定が主要道道遠軽雄武線に変わる北海道開発局 道路事業の再評価資料(遠軽雄武線)
  61. 1994年置戸町勝山温泉ゆぅゆが公社の運営で営業を始める置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  62. 1994年湧別町サロマ湖100キロウルトラマラソンの世界大会が開かれる湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  63. 1994年9月16日網走市オホーツク北網地方拠点都市地域に指定される網走市統計書 令和元年版(年表)
  64. 1994年11月1日紋別市国道238号の紋別バイパスが開通する紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  65. 1995年北見市旧留辺蘂町で道の駅おんねゆ温泉が指定される北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  66. 1995年網走市親水防波堤「ぽぽ260」ができる北海道開発局 港湾計画課「網走港」沿革
  67. 1995年置戸町置戸市街で下水道が使えるようになる置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  68. 1996年北見市旧端野町が宮城県丸森町と姉妹都市になる北見市「端野町歴史年表」
  69. 1996年網走市道立オホーツク公園が開園する網走市 都市計画の変遷
  70. 1996年大空町旧東藻琴村の乳酪館の施設が完成する広報おおぞら 2017年11月号(大空町開拓ものがたり)
  71. 1996年訓子府町町の教育委員会が北光社の移民団が乗った高洋丸の図面を見つける訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  72. 1996年訓子府町開基100年の記念式典を開く訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  73. 1996年清里町下水道の使用が始まる2024年版清里町統計書 付録
  74. 1996年湧別町旧上湧別町が開基100年の記念式典を開く湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  75. 1996年湧別町第1回ゆうべつ大漁みなとまつりが開かれる湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  76. 1996年2月12日紋別市氷海の観測展望施設オホーツクタワーと親水防波堤が開く紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  77. 1996年7月15日北見市旧北見市の開基100年記念事業が戸長役場の開設日に始まる北見市 市史編さんニュース ヌプンケシ138号
  78. 1996年8月湧別町開基100年を記念し、チューリップ公園に上湧別町ふるさと館JRYが建つ湧別川水系河川整備計画 参考資料(網走開発建設部)
  79. 1997年遠軽町追加指定とともに名称が「白滝遺跡群」に改められた文化遺産オンライン「白滝遺跡群」
  80. 1997年美幌町ニュージーランドのケンブリッジと姉妹都市になる美幌町「美幌町100年のあゆみ」
  81. 1997年斜里町しれとこ100平方メートル運動が目標額に届く斜里町「町のあゆみ」年表
  82. 1997年清里町清里町100年の記念事業を行い、ニュージーランドのモトエカと友好都市になる清里町「清里町の歴史」あゆみ
  83. 1997年遠軽町旧丸瀬布町に丸瀬布町昆虫生態館が開設される遠軽町「旧丸瀬布町の沿革」
  84. 1997年1月20日紋別市新しい流氷砕氷船ガリンコ号IIが就航する紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  85. 1997年4月滝上町道の駅「香りの里たきのうえ」が開業する町のあゆみ(滝上町)
  86. 1998年北見市トコロチャシ跡遺跡オホーツク地点の竪穴群を1998年から2005年に発掘東京大学常呂実習施設「オホーツク地点の発掘調査」
  87. 1998年北見市旧常呂町に埋蔵文化財センター「どきどき」が開館する北見市「北見市教育のあゆみ(旧常呂町)」
  88. 1998年北見市北海道リズム時計が旧留辺蘂町から移転する北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  89. 1998年斜里町JR釧網本線の斜里駅が知床斜里駅に名前を変える斜里町「町のあゆみ」年表
  90. 1998年清里町斜里岳の山小屋「清岳荘」が焼ける2024年版清里町統計書 付録
  91. 1998年小清水町町が事業主体となって路線バスの交通ターミナルを建てる小清水町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  92. 1998年小清水町高齢者生活福祉センターが開かれる小清水町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  93. 1998年佐呂間町「道の駅 サロマ湖」が指定される佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  94. 1998年湧別町湧別川の河口右岸の堤防のない区間で築堤に着手する湧別川水系河川整備計画 参考資料(網走開発建設部)
  95. 1998年遠軽町旧生田原町に木のおもちゃワールド館ちゃちゃワールドが完成する遠軽町「旧生田原町の沿革」
  96. 1998年遠軽町旧生田原町がフランスのモアラン町と姉妹都市の提携を結ぶ遠軽町「旧生田原町の沿革」
  97. 1998年興部町沙留地区の下水道が使われ始める興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  98. 1998年湧別町旧上湧別町で温泉が湧き出る湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  99. 1998年湧別町旧上湧別町がカナダのホワイトコート町と友好都市になる湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  100. 1998年4月湧別町道の駅「愛ランド湧別」が指定される湧別町「ファミリー愛ランドYOU」(施設案内)
  101. 1998年6月7日網走市オホーツクドームが開く網走市統計書 令和元年版(年表)
  102. 1998年7月23日斜里町旧国鉄根北線越川橋梁が国の登録有形文化財になった文化遺産オンライン「旧国鉄根北線越川橋梁」
  103. 1998年8月湧別町東芭露の山林で約3万5千年前のナウマン象の臼歯の化石が見つかる湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  104. 1998年8月27日小清水町前線による大雨で止別川などがあふれ、畑の冠水や町道の決壊が起きる小清水町地域防災計画 資料編「過去の災害」
  105. 1998年9月16日小清水町台風5号が道東を通り、町道の決壊や農作物の被害が出る小清水町地域防災計画 資料編「過去の災害」
  106. 1998年9月16日紋別市台風5号が北海道に上陸し、紋別にかつてない被害を出す紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  107. 1998年9月16日雄武町台風5号で町内全域の川などがあふれる雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  108. 1998年9月25日小清水町開町80年を記念してオオハクチョウを町の鳥に選ぶ小清水町「小清水町の概要」
  109. 1999年北見市日本赤十字北海道看護大学が開学する北見市「北見市教育のあゆみ(旧北見市)」
  110. 1999年北見市旧留辺蘂町の温根湯温泉が開湯100年を迎える北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  111. 1999年紋別市新しいオホーツク紋別空港が開港する西興部村過疎地域持続的発展市町村計画
  112. 1999年置戸町中部森林管理署が発足する置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  113. 1999年湧別町上湧別町と遠軽町の農協が合併し、JAえんゆうが発足する湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  114. 1999年11月10日紋別市新空港へ移るため旧紋別空港が廃止され、丘珠線が休止する紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  115. 2000年北見市旧端野の人口が5,536人、戸数が1,713戸となる北見市「端野町歴史年表」
  116. 2000年美幌町国道39号美幌バイパスの美幌高野から美幌ICまでが開通する美幌町「美幌町100年のあゆみ」
  117. 2000年雄武町「雄武町ふるさと100年」の節目を迎える雄武町過疎地域持続的発展市町村計画
  118. 2000年遠軽町丸瀬布と白滝の農協が合併する遠軽町「旧丸瀬布町の沿革」
  119. 2000年興部町新エネルギービジョンを立て、町営の風力発電所などに取り組む興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  120. 2000年湧別町旧湧別町がニュージーランドのセルウィン町と友好都市になる湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  121. 2000年2月1日紋別市65歳以上の割合が21.19%になり、20%を超える紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  122. 2000年7月1日紋別市新オホーツク紋別空港に東京への直行便が就航する紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  123. 2000年10月1日北見市国勢調査で旧北見市の人口が112,040人となる北見市統計書 平成26年版「人口の推移」
  124. 2001年網走市史跡整備に伴うモヨロ貝塚の調査が2001年から2011年まで続いた東京大学常呂実習施設「史跡モヨロ貝塚について」
  125. 2001年北見市旧留辺蘂町の留辺蘂営林署が閉じる北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  126. 2001年北見市台風15号の大雨で旧留辺蘂町の各地に被害が出る北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  127. 2001年訓子府町訓子府と置戸の森林組合が合併し、新生紀森林組合になる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  128. 2001年佐呂間町町内の乳牛からアジアで初めてBSEが確認される佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  129. 2001年9月滝上町大雨で被害が出て、降り始めからの雨量が241mmになる町のあゆみ(滝上町)
  130. 2001年9月湧別町大雨で湧別川の中湧別観測所が64時間にわたり警戒水位を超える湧別川水系河川整備計画 参考資料(網走開発建設部)
  131. 2001年9月10日雄武町台風15号と秋雨前線の大雨で町内に被害が出る雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  132. 2001年10月22日北見市ピアソン記念館が北海道遺産に選ばれる北見市「ピアソン記念館」
  133. 2002年北見市トコロチャシ跡遺跡群全体が国史跡「常呂遺跡」に追加指定された東京大学常呂実習施設「トコロチャシ跡遺跡群の概要」北見市「国指定史跡「常呂遺跡」」
  134. 2002年美幌町美幌峠のレストハウスが道の駅として開く美幌町「美幌町100年のあゆみ」
  135. 2002年佐呂間町国道333号の旭峠道路が開通する佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  136. 2002年遠軽町遠軽北見道路の旭峠の区間が使えるようになる遠軽町「旧生田原町の沿革」
  137. 2002年遠軽町旭川・紋別自動車道の白滝から浮島までが開通する遠軽町「旧白滝村の沿革」
  138. 2002年興部町興部漁港で港内の波を抑える整備が始まる興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  139. 2002年湧別町湧別・芭露・湧別町畜産の3農協が合併する湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  140. 2002年湧別町温泉入浴施設「チューリップの湯」が開業する湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  141. 2002年3月滝上町国営総合農地開発事業が終わる町のあゆみ(滝上町)
  142. 2002年4月1日紋別市ふたたび過疎地域の指定を受ける紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  143. 2002年4月13日紋別市紋別市立博物館が開館する紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  144. 2002年7月31日網走市オホーツク水族館が閉館する網走市統計書 令和元年版(年表)
  145. 2002年10月1日雄武町台風21号で町内の住まいに被害が出る雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  146. 2002年12月10日北見市ハッカ記念館に蒸溜の実演をする薄荷蒸溜館ができる北見市「北見ハッカ記念館・薄荷蒸溜館」
  147. 2003年訓子府町常呂地域の農協が合併し、きたみらい農協が発足する訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  148. 2003年清里町環境省の水質調査で斜里川が日本一きれいな川とされる2024年版清里町統計書 付録
  149. 2003年清里町全国花のまちづくりコンクールで日本一の農林水産大臣賞を受ける清里町「清里町の歴史」あゆみ
  150. 2003年佐呂間町佐呂間・上湧別・湧別の3町が合併協議会の設置に調印する佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  151. 2003年遠軽町遠軽・生田原・丸瀬布・白滝の4町村が法定合併協議会を設ける遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  152. 2003年置戸町きたみらい農協が発足し、置戸農協はその置戸支店になる置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  153. 2003年3月オホーツク全体雄武・興部・西興部・紋別・滝上の5市町村が合併の調査研究会をつくる北海道開発局 道路事業の再評価資料(遠軽雄武線)
  154. 2003年3月26日斜里町斜里神社石灯籠が斜里町の文化財に指定された斜里町立知床博物館「斜里神社石灯籠」
  155. 2003年4月16日紋別市第3埠頭に3万トン級の船が入れる水深12mの岸壁が完成する紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  156. 2003年7月1日網走市モヨロ貝塚で52年ぶりに本格的な発掘調査が始まる網走市統計書 令和元年版(年表)
  157. 2003年8月滝上町紋別市・雄武町・興部町・西興部村・滝上町で合併の研究会が発足する町のあゆみ(滝上町)
  158. 2003年10月津別町北見・端野・常呂と合併を話し合う任意の協議会に加わる第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  159. 2003年12月西興部村住民の意向を受け、当面は合併せず単独で村を運営すると決める西興部村過疎地域持続的発展市町村計画
  160. 2004年斜里町知床の世界自然遺産登録がユネスコに推薦された斜里町立知床博物館「知床国立公園の歴史に関する参考資料」
  161. 2004年北見市常呂遺跡が「オホーツク沿岸の古代遺跡群」として北海道遺産に選ばれる北見市「国指定史跡「常呂遺跡」」
  162. 2004年北見市旧留辺蘂町で観測史上最大の積雪となり、各地に被害が出る北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  163. 2004年訓子府町暴風雪でD型ハウスが倒れるなどの被害が出る訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  164. 2004年訓子府町旧役場庁舎をくんねっぷ歴史館として開く訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  165. 2004年遠軽町4町村の合併協定の調印式が行われる遠軽町「旧遠軽町の沿革」
  166. 2004年遠軽町旧丸瀬布町のSL雨宮21号が北海道遺産に選ばれる遠軽町「旧丸瀬布町の沿革」
  167. 2004年興部町沙留地区に水産加工の排水を処理する施設ができる興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  168. 2004年オホーツク全体西紋4町村で西紋別地区町村会をつくる興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  169. 2004年湧別町旧上湧別の「屯田兵村と兵屋」が北海道遺産に選ばれる湧別町ふるさと館JRY「館内案内」
  170. 2004年湧別町旧上湧別町が記録的な暴風雪に見舞われる湧別町 町勢要覧2010 上湧別歴史散策
  171. 2004年湧別町台風18号で旧湧別町に被害が出る湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  172. 2004年1月津別町暴風雪が直撃し、記録的な大雪になる第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  173. 2004年1月滝上町3日間の大雪で、最も深い積雪が204cmになる町のあゆみ(滝上町)
  174. 2004年3月津別町旧津別営林署の網走南部森林管理署津別事務所が閉じる第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  175. 2004年3月滝上町町議会の委員会で紋別市との合併協議会の設置が否決される町のあゆみ(滝上町)
  176. 2004年5月14日大空町女満別町と東藻琴村の任意合併協議会がつくられる大空町の概要 令和8年度版
  177. 2004年5月24日大空町女満別町と東藻琴村が北海道の合併重点支援地域に指定される大空町の概要 令和8年度版
  178. 2004年6月滝上町台風18号で住宅・商店・公共施設146件に被害が出る町のあゆみ(滝上町)
  179. 2004年7月津別町オホーツク圏北見地域の合併協議会に加わる第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  180. 2004年7月西興部村村の全域が北海道から猟区の認定を受ける西興部村バイオマス産業都市構想(西興部村)
  181. 2004年10月21日紋別市「流氷とガリンコ号」が北海道遺産に認定される紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  182. 2005年北見市旧端野町のカタクリと周りの落葉広葉樹林が町の文化財になる北見市「北見市教育のあゆみ(旧端野町)」
  183. 2005年北見市旧留辺蘂町で合併の是非を問う住民投票が行われる北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  184. 2005年北見市旧留辺蘂町の三国山が北海道大分水点と名づけられる北見市「留辺蘂自治区 るべしべの歩み」
  185. 2005年美幌町ごみの有料化と戸別の収集を始め、森林の国際認証を得る美幌町「美幌町100年のあゆみ」
  186. 2005年訓子府町置戸町との合併をやめる訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  187. 2005年佐呂間町湧別町の住民投票で反対が多く、3町の合併が破談になる佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  188. 2005年湧別町上湧別・湧別の両町で、町の枠を超えた中高一貫教育が始まる湧別町新町まちづくりビジョン(新町基本計画)
  189. 2005年遠軽町合併に伴い白滝村が閉村する遠軽町「旧白滝村の沿革」
  190. 2005年置戸町置戸町と訓子府町の合併協議会が解散する置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  191. 2005年2月27日大空町女満別町と東藻琴村で合併の賛否を問う住民投票が行われる大空町の概要 令和8年度版
  192. 2005年3月5日大空町女満別町と東藻琴村が合併協定に調印する大空町の概要 令和8年度版
  193. 2005年4月小清水町第2期の一般廃棄物最終処分場の使用が始まる小清水町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  194. 2005年7月17日斜里町知床の世界遺産の正式な決定日は委員会最終日の7月17日とされた環境省北海道地方環境事務所「知床」の世界遺産一覧表への記載決定
  195. 2005年8月19日大空町総務省の告示で、女満別町と東藻琴村を廃して大空町を置くことが決まる大空町の概要 令和8年度版
  196. 2005年10月1日遠軽町遠軽町・生田原町・丸瀬布町・白滝村が合併し、新しい遠軽町が生まれる遠軽町「沿革」
  197. 2005年11月8日網走市濤沸湖がラムサール条約湿地に登録された環境省 ラムサール条約湿地「濤沸湖」
  198. 2005年11月8日小清水町網走市と小清水町にまたがる濤沸湖がラムサール条約の湿地に登録される環境省 ラムサール条約湿地リーフレット「濤沸湖」
  199. 2006年訓子府町ふるさと銀河線が廃線になり、代わりのバスが走り始める訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  200. 2006年佐呂間町3日間で255mmの暴風雨となり、町で初めて避難勧告が出る佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  201. 2006年佐呂間町若佐で竜巻が起き、9人が亡くなり31人がけがをする佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  202. 2006年佐呂間町ホタテのウロを高温の発酵で堆肥にする処理施設が動き始める佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  203. 2006年紋別市紋別空港の利用者が5万人を下回り、東京直行便が季節運航になる西興部村過疎地域持続的発展市町村計画
  204. 2006年遠軽町低気圧による大雨で、72時間の降水量が過去最高となる災害が起きる遠軽町「沿革」
  205. 2006年遠軽町白滝黒曜石遺跡ジオパーク構想推進協議会が設立される遠軽町「沿革」
  206. 2006年4月置戸町ふるさと銀河線が廃止され、旧駅舎は「コミュニティホールぽっぽ」になる置戸町郷土資料館 展示案内置戸町過疎地域持続的発展市町村計画
  207. 2006年3月5日北見市北見市・端野町・常呂町・留辺蘂町の1市3町が合併し、新しい北見市が生まれる北見市「北見市教育のあゆみ(旧北見市)」
  208. 2006年3月25日大空町東藻琴村で閉村式が開かれる大空町の概要 令和8年度版
  209. 2006年3月26日大空町女満別町で閉町式が開かれる大空町の概要 令和8年度版
  210. 2006年3月31日大空町女満別町と東藻琴村が合併し、大空町が生まれる大空町の概要(大空町公式サイト)
  211. 2006年4月21日北見市北見と池田を結ぶふるさと銀河線(140km)が廃止される国土交通省「近年廃止された鉄軌道路線」
  212. 2006年9月津別町「津別オーガニック牛乳」を売り出す第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  213. 2006年10月湧別町大雨で湧別川の河口部の旧湧別漁港周辺が氾濫する湧別川水系河川整備計画 参考資料(網走開発建設部)
  214. 2006年10月7日紋別市台風並みの低気圧で川沿いの住民に避難勧告が出て、大きな被害が出る紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  215. 2006年10月7日雄武町低気圧が通り、定置網や底建網が壊れる雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  216. 2006年10月8日湧別町大雨で旧湧別町の1地区285人に避難指示が出る湧別川水系河川整備計画 参考資料(網走開発建設部)
  217. 2006年11月15日紋別市千島列島の地震で津波警報が出て、海岸の住民に避難勧告が出る紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  218. 2006年11月15日雄武町千島列島の地震で津波警報が出て、沿岸11地区に避難勧告が出る雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  219. 2006年12月紋別市紋別港のカニ輸入量が日本一になる紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  220. 2007年北見市北見市が北海道・標津町と常呂遺跡などの世界遺産の提案書を文化庁に出す北見市「国指定史跡「常呂遺跡」」
  221. 2007年清里町パパスランドさっつるが道の駅に登録される2024年版清里町統計書 付録
  222. 2007年遠軽町旭川紋別自動車道の旧白滝から丸瀬布ICまでが開通する遠軽町「沿革」
  223. 2007年1月6日雄武町低気圧の暴風雪で警報が出て、停電の被害が出る雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  224. 2007年1月13日雄武町千島列島東方の地震で津波警報が出て、沿岸11地区に避難勧告が出る雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  225. 2007年3月津別町津別スキー場が閉じる第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  226. 2007年3月津別町家畜ふん尿や木の資源を生かすバイオマスタウン構想を定める津別町 自治体概況参考資料
  227. 2008年遠軽町旭川・紋別自動車道の奥白滝ICが開通する遠軽町「沿革」
  228. 2008年湧別町湧別町と上湧別町が両湧別町合併協議会をつくる湧別町 町勢要覧2010 湧別歴史散策
  229. 2008年雄武町上幌内地区の住民がみな転居し、無人になる雄武町過疎地域持続的発展市町村計画
  230. 2008年6月11日斜里町ひょうが降り、被害が出る斜里町「町のあゆみ」年表
  231. 2008年6月11日小清水町ひょうと激しい雨で浜小清水から東野にかけて農作物や農業施設が被害を受ける小清水町地域防災計画 資料編「過去の災害」
  232. 2008年10月23日紋別市旧上藻別駅逓所が国の登録有形文化財になった文化遺産オンライン「旧上藻別駅逓所」
  233. 2009年佐呂間町新サロマトンネルが開通する佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  234. 2009年遠軽町丸瀬布と紋別市鴻之舞を結ぶ金八トンネルが開通する遠軽町「沿革」
  235. 2009年遠軽町バスの丸瀬布線が廃止され、町営バス遠軽丸瀬布線が走り始める遠軽町「沿革」
  236. 2009年置戸町境野・秋田・置戸の3小学校が統合し、新しい置戸小学校が開校する置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  237. 2009年1月網走市みなと観光交流センター「流氷街道網走」が開業する北海道開発局『70年史』港湾事業
  238. 2009年10月5日湧別町上湧別町と湧別町が合併し、新しい湧別町が生まれる湧別町「まちの紹介」
  239. 2009年10月5日湧別町新しい湧別町の町章が定められる湧別町「湧別町の概要」(2013年時点)
  240. 2009年12月津別町町の木質ペレット工場が動き始める第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  241. 2009年12月津別町119番の通報を美幌と共同で受け始める第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  242. 2010年オホーツク全体網走支庁に代わってオホーツク総合振興局が置かれるオホーツク総合振興局『オホーツク2026(管内概要)』オホーツクの歴史
  243. 2010年遠軽町白滝ジオパークが日本ジオパークに認定される遠軽町「沿革」
  244. 2010年興部町興部川にサケ・マスを増やす施設を新しく設ける興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  245. 2010年置戸町置戸高校の普通科が閉じ、46年の歴史を終える置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  246. 2010年4月小清水町水上小学校が小清水小学校に統合される小清水町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  247. 2010年10月1日北見市合併後初の国勢調査で北見市の人口が125,689人となる北見市統計書 平成26年版「人口の推移」
  248. 2011年美幌町美幌町自治基本条例を施行する美幌町「美幌町100年のあゆみ」
  249. 2011年津別町上里の町民の森自然公園が森林セラピー基地に認められる第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  250. 2011年小清水町地域の人々などにより「濤沸湖環境保全活用ビジョン」がつくられる環境省 ラムサール条約湿地リーフレット「濤沸湖」
  251. 2011年遠軽町瞰望岩が国の名勝「ピリカノカ」に指定される遠軽町「沿革」
  252. 2011年6月27日遠軽町白滝遺跡群の出土品が国の重要文化財に指定される遠軽町「沿革」文化遺産オンライン「北海道白滝遺跡群出土品」
  253. 2011年遠軽町遠軽町埋蔵文化財センターが開館する遠軽町「沿革」
  254. 2011年雄武町町内の簡易水道が雄武町簡易水道事業として1つにまとまる雄武町過疎地域持続的発展市町村計画
  255. 2011年3月興部町町全域に光ファイバーが通り、インターネットと光電話が始まる興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  256. 2011年4月1日津別町多目的活動センター(さんさん館)が開く津別町 自治体概況参考資料
  257. 2011年6月10日小清水町大雨をともなうひょうで上徳・共和から止別にかけて農作物が被害を受ける小清水町地域防災計画 資料編「過去の災害」
  258. 2012年網走市網走のジャッカ・ドフニが約35年の活動を終えた高島屋史料館TOKYO「ジャッカ・ドフニ 大切なものを収める家」
  259. 2012年美幌町美幌町民会館(びほーる)が開く美幌町「美幌町100年のあゆみ」
  260. 2012年小清水町小清水町郷土資料館が整備される小清水町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  261. 2012年遠軽町白滝ジオパーク交流センターが開館する遠軽町「沿革」
  262. 2012年遠軽町白滝地域の開基100周年の記念式典が開かれる遠軽町「沿革」
  263. 2012年遠軽町森林鉄道の蒸気機関車・雨宮21号が準鉄道記念物に指定される遠軽町「沿革」
  264. 2012年4月小清水町町内の5つの小学校を再編し、小清水小学校1校にまとめる小清水町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  265. 2012年5月23日網走市濤沸湖水鳥・湿地センターが開く網走市統計書 令和元年版(年表)
  266. 2012年9月30日津別町財政と乗客の減少から町営バスをやめる津別町 自治体概況参考資料
  267. 2012年10月津別町台湾の二水郷と友好都市の提携を結ぶ第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  268. 2012年10月18日置戸町大矢ボッコ靴と藤川コレクションの石器が町の文化財に指定される置戸町指定文化財(置戸町郷土資料館)
  269. 2012年12月6日雄武町暴風で町内全域が停電する雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  270. 2013年オホーツク全体北見市や網走市などが暴風雪の被害を受けるオホーツク総合振興局『オホーツク2026(管内概要)』防災・消防
  271. 2013年興部町沙留漁港で衛生対策と漁船の大型化に向けた整備に取りかかる興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  272. 2013年3月津別町木質バイオマスを軸にした熱電利用の構想を定める津別町 自治体概況参考資料
  273. 2013年3月2日小清水町発達した低気圧で暴風雪となり、町の施設に避難する人が出る小清水町地域防災計画 資料編「過去の災害」
  274. 2013年3月2日雄武町低気圧の暴風雪で車が立ち往生し、人が病院や町民センターに泊まる雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  275. 2013年4月1日紋別市住民基本台帳の人口が23,941人になり、2万4千人を割る紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  276. 2013年5月1日網走市遺跡の発見から100年の節目にモヨロ貝塚館が改装開館した網走市立郷土博物館分館モヨロ貝塚館「リニューアル10周年記念企画展」(保存版)
  277. 2013年5月1日網走市モヨロ貝塚館が新しくなって再び開く網走市統計書 令和元年版(年表)
  278. 2014年網走市網走港に小麦を貯える24基のサイロができる北海道開発局 港湾計画課「網走港」沿革
  279. 2014年遠軽町北海道家庭学校が100周年の記念式典を開く遠軽町「沿革」
  280. 2014年置戸町65歳以上の人口の割合が40%を超える置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  281. 2014年1月興部町バイオマス産業都市構想を立て、同じ年に国からバイオマス産業都市に選ばれる興部北興バイオガスプラント(興部町)
  282. 2014年8月5日雄武町大雨で洪水警報が出て、栄丘の町道が通行止めになる雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  283. 2014年8月24日雄武町大雨で洪水警報が出て、住民が避難する雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  284. 2014年12月16日雄武町暴風雪と高波で倉庫や漁港の施設が壊れ、道路が通行止めになる雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  285. 2015年大空町松浦武四郎のゆかりの地に新しい記念の石柱が建てられる広報おおぞら 2017年11月号(大空町開拓ものがたり)
  286. 2015年美幌町美幌駅2階の林業館を木育の施設「きてらす」に改める美幌町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  287. 2015年津別町国勢調査の人口がピーク時の3分の1を下回る津別町市街地総合再生基本計画(令和2年)
  288. 2015年小清水町国勢調査で小清水町の人口が5千人台まで減る小清水町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  289. 2015年遠軽町北海道家庭学校の礼拝堂が北海道の有形文化財に指定される遠軽町「沿革」
  290. 2015年遠軽町遠軽駅の開業100周年を記念する催しが開かれる遠軽町「沿革」
  291. 2015年興部町国保病院が新しい建物に移って建て直される興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  292. 2015年置戸町開町100周年を迎える置戸町過疎地域持続的発展市町村計画
  293. 2015年置戸町国勢調査で人口が3,092人になる置戸町過疎地域持続的発展市町村計画
  294. 2015年8月1日網走市天都山展望台とオホーツク流氷館が移転して新しく開く網走市統計書 令和元年版(年表)
  295. 2015年10月1日網走市国勢調査で網走市の人口が39,077人になる網走市統計書 令和元年版(人口の推移)
  296. 2015年10月8日小清水町大型の台風23号で止別川などがあふれ、浜小清水・中里に被害が出る小清水町地域防災計画 資料編「過去の災害」
  297. 2015年10月8日雄武町台風23号で大雨・暴風・洪水の警報が出る雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  298. 2016年2月9日網走市博物館網走監獄の旧網走刑務所の建物が国の重要文化財に指定される博物館網走監獄 公式サイト文化遺産オンライン「旧網走監獄 庁舎」
  299. 2016年斜里町以久科・川上・朱円の3つの小学校が閉校する斜里町「町のあゆみ」年表
  300. 2016年清里町清里町が「日本で最も美しい村」連合に加わる清里町「清里町の歴史」あゆみ
  301. 2016年小清水町旧中斗美小学校の体育館などを使ってリサイクルセンターをつくる小清水町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  302. 2016年オホーツク全体北海道豪雨で常呂川や湧別川の流域が被害を受けるオホーツク総合振興局『オホーツク2026(管内概要)』防災・消防
  303. 2016年遠軽町石北本線の上白滝駅・下白滝駅・旧白滝駅が廃止される遠軽町「沿革」
  304. 2016年遠軽町続いた台風で丸瀬布森林公園いこいの森が大きな被害を受ける遠軽町「沿革」
  305. 2016年興部町町営の興部北興バイオガスプラントが動き始める興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  306. 2016年3月8日大空町町議会の発議で大空町まちづくり宣言が議決される大空町の概要(大空町公式サイト)
  307. 2016年9月25日紋別市オホーツク紋別空港の累計搭乗者数が100万人に達する紋別市統計書 令和3年版(紋別市のあゆみ)
  308. 2017年大空町旧東藻琴村の地域に道の駅ノンキーランドひがしもことが開く大空町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8年度~12年度)
  309. 2017年清里町阿寒摩周国立公園への改称にあわせ、神の子池が国立公園に入る清里町「清里町の歴史」あゆみ
  310. 2017年遠軽町旭川・紋別自動車道の丸瀬布ICから遠軽瀬戸瀬ICまでが開通する遠軽町「沿革」
  311. 2017年置戸町置戸産のトドマツが東京オリンピック・パラリンピック選手村の建材に使われる置戸タイムス100大ニュース(置戸町デジタル郷土資料館)
  312. 2017年3月オホーツク全体西紋別の5市町村が地域連携の協定を結ぶ興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  313. 2018年網走市ジャッカ・ドフニの資料を北方民族博物館が一括で収蔵した北海道立北方民族博物館「平成29年度の展示」
  314. 2018年訓子府町「くんねっぷメロン」の名前とロゴマークを商標に登録する訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  315. 2018年訓子府町胆振東部地震の影響で町内の全世帯が停電する訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  316. 2018年清里町緑町小学校が清里小学校に統合される2024年版清里町統計書 沿革
  317. 2018年小清水町平成29年度かぎりで小清水高等学校が閉校する小清水町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  318. 2018年小清水町小清水町が開町100年を迎える小清水町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  319. 2018年遠軽町大雨でいわね大橋が壊れる遠軽町「沿革」
  320. 2018年興部町町内の中学校が一つに統合される興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  321. 2018年3月9日小清水町低気圧の暴風雨と雪どけで浸水や川の増水の被害が出る小清水町地域防災計画 資料編「過去の災害」
  322. 2019年津別町開町100年の記念式典を開く第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  323. 2019年2月26日斜里町チャシコツ岬上遺跡が国の史跡になる斜里町「町のあゆみ」年表斜里町立知床博物館「チャシコツ岬上遺跡」
  324. 2019年清里町光岳小学校が清里小学校に統合される2024年版清里町統計書 沿革
  325. 2019年遠軽町旭川・紋別自動車道の遠軽瀬戸瀬ICから遠軽ICまでが開通する遠軽町「沿革」
  326. 2019年遠軽町道の駅「遠軽森のオホーツク」が開業する遠軽町「沿革」
  327. 2019年2月1日網走市コミュニティ放送局「FMあばしり」が開局する網走市統計書 令和元年版(年表)
  328. 2019年5月22日雄武町中幌内地区の道有林で林野火災が起きる雄武町地域防災計画(風水害等災害対策編)
  329. 2019年5月26日佐呂間町39.5℃を記録し、5月の全国の最高気温を更新する佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  330. 2019年6月26日興部町大阪大学とメタンを酸化する技術の開発で連携協定を結ぶバイオガスからメタノール・ギ酸を製造する取り組み(興部町)
  331. 2019年9月網走市住民基本台帳の人口が35,190人になる網走市統計書 令和元年版(人口の推移)
  332. 2019年11月7日オホーツク全体北オホーツクの市町村で地域循環共生圏構築協議会をつくる北オホーツク地域循環共生圏の取り組み(興部町)
  333. 2019年12月5日網走市網走市立郷土博物館本館が国の登録有形文化財になった文化遺産オンライン「網走市立郷土博物館本館」網走市統計書 令和元年版(年表)
  334. 2020年大空町国勢調査で大空町の人口が6,775人になる大空町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8年度~12年度)
  335. 2020年大空町移住と定住を支える移住・定住支援室が新しく置かれる大空町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8年度~12年度)
  336. 2020年津別町第6次総合計画を定め、エコタウンのまちづくりを宣言する津別町「津別町について」
  337. 2020年訓子府町開町100周年と町制施行70年の記念式典を開く訓子府町史 巻末「訓子府町の主な歴史年表」
  338. 2020年西興部村国勢調査で人口が1,053人になる西興部村過疎地域持続的発展市町村計画
  339. 2020年雄武町国勢調査で人口が4,199人になる雄武町過疎地域持続的発展市町村計画
  340. 2020年1月興部町家畜ふん尿のバイオガスからメタノールとギ酸を作ることに初めて成功するバイオガスからメタノール・ギ酸を製造する取り組み(興部町)
  341. 2020年4月1日置戸町置戸町デジタル郷土資料館がインターネットで公開されるデジタル郷土資料館(置戸町)
  342. 2021年大空町町内の2つの高校が統合し、北海道大空高等学校が開校する大空町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8年度~12年度)
  343. 2021年美幌町役場の新庁舎を使い始め、道内で初めてのZEB庁舎になる美幌町「美幌町100年のあゆみ」
  344. 2021年斜里町斜里町が過疎地域に指定される斜里町「町のあゆみ」年表
  345. 2021年佐呂間町サロマ湖畔ユースホステルが閉館し、60年の歴史を終える佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  346. 2021年オホーツク全体雄武浄化センターで興部町・西興部村・雄武町のし尿をまとめて処理し始める雄武町過疎地域持続的発展市町村計画
  347. 2021年2月9日興部町大学・町・民間2社の4者が、バイオガスの光化学プラント開発の連携協定を結ぶバイオガスからメタノール・ギ酸を製造する取り組み(興部町)
  348. 2021年3月小清水町住民基本台帳の人口が4千人台まで減る小清水町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  349. 2021年4月興部町し尿の処理が雄武浄化センターでの広域の処理に変わる興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  350. 2021年4月1日北見市留辺蘂町開拓資料館が改修され、名を武華駅逓に改める北見市「北見市留辺蘂町武華駅逓」
  351. 2022年清里町緑ダムの小水力発電所が完成する清里町「清里町の歴史」あゆみ
  352. 2022年斜里町知床で観光の遊覧船の事故が起きるオホーツク総合振興局『オホーツク2026(管内概要)』防災・消防
  353. 2022年4月19日興部町北海道大学大学院工学研究院と地域の脱炭素に向けた共同研究の契約を結ぶ北海道大学大学院工学研究院と共同研究(興部町)
  354. 2022年5月26日興部町興部北興バイオガスプラントの敷地にパイロットプラントが完成し、竣工式を行うバイオガスからメタノール・ギ酸を製造する取り組み(興部町)
  355. 2023年清里町「ゼロカーボンシティ清里」を宣言する清里町「清里町の歴史」あゆみ
  356. 2023年網走市流氷観光砕氷船「おーろら3」が就航する北海道開発局 港湾計画課「網走港」沿革
  357. 2023年3月16日美幌町美幌駐屯地の第6普通科連隊が第6即応機動連隊に改められる陸上自衛隊第5旅団「美幌駐屯地の歩み」(保存版)
  358. 2023年4月1日美幌町町制の施行から100周年を迎える美幌町「美幌町100年のあゆみ」
  359. 2023年6月27日北見市常呂川河口遺跡の墓坑出土品が重要文化財に指定された文化遺産オンライン「北海道常呂川河口遺跡墓坑出土品」
  360. 2023年6月27日遠軽町白滝遺跡群の出土品が国宝に指定された文化遺産オンライン「北海道白滝遺跡群出土品」
  361. 2023年7月津別町津別町図書館が開く第8次津別町社会教育中期計画(社会教育の沿革)
  362. 2023年11月10日興部町興部町ゼロカーボンシティ宣言を行う興部町ゼロカーボンシティ宣言(興部町)
  363. 2024年大空町女満別空港の乗降客が年度で約80万4千人まで戻る大空町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8年度~12年度)
  364. 2024年雄武町雄武町ゼロカーボンシティ宣言を行う雄武町過疎地域持続的発展市町村計画
  365. 2024年3月大空町大空町がゼロカーボンシティを宣言する大空町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8年度~12年度)
  366. 2024年7月置戸町幌加山の周辺で山林火災が起きる置戸町地域防災計画
  367. 2025年斜里町ヒグマによる人身事故が起きるオホーツク総合振興局『オホーツク2026(管内概要)』防災・消防
  368. 2025年2月25日網走市網走市役所の新しい庁舎が開かれる網走市 都市計画の変遷
  369. 2025年3月興部町人口が3,488人まで減る興部町過疎地域持続的発展市町村計画
  370. 2025年4月雄武町地域公共交通計画にもとづき、町のコミュニティバスが走り始める雄武町過疎地域持続的発展市町村計画
  371. 2025年10月19日西興部村開村100周年の記念式典が開かれる西興部村開村100周年記念事業(西興部村)
  372. 2026年3月27日網走市国道39号女満別空港網走道路が都市計画で決まる網走市 都市計画の変遷

資料によって異なる記述

資料によって異なる記述
出来事ある資料別の資料
1807年の津軽藩士の越冬で亡くなった人数70名あまり(斜里町立知床博物館)70数人(斜里町の資料)。過去帳には津軽藩士70人の名がある
松浦武四郎の知床半島の一周の年1853年(安政5年)と書く資料がある(斜里町立知床博物館の年表)安政5年は1858年にあたる
モヨロ貝塚が見つかった年1913年(東京大学常呂実習施設・モヨロ貝塚館)本文の出典は見つからなかった)
湧別町(旧上湧別村)の1級町村制の年1938年1940年

オホーツクの歴史とあわせて読む画面

  • 根室の歴史 知床を分け合う東隣の根室。越川の山道で斜里とつながり、オホーツク文化からトビニタイ文化へ移った土地
  • 上川の歴史 石北線と北見峠でつながる西隣の上川。屯田兵と第七師団、十勝岳の泥流の土地
  • 釧路の歴史 釧網線で網走とつながる南の釧路。中央道路を開いた囚人がいた釧路集治監の土地
  • 宗谷の歴史 枝幸からオホーツク海の岸を北へ続く宗谷。目梨泊遺跡や香深井遺跡など、オホーツク文化の遺跡が残る土地
  • 弟子屈町のアイヌ文化 斜里から釧網線で越える峠の先
  • 北海道のアイヌの博物館 道東の資料館
  • 年表 北海道の出来事を、本州と琉球の出来事と重ねて読める
  • 北海道の地域の歴史 ほかの地域を選ぶ

出典

  1. オホーツク総合振興局『オホーツク2026(管内概要)』
  2. 網走開発建設部『オホーツク開拓100年の夢』
  3. 網走市統計書 令和元年版(年表)
  4. 北見市 北見市の生い立ち・端野町歴史年表・るべしべの歩み・ところの歴史(保存版)
  5. 紋別市統計書 令和3年版 紋別市のあゆみ(保存版)
  6. 斜里町 町のあゆみ
  7. 斜里町立知床博物館
  8. 東京大学常呂実習施設(常呂遺跡・トコロチャシ跡遺跡群・モヨロ貝塚)
  9. 訓子府町史 巻末 訓子府町の主な歴史年表
  10. 佐呂間町 佐呂間町のあゆみ(町史年表)
  11. 滝上町 町のあゆみ
  12. 遠軽町 沿革と旧町村の沿革(保存版)
  13. 湧別町 町勢要覧2010 歴史散策(保存版)
  14. 広報おこっぺ 2018年「おこっぺ130年の歴史」と興部町の計画
  15. 置戸町デジタル郷土資料館・置戸町郷土資料館
  16. 各市町村の過疎地域持続的発展市町村計画・地域防災計画・統計書・あゆみ 美幌町・津別町・清里町・小清水町・大空町・西興部村・雄武町など。年表の行ごとにリンクがあります
  17. 文化庁 文化遺産オンライン(白滝遺跡群出土品・常呂遺跡・最寄貝塚・チャシコツ岬上遺跡など)
  18. 環境省 ラムサール条約湿地「濤沸湖」・知床の世界自然遺産
  19. 北海道立北方民族博物館
  20. 北海道環境生活部『アイヌ語地名リスト』(2007年) 18市町村と常呂・端野・留辺蘂・女満別・知床・濤沸・能取・サロマ・鴻之舞・渚滑の名の由来。ページ番号は市町村の欄に書いています
  21. 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス(米軍撮影の空中写真)
  22. 国土地理院 地理院タイル「全国最新写真(シームレス)」(現在の写真)
  23. 国立国会図書館デジタルコレクション
  24. 年表の行ごとの出典 通しの年表の各行の下に、出典のリンクがあります
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