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北海道の地域の歴史 空知

空知の歴史

空知は、北海道の真ん中を流れる石狩川の中流に広がる平野と、東の山あいの炭鉱の町からなる土地で、10市14町があります。この画面は、年表959行、24市町の歩み、空中写真と古写真、当時の暮らしのイメージの絵を、時代の順にまとめたものです。

対象 空知出典 23 件この画面の更新 2026年10月29日

昔と今をくらべるこの画面の空中写真 29 点は、写真の下の切り替えで、同じ範囲を写した現在の写真に替えられます。「なぞって比べる」を選ぶと、写真の上を左右になぞるたびに、昔と今の境目が動きます。

滝川の市街を写した写真で、碁盤目の街路のそばを鉄道が通り、駅構内が広がっています滝川の市街を写した写真で、碁盤目の街路のそばを鉄道が通り、駅構内が広がっています(同じ範囲の現在の写真)
昔と今をくらべる
1948年の滝川の市街。国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス(米軍撮影 USA-R342-48、1948年8月4日)

空知の歴史を一言でいうと 石炭と米と、石狩川

空知の川のほとりには、音江の環状列石のような縄文の遺跡が残ります。1857年、松浦武四郎はアイヌの人びとの案内で石狩川をさかのぼり、空知川の沿岸で石炭の露頭を見つけました。1879年に幌内炭鉱が開かれ、1882年に幌内鉄道が通じると、空知は北海道の石炭の中心になっていきます。

1881年に樺戸集治監、1882年に空知集治監が開かれ、囚徒が道路を開きました。1889年の水害で故郷を失った奈良県十津川郷の人びとが新十津川へ移り、1890年からは屯田兵が滝川・美唄・深川・秩父別などに入りました。石狩川の洪水と泥炭地に向き合いながら、平野は米どころになっていきます。

炭鉱の町は、1960年ごろに人口がもっとも多くなりました。その後は閉山が続き、1995年に石狩炭田で最後の坑内掘りの炭鉱が閉じています。2019年に空知の炭鉱の遺産を含む「炭鉄港」が日本遺産に認定され、宮島沼と雨竜沼湿原はラムサール条約の湿地になりました。

縄文〜13世紀

石狩川と空知川の遺跡 音江の環状列石と、野花南の周堤墓

葦と柳の茂る平らな原野を、大きな川が輪を描くように蛇行し、三日月形の沼が残る墨の絵
原野を蛇行する大きな川のイメージ(絵)

空知の川のほとりには、縄文の時代から人が暮らしてきました。深川市の音江の環状列石(ストーンサークル)は、1952年から調べられて石鏃や硬玉の玉が見つかり、1956年12月28日に国の史跡になっています。芦別市では、縄文時代後期の集団墓地の野花南周堤墓群が2000年4月14日に北海道の史跡に、滝里遺跡群の続縄文時代の墓の副葬品が同じ日に北海道の有形文化財になりました。

深川市の旧納内には擦文時代の竪穴住居の跡が残り、1980年7月3日に市の史跡になっています。新十津川町の総進不動坂遺跡は、1998年に中期旧石器時代の石器が出たとされましたが、2003年3月の最終報告書で「ねつ造」とされました。

1807年〜1880年

川筋のコタンと、松浦武四郎 石炭の露頭が見つかるまで

夜明けの浅い沼から、数えきれない雁が列をなして飛び立ち、手前に葦が茂る墨の絵
石狩川のほとりの沼と渡り鳥のイメージ(絵)

1807年、幕府の近藤重蔵は石狩川を下り、今の深川の平野のことを報告しています。1857年、松浦武四郎はアイヌの人びとの案内で、今の深川市広里から神居古潭まで石狩川をさかのぼって調べました。その途中には旧北村のニイルルヲマナイに泊まり、空知川の沿岸では石炭の露頭を見つけています。1859年に刊行された武四郎の地図には、シベツブトなど月形付近のアイヌ語の地名が載りました。

明治に入ると、石炭の調べが進みます。1868年に幌内で石炭の層が見つかり、1873年には榎本武揚が空知川の石炭を、1874年には開拓使に雇われたアメリカ人のライマンが空知川と夕張川の地質を調べました。1880年5月には、生振に暮らすアイヌのレコンテの道案内で、月形潔らが集治監を置く土地として須部都太の一帯を調べています。

長沼町の資料には、1888年に中野軍助がアイヌの人たちと狩りをしながら渓流の水で水田をつくったこと、1889年の戸数の記録にアイヌの人びとのフシコベツ(舞鶴)13戸が載ることが書かれています。1892年に生まれた長沼村の名は、アイヌ語で長い沼を意味するタンネトーにちなみます。

この時代の年表 11行を見る

1879年〜1912年

明治の空知 炭鉱と鉄道、集治監、屯田兵と十津川の人びと

雪の平原の川のほとりに、白い板張りの明治の大きな役所の建物が建ち、長い木の柵が続く墨の絵
原野に建つ集治監の本庁舎のイメージ(絵)
幌内炭鉱の町を高い所から見下ろした写真で、山に囲まれた谷間に家並みや長い建物が広がっています
高い所から見た幌内炭鉱の町(1913年)。国立国会図書館デジタルコレクション『北海道視察要覧』(1913年)より「幌內市街」
切り開かれた平地のまっすぐな道に沿って、同じ形の小さな木造の家が等しい間をあけて並ぶ墨の絵
屯田兵の兵屋が並ぶ開拓地のイメージ(絵)
明治の終わりから大正の初めの岩見沢駅を、線路の上から写した写真です
岩見沢駅の構内(1913年)。国立国会図書館デジタルコレクション『北海道視察要覧』(1913年)より「岩見澤停車場」

1879年、三笠の幌内炭鉱が北海道で最初の近代炭鉱として開かれ、1882年11月13日には幌内から小樽の手宮までの幌内鉄道が全線で開通しました。1881年9月3日に月形の樺戸集治監が、1882年7月に三笠の空知集治監が開庁します。樺戸の最初の囚徒は終身囚39人で、その年のうちに約500人に増えました。囚徒は月形から峰延までの道路や、市来知と忠別太を結ぶ約88キロの上川仮道路を開いています。空知集治監では、1892年までに亡くなった囚人965人分を集めた合葬之墓が1896年に設けられました。

1888年、夕張で道庁技師の坂市太郎が石炭の大露頭を見つけ、1890年に北炭夕張炭鉱が開かれます。1891年に岩見沢から歌志内まで、1892年に岩見沢から室蘭まで、追分から夕張まで鉄道が通じ。

1889年8月、奈良県の十津川郷が大水害に見舞われ、死者168人、全壊と流失の家屋426戸の被害が出ました。11月に移住の人びとが空知太に着き、1890年1月15日に新十津川村が置かれています。屯田兵は、1890年7月に滝川、1891年6月から美唄、1894年5月に江部乙と茶志内、1895年から一已・納内・秩父別に入りました。1898年9月の石狩川と夕張川の大洪水では、栗山で82名、長沼で70余名が亡くなっています。

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1912年〜1926年

大正の空知 炭鉱の町が谷を埋め、支線が延びる

雪の平原を、石炭を積んだ長い貨車の列を引いて蒸気機関車が煙を上げて走る墨の絵
石炭を運ぶ列車のイメージ(絵)
夕張炭山の市街の第三区を高い所から見下ろした写真で、谷間に屋根が密集し、その間を道と橋が通っています
谷間に屋根が密集する夕張炭山の市街の第三区(1915年)。国立国会図書館デジタルコレクション『登川村勢一斑』(1915年)より「夕張炭山市街第三区方面」
万字炭鉱の、斜面に敷かれた石炭運搬用の軌道(インクライン)を写した写真です
万字炭鉱の斜面の石炭運搬の軌道(1914年)。国立国会図書館デジタルコレクション『万字線建設概要』(1914年)より「萬字炭礦インクライン」
滝川の広小路の通りを写した写真で、広い土の道の両側に商店が並び、電柱が奥まで続いています
滝川の広小路の通り(1918年)。国立国会図書館デジタルコレクション『滝川町勢一班』(1918年)より「瀧川町廣小路」

1913年に滝川から下富良野までの鉄道が開通し、沿線の赤平や芦別で炭鉱の開発が進みました。1914年に志文から万字炭山までの万字線、11月に美唄の軽便鉄道(のちの美唄鉄道)が開業し、1915年に上砂川の三井砂川炭坑が開かれ、1918年には砂川から上砂川まで鉄道が延びています。

炭鉱では大きな事故も起きました。夕張では1908年1月に新夕張五番坑のガス爆発で93名が、1914年11月には若鍋第二斜坑のガス爆発で423名が亡くなっています。1918年2月に登川村は夕張町と名を改め、1920年の第1回の国勢調査で夕張の人口は51,064人、美唄は32,321人でした。

この時代の年表 83行を見る

1926年〜1945年

昭和の戦前と戦中 札沼線と夕張川の切り替え、戦時の炭鉱

黒い水たまりと菅の広がる平らな泥炭地に、地平線へまっすぐ排水の溝が掘られた墨の絵
泥炭地を拓く排水の溝のイメージ(絵)
昭和11年の月形の市街の通りを写した写真で、土の道の両側に看板を掲げた木造の商店が並んでいます
昭和11年の月形の市街(1936年)。国立国会図書館デジタルコレクション『陸軍特別大演習記念月形村交歓写真帖』(1936年)より「月形市街」
昭和の初めの岩見沢の市街を写した写真で、広い通りの両側に二階建ての商店が並び、電柱が奥へ続いています
昭和の初めの岩見沢の市街(1930年)。国立国会図書館デジタルコレクション『空知要覧』(1930年)より「岩見澤町市街」

1926年に夕張鉄道が栗山と夕張の間に、1930年11月に野幌まで開通しました。札沼線は1931年10月から順に延び、1935年10月に全線で開通して、月形村に初めて列車が来ています。1937年には夕張川の切り替えで長沼の水害がなくなり、西南部の原野の開拓が始まりました。1932年9月5日の豪雨では、夕張川と千歳川があふれ、長沼で戦前の昭和で最大の水害になっています。

1937年5月に美唄の市街が大火で372戸を、1938年5月に三笠の弥生の市街が240戸を失いました。1938年10月には夕張の天竜坑のガス爆発で161名が、1941年3月には三菱美唄鉱のガス爆発で177人が亡くなっています。美唄市の資料は、1938年から朝鮮人の労働者の、1944年7月から中国人の労働者の強制連行が始まり、1945年6月に三井美唄鉱に連合軍の捕虜収容所が置かれたとしています。1943年には岩見沢と夕張が市になりました。

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1945年〜1989年

戦後の昭和 市が並び立ち、炭鉱が閉じていく

雪の積もる山あいの谷に鋼鉄の立坑のやぐらと選炭場、黒いぼた山が立ち、斜面に長屋が並ぶ墨の絵
谷あいの炭鉱の町のイメージ(絵)

戦後、空知には市が次々に生まれました。1950年に美唄、1953年に芦別、1954年に赤平、1957年に三笠、1958年に砂川・滝川・歌志内、1963年に深川が市になっています。人口は、美唄市が1956年4月の92,150人、夕張市が1960年の国勢調査の107,972人でもっとも多くなりました。1947年5月には三笠の幾春別の市街が大火で488棟を失っています。

1960年代からは閉山が続きます。1963年に三井美唄炭鉱、1971年に住友歌志内礦、1972年に三菱美唄炭鉱が閉じ、1973年8月に美唄市内の炭鉱の坑口はすべて閉じられました。1969年の沼田町では、閉山が重なって人口が約1万5千人から8千人余りに減っています。事故も続き、1981年10月の北炭夕張新炭鉱のガス突出事故では93名が亡くなりました。

石狩川の水害も繰り返されました。1975年8月の台風6号、1981年8月の大雨では各地が水につかり、南幌では総雨量が399.0mmに達しています。1972年には札沼線の新十津川と沼田の間が廃止されました。

この時代の年表 308行を見る

1989年〜

平成と令和の空知 最後の坑内掘りと、炭鉄港と、湿原

広い川の平野に実った稲の田が果てしなく続き、防風林に囲まれた農家が点在する墨の絵
石狩川の平野の稲田のイメージ(絵)

1989年9月に三笠の幌内炭鉱が、1990年3月に夕張の三菱南大夕張炭鉱が、1994年2月に赤平の住友赤平炭鉱が閉山し、1995年3月には歌志内の空知炭鉱が石狩炭田で最後の坑内掘りの炭鉱として閉山しました。夕張市は2007年3月に財政再建団体になっています。

2002年11月18日に美唄市の宮島沼が、2005年11月8日に雨竜町の雨竜沼湿原がラムサール条約の湿地に登録されました。2019年5月20日には、「本邦国策を北海道に観よ!~北の産業革命『炭鉄港』~」が文化庁の日本遺産に認定され、住友赤平炭鉱の立坑櫓、三菱美唄炭鉱の竪坑櫓、夕張鹿鳴館、旧樺戸集治監本庁舎などが構成文化財になっています。

鉄道は縮みました。2020年5月にJR札沼線の北海道医療大学と新十津川の間が、2026年4月1日に留萌線の深川と石狩沼田の間が廃止されています。2006年3月27日に岩見沢市は北村・栗沢町と合わさりました。

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空知の24市町 名の由来と、始まりと、歩み

空知には10市14町があります。名の由来は北海道『アイヌ語地名リスト』(2007年)の該当ページと各市町の資料から、始まりと歩みは各市町の公開資料から書いています。「年表で…を見る」を押すと、下の通しの年表がその市町だけになります。

  • 岩見沢市

    名の由来
    和名。開拓期に道路工事へ通う人たちが一棟の休憩所を利用して湯に入り疲れを癒やした湯浴み(ゆあみざわ)から変化したもの(リスト p.14)(岩見沢市の資料の説)。岩見沢市「地名の由来」は、アイヌ語の地名が多い北海道で数少ない和名の都市とする。明治11年、札幌~幌内間の道路を開削した工事の人たちが幾春別川の川辺の休泊所で湯浴みして疲れをいやし、この地を「浴澤」(ゆあみさわ)と呼んだのが転化して「岩見澤」になったといわれる、とする
    始まり
    1884年に山口県・鳥取県などの士族が移り住み、10月6日の設村の告示で岩見沢村ができて戸長役場が置かれる
    市町村の歩み
    1900年7月に1級町村制、1906年2月に町制で岩見沢町、1943年に市制で岩見沢市。2006年3月27日に北村・栗沢町と合わさる

    年表で岩見沢市の47行を見る岩見沢市 岩見沢のおいたち

  • 夕張市

    名の由来
    アイヌ語のユパロ「温泉・の口(リスト p.136)」(松浦武四郎・永田方正の説)。またはアイヌ語のイパラ「それの・口。この川が往時の文化的中心であったシコツ(千歳地方)に往来する口であったのに基くものであろう(リスト p.136)」(『北海道駅名の起源』の説)。夕張市「夕張市の概要」は、アイヌ語のユーパロ(鉱泉の湧き出るところ)の転訛したものといわれる、とする
    始まり
    1888年に道庁技師の坂市太郎が石炭の大露頭を見つけ、1890年に北炭夕張炭鉱が開かれる。同じ年に登川村が設けられる
    市町村の歩み
    1897年7月に登川村戸長役場が独立。1906年4月に2級町村制、1918年2月に夕張町と改め、1943年4月に市制で夕張市
    市町村史
    『夕張市史』(1959年)、『増補改訂夕張市史』(1981年)、『追補夕張市史』(1991年)

    年表で夕張市の57行を見る夕張市 夕張市の概要

  • 美唄市

    名の由来
    アイヌ語のピパイ「沼貝川。ピパ(カラス貝などの貝)のつく地名は全道に多く、ここは元来は美唄川の名であったろう(リスト p.109)」(永田方正の説)。またはアイヌ語のヒハヲマナイ「カラス貝・ある・川(リスト p.109)」(松浦武四郎の説)。またはアイヌ語のピパオイ「カラス貝・多い・所(リスト p.109)」(『北海道駅名の起源』の説)。美唄市「美唄市観光情報」は、「びばい」はアイヌ語の「ビバイ」で、元のかたちは「ピパオイ」(カラス貝の多い所)といわれる、とする。空知総合振興局の市町村紹介は「ピパ・オ・イ」(沼貝が多い所)とする
    始まり
    1886年8月に美唄川の岸に渡し守が移り住み、1890年6月に空知集治監の手で上川道路ができて移住民が入る。1891年6月に屯田兵の第1次100戸が入植する
    市町村の歩み
    1890年9月に沼貝村が置かれ、1925年6月に町制で沼貝町、1926年6月に美唄町と改める。1950年4月に市制で美唄市

    年表で美唄市の48行を見る美唄市 統計書「美唄市の歩み」

  • 芦別市

    名の由来
    アイヌ語のハシュペッ「灌木の中を流れる川(リスト p.3)」(『北海道駅名の起源』の説)。またはアイヌ語のアシペッ「立つ・川(リスト p.3)」(永田方正の説)。芦別市「沿革」は、語源には「ハシュペッ」(低木の中を流れる川)と「アシペッ」(立つ・川)の二つがあるといわれる、とし、出典を北海道生活環境部「アイヌ語地名リスト」(平成13年)とする
    始まり
    1893年に山形県の人が歌志内からパンケホロナイ(常磐)に入植し、1894年に石川県と富山県の一団が続く
    市町村の歩み
    1897年に歌志内村の字となり、1900年に歌志内村から分かれて芦別村。1941年に町制、1953年に市制で芦別市
    市町村史
    『芦別市史』(1974年)

    年表で芦別市の48行を見る芦別市 沿革

  • 赤平市

    名の由来
    アイヌ語のフレピラ「赤い・岩。hure-pira の半訳地名(赤いピラ→赤平)(リスト p.2)」(従来説の説)。またはアイヌ語のワッカピラ「水・崖。元来がアイヌ語地名と思われ、wakka-pira ぐらいの名であったろうか(リスト p.2)」(山田秀三の説)。またはアイヌ語のアカピラ「山稜の・崖。現滝川公園の沼の崖が発祥地(リスト p.2)」(町広報誌に載った説の説)。赤平市の一般廃棄物処理基本計画(総論)は、「赤平」はアイヌ語で「山稜のガケ」を意味する「アカピラ」に由来するとする。リストは、フレピラ(赤い・岩)を半分訳した名という従来の説も挙げる
    始まり
    1891年に百戸地区で数戸が開墾を始め、赤平の開拓が始まる。1895年に空知炭礦の疎水坑が開かれる
    市町村の歩み
    1922年4月1日に歌志内村から分かれて赤平村。1943年2月11日に町制、1954年7月1日に市制で道内18番目の市

    年表で赤平市の35行を見る赤平市 赤平市について

  • 三笠市

    名の由来
    和名。明治15年に空知集治監(三笠小学校付近)が開設された当時から、裏山が奈良の「三笠山」に似ていたことによる(リスト p.126)(三笠市史の説)。三笠市「三笠市について」は、空知集治監の裏山が奈良の三笠山に似ているとして、囚人が望郷の念をこめて当時から三笠山と呼んでいた。明治39年(1906年)に市来知・幌内・幾春別の三村が合併したとき、この山の名を取って三笠山村とした、とする(和名)
    始まり
    1879年に幌内炭鉱が開かれ、1882年6月に市来知村が置かれて空知集治監が設けられる
    市町村の歩み
    1906年4月に市来知・幌内・幾春別の3村が合わさって三笠山村。1942年9月に町制で三笠町、1957年4月に市制で三笠市
    市町村史
    『三笠市史』

    年表で三笠市の47行を見る三笠市 三笠市について

  • 滝川市

    名の由来
    アイヌ語のソラプチ「空知(滝が・ごちゃごちゃ落ちている・(川))(リスト p.74)」(山田秀三の説)。滝川市「滝川市について」は、アイヌ語の「ソーラプチ」(滝下る所)を意訳したものとする。空知川の中流に滝のような段差があり、アイヌの人々から「ソーラプチペツ」(滝のかかる川・滝の川)と呼ばれていたことから滝川という地名がつけられた、とする
    始まり
    1889年11月に奈良県十津川郷からの移住者632戸が空知太に着き、うち92戸が屯田兵となる。1890年1月に滝川村が置かれる
    市町村の歩み
    1909年4月に江部乙村が分かれ、1910年11月に滝川町と改める。1958年7月に市制で滝川市、1971年4月に江部乙町と合わさる
    市町村史
    『滝川市史』

    年表で滝川市の45行を見る滝川市郷土館 滝川市の年表

  • 砂川市

    名の由来
    アイヌ語のオタウシナイ「歌志内川(砂浜が・ついている・川)(リスト p.69)」(山田秀三の説)。砂川市「プロフィール」は、アイヌ語のオタ・ウシ・ナイ(オタは砂、ウシは多い、ナイは川)を意訳したものとする。上流に歌志内を源とするペンケオタウシナイ川、下流に市街の中央を流れるパンケオタウシナイ川があり、アイヌ語の地名「オタウシナイ」から生まれたと考えられる、とする
    始まり
    1890年に奈江村が置かれ、1895年に奈江村戸長役場が置かれる
    市町村の歩み
    1903年に砂川村と改め、1923年に町制で砂川町。1944年に奈井江村、1949年に上砂川町が分かれ、1958年に市制で砂川市
    市町村史
    『砂川市史』

    年表で砂川市の40行を見る砂川市 歴史年表

  • 歌志内市

    名の由来
    アイヌ語のオタウシナイ「ウタシナイ川(砂浜・ついている・川)(リスト p.15)」(山田秀三の説)。歌志内市「地名の由来、市章、歌志内市民憲章…」は、市内を西に向かって二分して流れる「ペンケウタシュナイ川」の名に由来し、アイヌ語で「砂のたくさんある沢」という意味とする
    始まり
    1857年に松浦武四郎が空知川の沿岸で石炭の露頭を見つける。1897年7月に歌志内村が置かれる
    市町村の歩み
    1900年6月に芦別村、1922年4月に赤平村が分かれる。1940年4月に町制、1949年1月に一部が上砂川町に分かれ、1958年7月に市制で歌志内市
    市町村史
    『歌志内市史』、『新歌志内市史』(1994年)

    年表で歌志内市の41行を見る歌志内市 うたしない資料編

  • 深川市

    名の由来
    和名。市街の辺は前はメムと呼ばれていた(リスト p.113)(山田秀三の説)。深川市教育委員会「深川のアイヌ語地名」(深川・メム詳細)は、深川市史に色々な説が書かれているとし、その一つとして、市街の北側を東西に流れる大鳳川はアイヌ語で「深い・川」の意味をもつオオホ・ナイが語源で、これを和訳したという説を挙げる。深川の名が最初に出たのは明治25年2月4日の北海道庁告示の深川村とする
    始まり
    1892年2月4日に深川村が誕生し、1893年に菊亭農場に新十津川から大和団体が入る。1895年に屯田兵が一已に200戸、納内に100戸入植し、翌年も同じ数が入る
    市町村の歩み
    1902年に2級町村制、1918年に町制。1963年に4町村が合わさって深川市が生まれ、1970年に多度志町と合わさる

    年表で深川市の61行を見る深川市 深川市の誕生

  • 南幌町

    名の由来
    和名。広い幌向地区の南部という意らしい(リスト p.93)(山田秀三の説)。またはアイヌ語のポロモイ「大きい・川が曲がっていて、水がゆったり流れている所(リスト p.123)」(山田秀三の説)。空知総合振興局「市町村紹介」(南幌町)は、アイヌ語の「ポロモイ(大きな湾)」が語源の幌向の、その南方に位置することに由来する、とする。町議会の資料は、明治28年に置かれた幌向村の名をアイヌ語のポロモイ(ポロは大きい、モイは入り江)が語源とし、昭和37年の町制で幌向村を南幌町に改称したとする
    始まり
    1890年に夕張太で渡しが始まり、1893年5月に石川邦光が移民団と夕張川右岸に入る。1894年に三重移住団体の50戸が入植する
    市町村の歩み
    1895年11月22日に幌向村戸長役場が置かれ、1909年に2級町村制。1962年5月1日に幌向村が南幌町と名を改める

    年表で南幌町の31行を見る南幌町 町の紹介

  • 奈井江町

    名の由来
    アイヌ語のナエイ「谷川。両側の崖の高い川をナエイという(リスト p.92)」(永田方正の説)。またはアイヌ語のナイェ「その川。よく分からないが、この形が地名に残ったものか(リスト p.92)」(山田秀三の説)。奈井江町「町の概要」は、アイヌ語の「ナヱ」から転訛したもので「砂多き川」の意味とする
    始まり
    1890年5月に滝川村の一部を分けて奈井江村が置かれる。1896年11月に奈井江炭鉱の採炭が始まる
    市町村の歩み
    1944年4月に砂川町から分かれて奈井江村が独立し、1950年9月に町制で奈井江町
    市町村史
    『奈井江町史』(1975年)、『奈井江町百年史』(1990年)

    年表で奈井江町の42行を見る奈井江町 町政要覧 年表編

  • 上砂川町

    名の由来
    和名。パンケウタシナイ川上流が、砂川の上であるという意味で上砂川と呼ばれていたが、昭和24年その周辺の奈井江、歌志内等の一部を合わせて上砂川町ができた(リスト p.37)(山田秀三の説)。上砂川町「上砂川町の概要」は、母町の砂川はアイヌ語の「オタウシナイ」(オタは砂、ウシは多い、ナイは川)の意味から砂川と命名され、砂川の上流にあることから「上砂川」と決まり、分町によって「上砂川町」と命名された、とする
    始まり
    1887年に上砂川炭田が見つかり、1899年に福井県からの開拓者9人が入る。1914年に三井鉱山が石炭の事業を始める
    市町村の歩み
    1949年に砂川町と歌志内町の一部が分かれて上砂川町ができる

    年表で上砂川町の28行を見る上砂川町 上砂川町の概要

  • 由仁町

    名の由来
    アイヌ語のユウニ「温泉ある所(リスト p.137)」(永田方正の説)。またはアイヌ語のイウンイ「ヘビ・いる・所(リスト p.137)」(『北海道駅名の起源』の説)。由仁町「由仁町の紹介」は、アイヌ語の「ユウンニ」(温泉があるところの意味)がなまったものといわれる、とする
    始まり
    1891年1月に熊本団体の119人が入植し、1892年2月4日に由仁村が設けられて戸長役場が置かれる
    市町村の歩み
    1902年に2級町村制。1950年11月1日に町制で由仁町

    年表で由仁町の30行を見る由仁町 由仁町の歴史

  • 長沼町

    名の由来
    アイヌ語のタンネト「長い・沼。松浦図で見ると旧夕張川筋は二つの大沼になっていて、上にあったタンネトウにちなみ名づけられたもの(リスト p.93)」(山田秀三の説)。長沼町「町の概要」は、町の西1線北15番地付近にアイヌ語で「タンネトー」という沼があり、タンネトーは和名で「細長き沼」の意味で、ここから「長沼」という地名が生まれた。今はタンネトーの碑が残る、とする
    始まり
    1887年5月に吉川鉄之助と渡辺伝二が馬追原野の夕張川のほとりに入る。1892年2月4日に長沼村が開村する
    市町村の歩み
    1895年5月1日に戸長役場、1902年4月1日に2級町村制。1952年1月1日に町制で長沼町
    市町村史
    『長沼町の歴史』(1962年)

    年表で長沼町の36行を見る長沼町 長沼町の歴史

  • 栗山町

    名の由来
    和名。栗が多い所なのでそれにちなんだのだという(リスト p.46)(山田秀三の説)。またはアイヌ語のヤムニウシイ「クリ・樹・群生している・所(リスト p.46)」(栗山町の説)。栗山町「町名の由来・歴史」は、「栗山」の語源はアイヌ語の「ヤム・ニ・ウシ」に由来し、「栗の木の繁茂しているところ」に起源する、とする
    始まり
    1888年5月16日に宮城県角田藩士の泉麟太郎が夕張開墾起業組合を作る
    市町村の歩み
    1900年に角田村戸長役場、1902年に2級村制、1907年に1級村制。1949年に町制を施き、栗山町と名を改める
    市町村史
    『栗山町史』

    年表で栗山町の34行を見る栗山町 略史

  • 月形町

    名の由来
    和名。1881年に樺戸集治監の初代典獄として赴任した月形潔の姓をとった(リスト p.80)(山田秀三の説)。月形町「町のプロフィール」は、樺戸集治監(明治14年~大正8年)の初代典獄に任ぜられた月形潔の姓を取り、明治14年7月1日に空知支庁管内第1号の村として誕生した、とする(和名)。集治監はシベツブト(今の月形町)に置かれたとする
    始まり
    1881年7月1日に月形村ができ、9月3日に樺戸集治監が開庁する
    市町村の歩み
    1899年に浦臼村が分かれ、1906年に2級町村制。1919年1月に樺戸監獄が廃監となる。1953年に町制で月形町
    市町村史
    『月形村史』(1942年)、『月形町史』(1985年)

    年表で月形町の47行を見る月形町 年表

  • 浦臼町

    名の由来
    アイヌ語のウラシナイ「笹・川(リスト p.17)」(永田方正の説)。またはアイヌ語のウライウシペッ「簗が・多い・川(リスト p.17)」(『北海道駅名の起源』の説)。またはアイヌ語のウライウシナイ「簗が・ある・川(リスト p.17)」(山田秀三の説)。浦臼町の公式の画面には町名の由来の記載が見つからない。空知総合振興局の市町村紹介は、アイヌ語の「ウライウシ」(網を干す場所の意)とする
    始まり
    1887年に旧月形村の晩生内に北越殖民社が入植し、民間の開拓が始まる。1893年に岩村農場が開かれる
    市町村の歩み
    1899年に月形村から分かれて浦臼村。1960年に町制で浦臼町
    市町村史
    『浦臼町史』

    年表で浦臼町の28行を見る浦臼町 過疎地域持続的発展市町村計画

  • 新十津川町

    名の由来
    和名。明治22年奈良県十津川の住民600戸が大挙して移住した所で、その故郷の名にちなんで名付けられた(リスト p.69)(山田秀三の説)。新十津川町「地域おこし協力隊募集(町の魅力発信)」は、明治22年8月に奈良県吉野郡十津川郷が大水害に見舞われ、生活の基盤を失った約2,500名が移住し、新天地の名を故郷の名をとって「新」十津川としたことに由来する、とする(和名)
    始まり
    1889年8月の水害ののち、奈良県十津川郷の人びとが移住を決め、11月に空知太に着く。1890年6月にトック原野へ入植する
    市町村の歩み
    1890年1月15日に新十津川村が置かれる。1902年4月1日に2級町村制、1907年4月1日に1級町村制、1957年1月1日に町制で新十津川町
    市町村史
    『新十津川町史』(1966年)、『新十津川百年史』(1991年)

    年表で新十津川町の43行を見る新十津川町

  • 妹背牛町

    名の由来
    アイヌ語のモセウシイ「イラクサ・ある・所(リスト p.131)」(永田方正の説)。妹背牛町の公式の画面には町名の由来の記載が見つからない。空知総合振興局の市町村紹介は、アイヌ語の「モセ・ウシ・イ」(イラ草のある所の意)とする
    始まり
    1893年に札幌農学校の2代目校長の森源三の農場経営で開拓が始まる
    市町村の歩み
    1923年1月に深川村から分かれて妹背牛村となり、同時に1級町村制。1952年2月に町制

    年表で妹背牛町の33行を見る妹背牛町 過疎地域持続的発展市町村計画

  • 秩父別町

    名の由来
    アイヌ語のチクシペッ「通路ある川(リスト p.77)」(永田方正の説)。またはアイヌ語のチプクシペ「舟が・通る・もの(川)(リスト p.77)」(山田秀三の説)。秩父別町「秩父別の概要」は、秩父別の名はアイヌ語の「チックシベツ」に由来し、「通路のある川」を意味する、とする
    始まり
    1895年5月15日に初めて開拓の鍬が下ろされ、1895年と1896年に計400戸の屯田兵とその家族が入植する
    市町村の歩み
    屯田兵は一已・納内とともに屯田歩兵第一大隊と呼ばれた。村制・町制の年月日は、読んだ資料には書かれていない
    市町村史
    『秩父別村史』(1954年)、『秩父別町史 続三巻』(2026年)

    年表で秩父別町の29行を見る秩父別町 秩父別の概要(Internet Archive の保存版)

  • 雨竜町

    名の由来
    アイヌ語のウリウ「語義は不明。太古の神がつけたという伝説による(リスト p.18)」(松浦武四郎の説)。またはアイヌ語のウリリオペッ「鵜・たくさんいる・川。河口に鵜がたくさんいた(リスト p.18)」(永田方正の説)。またはアイヌ語のオリリオペッ「そこに・波・立つ・川(リスト p.18)」(『北海道駅名の起源』の説)。雨竜町「雨竜町の紹介」は、雨竜はアイヌ語の地名「ウリロペツ」(鵜の多い川という意味)より転訛したもので、雨竜川の河口に多くの鵜が生息していたことから名が付けられたといわれる、とする
    始まり
    1897年7月15日に雨竜村戸長役場が開庁する
    市町村の歩み
    1899年に北竜村を分け、1915年に2級町村制。1961年に町制で雨竜町
    市町村史
    『雨竜村史』(1956年)、『雨竜町史』(1969年)、『雨竜町百年史』(1991年)

    年表で雨竜町の40行を見る雨竜町 雨竜の歴史 年表

  • 北竜町

    名の由来
    和名。明治32年雨竜村から分付してできた村で雨竜村北部の意(リスト p.119)(山田秀三の説)。北竜町「北竜町の概要」は、明治32年7月に雨竜町から行政区を分離して戸長役場を置き、雨竜町の北に位置することから北竜町という名前で町が発足した、とする
    始まり
    1893年に吉植庄一郎が率いる千葉県本埜村の団体が移住し、開拓が始まる
    市町村の歩み
    1899年に雨竜から分かれて北竜村。1915年4月に2級町村制、1961年9月に町制

    年表で北竜町の28行を見る北竜町 北竜町の概要

  • 沼田町

    名の由来
    和名。開拓者沼田喜三郎の姓をとって名付けたのだという(リスト p.98)(山田秀三の説)。空知総合振興局の市町村紹介は、開拓に功のあった沼田喜三郎の姓をとったものとする。1922年に上北竜村を沼田村と改めた
    始まり
    1894年に富山県の沼田喜三郎が郷里から18戸の移住を図り、開拓が始まる
    市町村の歩み
    1914年に北竜村から分かれて上北竜村、1919年に2級町村制、1922年に沼田村と改める。1947年に町制

    年表で沼田町の33行を見る沼田町 沼田町の紹介

空から見た空知の町 1947年と1948年の空中写真 28点

戦後すぐ、アメリカ軍が空知を空から撮った写真です。24市町の市街と、夕張・三笠・歌志内・上砂川の炭鉱の町、蛇行する石狩川と空知川、宮島沼が写っています。写真の下に切り替えのある写真は、同じ範囲の現在の写真と見比べられます。写真を押すと大きな画像で見られます。

空知の古写真 30点

炭鉱の町と駅、石狩川と空知川の橋、市街の通りが写っています。

空知の通しの年表 959行

1807年から2026年まで、空知の出来事を時代ごとに並べています。行ごとに出典のリンクがあります。市町を選ぶか、言葉を入れると絞りこめます。

近世 場所の時代11行

  1. 1807年深川市近藤重蔵が石狩川を下り、今の深川地区の平野を幕府に報告する深川市「開拓以前の深川地区」
  2. 1856年岩見沢市松浦武四郎が旧北村のニイルルヲマナイに泊まる岩見沢市「北村のあゆみ」
  3. 1857年砂川市松浦武四郎が上川探検の途中で空知太を歩く砂川市「歴史年表」
  4. 1857年歌志内市松浦武四郎が空知川の沿岸で石炭の露頭を見つける歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  5. 1857年赤平市松浦武四郎が空知川を調べ、沿岸で石炭を見つける第6次赤平市総合計画赤平市「赤平市地域防災計画 第1編」
  6. 1857年深川市松浦武四郎がアイヌの人々の案内で今の深川市広里から神居古潭まで調べる深川市過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  7. 1857年深川市松浦武四郎が旧暦5月25日にイジヤン(今の広里)から舟で石狩川を上る(丁巳日誌)深川市「開拓以前の深川地区」
  8. 1857年岩見沢市松浦武四郎が石狩川水源の調査の途中、旧北村のニイルルヲマナイに泊まる岩見沢市「北村のあゆみ」
  9. 1858年岩見沢市松浦武四郎が十勝へ向かう途中、旧北村のニイルルヲマナイに泊まる岩見沢市「北村のあゆみ」
  10. 1859年月形町松浦武四郎が東西蝦夷山川地理取調図を刊行し、シベツブトなど月形付近のアイヌ語地名を記す月形町「近世の蝦夷地と須部都太(スベツブト)」
  11. 1868年三笠市幌内で石炭の層が地表に出ているところが見つかる三笠市「三笠市について」

明治 開拓の始まり326行

  1. 1870年2月滝川市開拓使の役人が上川と空知の両郡を検分する滝川市郷土館「滝川市の年表」
  2. 1870年5月奈井江町伊達邦直の一行が石狩川をさかのぼって上陸し、ナエイ川とナエ川の河口に標杭を立てる奈井江町町政要覧 年表編
  3. 1872年6月滝川市高畑利宜が上川を探検する滝川市郷土館「滝川市の年表」
  4. 1873年赤平市榎本武揚が北海道の地質を調べ、赤平付近で石炭の脈を見つける赤平市「赤平市地域防災計画 第1編」
  5. 1873年10月滝川市榎本武揚が空知川の石炭を調査する滝川市郷土館「滝川市の年表」
  6. 1873年10月歌志内市榎本武揚が空知川沿岸の石炭を調査する歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  7. 1874年夕張市ライマンの探検隊が夕張川をさかのぼって地質を調べ、上流に炭層があると推定する夕張市「夕張市の概要」年表
  8. 1874年歌志内市アメリカ人技師ライマンが空知川沿岸の地質を調べる歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  9. 1874年赤平市開拓使に雇われた米国人ライマンらが空知川をさかのぼり、赤平周辺で石炭の大露頭を確かめる空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  10. 1874年7月奈井江町ライマンがナイエ川をさかのぼり、炭田を調べる奈井江町町政要覧 年表編
  11. 1874年7月滝川市開拓使に雇われたライマンが地質と鉱物の調査で空知川を探検する滝川市郷土館「滝川市の年表」
  12. 1876年6月滝川市松本十郎が奥地探査の途中で空知太に泊まる滝川市郷土館「滝川市の年表」
  13. 1879年三笠市北海道で最初の近代炭鉱として幌内炭鉱が開かれる三笠ジオパーク「燃える石『石炭』の発見」
  14. 1879年三笠市幌内炭鉱で最初の坑道(音羽坑)が掘られる空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  15. 1880年5月月形町月形潔らが集治監の建設地を調べ、シベツ太に決める月形町「月形歴史物語 最初の囚人たち」
  16. 1880年5月月形町生振に暮らすアイヌのレコンテの道案内で、月形潔らが須部都太一帯を調べる月形町「近世の蝦夷地と須部都太(スベツブト)」
  17. 1880年5月4日月形町月形潔らの集治監の調査団が石狩川をさかのぼり、須部都川の河口に着く月形町「近世の蝦夷地と須部都太(スベツブト)」
  18. 1880年10月月形町須部都太に集治監(樺戸集治監)を開くことが決まる月形町「近世の蝦夷地と須部都太(スベツブト)」
  19. 1881年月形町小菅から移送された終身囚39人が最初の囚徒となる月形町「月形歴史物語 樺戸集治監開庁」
  20. 1881年月形町樺戸集治監の囚徒がその年のうちに約500人に増える月形町「月形歴史物語 樺戸集治監開庁」
  21. 1881年月形町月形村の名を決めるとき、アイヌ語地名シベツブトは「死別」に通じるとして避けられる月形町「月形歴史物語」
  22. 1881年7月1日月形町空知管内で最初の村として月形村ができる月形町「月形歴史物語 囚人開拓、はじまる」
  23. 1881年9月3日月形町樺戸集治監の開庁式が行われる月形町「月形歴史物語 樺戸集治監開庁」
  24. 1882年岩見沢市岩見沢駅と幌向駅が、利用があるときだけ止まる駅として置かれる岩見沢市郷土科学館「岩見沢の鉄道の歴史」
  25. 1882年三笠市空知集治監の設置で人が集まり、87戸・617人の集落ができる三笠ジオパーク「市来知村の開村」
  26. 1882年月形町樺戸・雨竜・上川の3郡の郡役所が月形村に置かれる月形町 第11章 年表
  27. 1882年三笠市幌内鉄道が開通する(三笠駅から幌内駅までの線路が今も残る)空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  28. 1882年6月三笠市空知郡に市来知村が置かれ、空知集治監が設けられる空知総合振興局「空知のあゆみ」三笠市 計画書「三笠のあゆみ年表」
  29. 1882年7月三笠市空知集治監が開庁する三笠市 計画書「三笠のあゆみ年表」
  30. 1882年11月三笠市北海道最初の鉄道として幌内鉄道が完成する三笠ジオパーク「幌内鉄道の敷設」
  31. 1882年11月13日岩見沢市幌内煤田鉄道の幌内から手宮までが全線開通する岩見沢市「岩見沢のおいたち」
  32. 1883年岩見沢市旧北村のビバイタップに、樺戸集治監の見張り役の滝本嘉助が入地する岩見沢市北村支所「北村のあゆみ」
  33. 1883年長沼町川村トメレリーらが千歳から今の舞鶴(フシコベツ)に集団で移り住む長沼町「長沼町の歴史・明治時代」
  34. 1883年三笠市幌内村が開村する三笠ジオパーク「市来知村の開村」
  35. 1883年月形町月形から当別までの仮道路が開通する月形町「月形歴史物語 囚人開拓、はじまる」
  36. 1884年岩見沢市明治17年から18年にかけて、山口県・鳥取県などの士族277戸1,503人が集団で移住する岩見沢市「岩見沢のおいたち」
  37. 1884年月形町須部都太の川岸に監獄の波止場が設けられる月形町 第11章 年表
  38. 1884年9月三笠市市来知村に市来知外一村戸長役場が置かれる三笠市 計画書「三笠のあゆみ年表」
  39. 1884年10月6日岩見沢市設村の告示で岩見沢村ができ、戸長役場と郵便局が置かれる岩見沢市「岩見沢のおいたち」
  40. 1885年妹背牛町雨竜原野の調査のため道庁の測量隊が入る妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  41. 1885年月形町集治監の教誨をきっかけに曹洞宗の北漸寺が開かれる空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  42. 1885年8月月形町初代典獄の月形潔が退任し、月形村を去る月形町「月形歴史物語 囚人開拓、はじまる」
  43. 1886年由仁町由仁の開拓が始まり、下国皎三と沼山兵七が古川に入地する由仁町「由仁町の歴史」
  44. 1886年三笠市幾春別炭坑が開坑する三笠市「三笠市について」
  45. 1886年月形町樺戸の囚徒が月形から峰延までの直線道路の開削を始める月形町 第11章 年表
  46. 1886年砂川市囚人約500人を使い上川仮道路が開削される砂川市「歴史年表」
  47. 1886年砂川市三浦米蔵が空知太に渡し舟の場を開く砂川市「歴史年表」
  48. 1886年月形町焼けた樺戸集治監の本庁舎が建て直される(今の月形樺戸博物館)空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  49. 1886年4月月形町道庁長官が樺戸集治監に市来知と忠別太を結ぶ約88キロの上川仮道路の開削を命じる月形町「月形歴史物語 開拓の基盤を作った囚人道路」
  50. 1886年6月南幌町新潟県の山田武七がアイヌから夕張太の土地のことを聞き、現地を見に行く南幌町教育委員会「南幌町の史跡標柱」
  51. 1886年6月滝川市空知太から忠別太(旭川)までの仮道路ができる滝川市郷土館「滝川市の年表」
  52. 1886年8月美唄市福島磯次郎が美唄川の岸に移り住んで渡し守りを始め、最初の移住者になる美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  53. 1887年浦臼町樺戸集治監の囚人が月形から晩生内までの道路を開き、開墾が始まる浦臼町「町の概要」
  54. 1887年浦臼町旧月形村の晩生内に北越殖民社が入植し、民間の開拓が始まる月形町「監獄の廃監とその後の月形1」
  55. 1887年上砂川町上砂川炭田が見つかる上砂川町「上砂川町の概要」
  56. 1887年長沼町開基のころ、近くにトマンリュー・ニセンカ・下夕張鉄五郎(テッピリヤ)の三戸が住む長沼町「町の歴史(1871−1911)」
  57. 1887年5月長沼町吉川鉄之助と渡辺伝二が馬追原野の夕張川のほとりに入り、長沼町の開基となる長沼町「長沼町の歴史・明治時代」
  58. 1887年5月滝川市樺戸監獄署の囚人により上川道路が改修される滝川市郷土館「滝川市の年表」
  59. 1887年9月美唄市樺戸集治監の手で樺戸道路ができあがる美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  60. 1888年夕張市道庁技師の坂市太郎が志幌加別川の上流で石炭の大露頭を見つける夕張市「夕張市の概要」年表
  61. 1888年長沼町岩手県の中野軍助が渓流を使って水田をつくり、町の稲作が始まる長沼町「長沼町の歴史・明治時代」
  62. 1888年長沼町移住民の大半がマラリヤにかかり、秋の収穫ができなくなる長沼町「長沼町の歴史・明治時代」
  63. 1888年三笠市空知集治監と村のための水道の敷設工事が始まる三笠市立博物館「展示室5 集治監と囚人」
  64. 1888年長沼町中野軍助がアイヌの人たちと狩猟をしながら、渓流の水で水田をつくる長沼町「町の歴史(1871−1911)」
  65. 1888年5月滝川市樺戸集治監の囚人により屯田兵屋の工事が始まる滝川市郷土館「滝川市の年表」
  66. 1888年5月16日栗山町宮城県角田藩士の泉麟太郎が夕張開墾起業組合を作り、阿野呂川右岸の角田に入植する栗山町「町名の由来・歴史」
  67. 1888年12月長沼町宮城県の旧角田藩士10人が夕張川左岸の未開地の貸下げを受ける長沼町「長沼町の歴史・明治時代」
  68. 1888年12月三笠市幌内太から郁春別までの鉄道が完成する三笠市 計画書「三笠のあゆみ年表」
  69. 1889年岩見沢市官営の幌内鉄道が北海道炭礦鉄道(北炭)に払い下げられる岩見沢市郷土科学館「岩見沢の鉄道の歴史」空知総合振興局「そらちミニ炭鉱史」
  70. 1889年三笠市幾春別村が開村する三笠ジオパーク「市来知村の開村」
  71. 1889年月形町上川丸と空知丸による江別と月形の間の汽船の運輸が始まる月形町 第11章 年表
  72. 1889年新十津川町十津川郷の600戸2,489人が北海道への移住を決める新十津川町「開拓史(前編)」
  73. 1889年新十津川町空知太の屯田兵屋はまだ150戸で、1戸に移民4戸が入って冬を越す新十津川町「開拓史(前編)」
  74. 1889年深川市上川道路(今の国道12号)が開通する深川市過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  75. 1889年雨竜町三条実美・蜂須賀茂韶・菊亭修季が道庁から雨竜原野1億5千万坪の貸し下げを受ける雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  76. 1889年雨竜町華族組合雨竜農場が創設され、最初の年の開墾は樺戸集治監の囚人が担う雨竜町「雨竜の歴史 農業編」
  77. 1889年長沼町村内の戸数の記録に、アイヌ系のフシコベツ(舞鶴)13戸が載る長沼町「町の歴史(1871−1911)」
  78. 1889年夕張市道庁技師の坂市太郎が夕張で石炭の大露頭(夕張二十四尺層)を見つける空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  79. 1889年5月夕張市夕張採炭所がつくられる夕張市「夕張市の概要」年表
  80. 1889年6月深川市音江法華駅逓所の建物ができ、上川道路の中継点として業務を始める深川市「史跡」
  81. 1889年8月奈井江町奈井江市街に官設の駅逓が置かれ、第4美英舎と名づけられる奈井江町町政要覧 年表編
  82. 1889年8月新十津川町奈良県十津川郷の大水害で死者168人、全壊・流出家屋426戸となる新十津川町「開拓史(前編)」
  83. 1889年8月滝川市高畑利宜が空知太駅逓を開く滝川市郷土館「滝川市の年表」
  84. 1889年10月新十津川町罹災民の北海道への移住が許可される新十津川町の沿革(例規集)
  85. 1889年10月新十津川町第1回の北海道移住民が出発する新十津川町「あゆみ 明治」
  86. 1889年11月夕張市北炭の前身の北海道炭鉱鉄道会社がつくられる夕張市「夕張市の概要」年表
  87. 1889年11月新十津川町移住民が空知太に着き、村名を新十津川とする新十津川町「あゆみ 明治」
  88. 1889年11月滝川市十津川郷の移住者632戸が空知太に着き、うち92戸が屯田兵として入地する滝川市郷土館「滝川市の年表」
  89. 1889年12月歌志内市北海道炭礦鉄道が空知炭山を譲り受ける歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  90. 1890年岩見沢市旧栗沢町に和歌山県の山田勢太郎が入植し、岡山農場を開く岩見沢市「岩見沢のおいたち」
  91. 1890年南幌町夕張太に入植した目黒市太郎が丸木舟を造り、渡しを始める南幌町教育委員会「南幌町の史跡標柱」
  92. 1890年栗山町角田村の村名が公に名乗られる栗山町「略史」
  93. 1890年三笠市空知集治監の典獄官舎が全面改築され、レンガ煙突が造られる三笠ジオパーク「三笠エリア 開拓を担った囚人たちの足跡」空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  94. 1890年砂川市奈江村が置かれる砂川市「歴史年表」
  95. 1890年深川市華族組合農場が設立され、深川の開拓が進む深川市過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  96. 1890年深川市高橋惣吉が音江川沿いの湿地に種もみをまき、市内で最初の水稲づくりとされる深川市「史跡」
  97. 1890年雨竜町華族組合雨竜大農場の開拓が始まる雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  98. 1890年夕張市北炭夕張炭鉱が開かれ、最初の水平坑道(のちの千歳坑)が掘られる空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  99. 1890年1月滝川市北海道庁令により滝川村が置かれる滝川市郷土館「滝川市の年表」
  100. 1890年1月15日新十津川町北海道庁令第1号で新十津川村が置かれる新十津川町の沿革(例規集)
  101. 1890年1月28日新十津川町北海道庁令第2号で新十津川村の戸長役場が置かれる新十津川町の沿革(例規集)
  102. 1890年4月夕張市夕張炭山の開坑に取りかかる夕張市「夕張市の概要」年表
  103. 1890年4月歌志内市空知炭礦が開坑する歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  104. 1890年5月奈井江町滝川村の一部を分けて奈井江村が置かれる奈井江町町政要覧 年表編
  105. 1890年6月美唄市空知集治監の手で上川道路ができあがり、移住民が入地する美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  106. 1890年6月新十津川町雪解けを待って石狩川を渡り、植民区画の第1号としてトック原野に入植する新十津川町「開拓史(前編)」
  107. 1890年6月北竜町新十津川戸長役場が置かれ、今の北竜町を含む雨竜川両岸がその管轄となる北竜町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  108. 1890年7月滝川市屯田兵348戸が入地し、第一・第二中隊の440戸となる滝川市郷土館「滝川市の年表」
  109. 1890年8月夕張市登川村が設けられ、岩見沢村戸長役場の管轄となる夕張市「夕張市の概要」年表
  110. 1890年9月美唄市道庁令第61号により沼貝村が置かれる美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  111. 1891年岩見沢市岩見沢から砂川・歌志内までの鉄道が開通する岩見沢市郷土科学館「岩見沢の鉄道の歴史」
  112. 1891年栗山町角田簡易教育所が公設として認められる栗山町「略史」
  113. 1891年三笠市空知集治監が北海道集治監空知分監に名前を変える三笠市立博物館「展示室5 集治監と囚人」
  114. 1891年三笠市自由党総裁の板垣退助が空知集治監を慰問に訪れる三笠ジオパーク「空知集治監の設置」
  115. 1891年月形町樺戸郡役所が廃止されて札幌郡役所に併合され、月形村に戸長役場が置かれる月形町 第11章 年表
  116. 1891年砂川市岩見沢から歌志内までの鉄道が開通する砂川市「歴史年表」
  117. 1891年赤平市百戸地区で数戸が開墾を始め、赤平の開拓が始まる第6次赤平市総合計画
  118. 1891年深川市雨竜原野の開拓のため雨竜から深川を通り神居古潭までの道路がつくられる深川市「開拓のころ」
  119. 1891年雨竜町尾白利加と恵岱別に駅逓所が置かれる雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  120. 1891年1月由仁町熊本団体の119人が入植する由仁町「由仁町の歴史」
  121. 1891年2月歌志内市空知炭礦が採炭を始める歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  122. 1891年6月歌志内市神威炭礦が開坑する歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  123. 1891年7月美唄市北海道炭礦鉄道の峰延駅と美唄駅が営業を始める美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  124. 1891年7月奈井江町岩見沢と歌志内の間の鉄道が開通し、奈井江と砂川に停車場が置かれる奈井江町町政要覧 年表編
  125. 1891年7月歌志内市岩見沢から歌志内までの鉄道が開通する歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  126. 1891年12月美唄市沼貝村の戸数が230戸、人口が1,087人になる美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  127. 1892年岩見沢市岩見沢から輪西(室蘭)までの鉄道が開通し、岩見沢が分岐点になる岩見沢市郷土科学館「岩見沢の鉄道の歴史」
  128. 1892年岩見沢市岩見沢駅舎が元町から今の場所へ移る岩見沢市郷土科学館「岩見沢の鉄道の歴史」
  129. 1892年2月4日長沼町アイヌ語で長い沼の意のタンネトーにちなみ、村名を長沼村とする長沼町「長沼町の歴史・明治時代」
  130. 1892年栗山町北海道炭鉱鉄道の室蘭から岩見沢までの線(今の室蘭本線)が開通する栗山町「略史」
  131. 1892年浦臼町浦臼の開拓が始まる浦臼町「浦臼神社」(Internet Archive 保存版)
  132. 1892年砂川市砂川から空知太までの鉄道が開通し、駅が置かれる砂川市「歴史年表」
  133. 1892年深川市奥芳松が石狩川の渡船を始め、のちにメムから納内までに渡船場が10か所ほどできる深川市「開拓のころ」
  134. 1892年深川市音江で植えた稲がうまく育つ深川市「米作りへの挑戦」
  135. 1892年月形町北海道庁技手両角熊雄の設計で、樺戸集治監の上水道のダムが造られる空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  136. 1892年2月岩見沢市旧栗沢町の栗沢村が岩見沢村から分かれる岩見沢市「岩見沢のおいたち」
  137. 1892年2月滝川市北海道炭鉱鉄道の砂川から空知太までが開通する滝川市郷土館「滝川市の年表」
  138. 1892年2月4日由仁町由仁村が設けられ、戸長役場が置かれる由仁町「由仁町の歴史」
  139. 1892年2月4日長沼町北海道庁令で長沼村が開村する長沼町「長沼町の歴史・明治時代」
  140. 1892年2月4日深川市深川村が誕生する深川市「開拓のころ」
  141. 1892年2月4日雨竜町道庁令で雨竜村が誕生する雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  142. 1892年3月夕張市夕張炭山で採炭が始まる夕張市「夕張市の概要」年表
  143. 1892年8月1日由仁町室蘭と岩見沢の間の鉄道が開通し、由仁駅ができる由仁町「由仁町の歴史」
  144. 1892年10月滝川市屯田兵の石丸辰吉が水稲の試験をする滝川市郷土館「滝川市の年表」
  145. 1892年11月夕張市追分と夕張の間に鉄道が開通し、夕張駅と紅葉山駅ができる夕張市「夕張市の概要」年表
  146. 1893年南幌町この年を南幌町の開拓の年とする南幌町議会「議会の概要(令和3年度)」
  147. 1893年南幌町三重県の板垣贇夫が岩見沢から開拓民7戸を移し、伊勢開墾が始まる南幌町教育委員会「南幌町の史跡標柱」
  148. 1893年由仁町角田村・登川村・長沼村をあわせた戸長役場が由仁村に置かれる由仁町「由仁町の歴史」
  149. 1893年浦臼町岩村八作が入植し、岩村農場を開く浦臼町「うらうすの名建築」
  150. 1893年芦別市山形県の佐藤伝治郎が歌志内からパンケホロナイ(常磐)に入植する芦別市「沿革」
  151. 1893年深川市菊亭侯爵が約1,600ヘクタールの開拓を目指して深川で土地を借りる深川市「開拓のころ」
  152. 1893年深川市菊亭農場に新十津川から大和団体が入植する深川市「開拓のころ」
  153. 1893年妹背牛町二代目札幌農学校長の森源三の農場経営で開拓が始まる妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  154. 1893年雨竜町華族組合雨竜大農場が解散する雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  155. 1893年雨竜町蜂須賀・戸田・町村の三つの農場が開設される雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  156. 1893年北竜町吉植庄一郎が率いる千葉県本埜村の団体が移住し開拓が始まる北竜町議会定例会会議録(令和4年3月8日)
  157. 1893年5月南幌町石川邦光が移民団と夕張川右岸に入植し、石川部落を開く南幌町教育委員会「南幌町の史跡標柱」
  158. 1893年5月美唄市神山惣左衛門らが2号川に道内最初の溜池を完成させる美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  159. 1893年10月滝川市滝川村に「滝の川」と「ユーペオツ」の字が置かれる滝川市郷土館「滝川市の年表」
  160. 1894年岩見沢市旧北村で山梨県の北村雄治が狐森一帯に北村農場を開く岩見沢市北村支所「北村のあゆみ」
  161. 1894年岩見沢市旧栗沢町に清真布駅(今の栗沢駅)が置かれる岩見沢市郷土科学館「岩見沢の鉄道の歴史」
  162. 1894年南幌町三重移住団体の50戸が江別川から舟を引いて上り、入植地に着く南幌町教育委員会「南幌町の史跡標柱」
  163. 1894年由仁町外山久太郎が千歳方面から種籾を移入し、古山で稲作を試みる由仁町「由仁町の歴史」
  164. 1894年砂川市開村時に11人だった人口が2,331人に増える砂川市「砂川の軌跡」
  165. 1894年芦別市石川県と富山県の一団がパンケホロナイ(常磐)に入植する芦別市「沿革」
  166. 1894年沼田町富山県の沼田喜三郎が郷里から18戸の移住を図り、開拓が始まる沼田町「沼田町の紹介」
  167. 1894年5月奈井江町屯田工兵30戸が茶志内に入地する奈井江町町政要覧 年表編
  168. 1894年5月滝川市旧江部乙町の地に屯田兵400戸が入地する滝川市郷土館「滝川市の年表」
  169. 1894年8月1日由仁町川端駅ができる由仁町「由仁町の歴史」
  170. 1894年9月長沼町馬追運河と幌向原野の運河排水の工事が始まる長沼町「長沼町の歴史・明治時代」
  171. 1895年南幌町江別と長沼を結ぶ西12号道路が開通する南幌町教育委員会「南幌町の史跡標柱」
  172. 1895年栗山町角田村水利組合がつくられる栗山町「略史」
  173. 1895年砂川市奈江村戸長役場が置かれる砂川市「歴史年表」
  174. 1895年赤平市空知炭礦の疎水坑が空知川に向けて開かれ、赤平で初の炭鉱着工となる赤平市「赤平の炭鉱遺産」
  175. 1895年深川市屯田兵が一已に200戸、納内に100戸入植し、翌年も同じ数が入る深川市「開拓のころ」
  176. 1895年深川市各府県から募った屯田兵1000戸で屯田歩兵第一大隊が編成される深川市『石に刻まれた歴史 深川の記念碑』(令和5年)
  177. 1895年深川市愛媛県宇摩郡の住民42戸の団体が北海道へ渡る(のちの旧多度志町宇摩)深川市『石に刻まれた歴史 深川の記念碑』(令和5年)
  178. 1895年秩父別町明治28・29年の両年で計400戸の屯田兵とその家族が入植する秩父別町「秩父別の概要」
  179. 1895年秩父別町秩父別に入った屯田兵は一已・納内とともに屯田歩兵第一大隊と呼ばれる深川市「史跡」
  180. 1895年秩父別町秩父神社が創建される秩父別町史 続三巻
  181. 1895年芦別市富山県から移った干場伊五郎がレンガの倉庫(旧干場家レンガ倉庫)を建てる文化遺産オンライン「旧干場家レンガ倉庫」
  182. 1895年深川市屯田兵が旧一已・旧納内と秩父別に入り、屯田歩兵第一大隊と呼ばれる(翌年まで)深川市「史跡」
  183. 1895年1月南幌町板垣贇夫の住宅を仮事務所として幌向郵便局が置かれる南幌町教育委員会「南幌町の史跡標柱」
  184. 1895年2月新十津川町私立新十津川文武館が開校する新十津川町「あゆみ 明治」
  185. 1895年4月17日由仁町愛知県の加藤平五郎が小作人19人を連れて三川に移住する由仁町「由仁町の歴史」
  186. 1895年5月美唄市沼貝村の戸長役場が独立して開庁する美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  187. 1895年5月滝川市旧江部乙町の屯田兵がリンゴの苗木を共同で買って植える滝川市郷土館「滝川市の年表」
  188. 1895年5月1日長沼町長沼村戸長役場が置かれる長沼町「長沼町の歴史・明治時代」
  189. 1895年5月15日秩父別町秩父別に初めて開拓の鍬が下ろされる秩父別町史 続三巻
  190. 1895年7月1日深川市屯田歩兵第一大隊本部が開設され、時を知らせる鐘が置かれる深川市『石に刻まれた歴史 深川の記念碑』(令和5年)
  191. 1895年9月歌志内市国木田独歩が村を訪れる歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  192. 1895年11月22日南幌町村界の変更が確定し、幌向村戸長役場が置かれる南幌町教育委員会「南幌町の史跡標柱」
  193. 1895年12月奈井江町奈井江炭鉱が発見される奈井江町町政要覧 年表編
  194. 1896年南幌町夕張川と江別川の落差を使った閘門式の幌向運河が完成し、舟で物資を運ぶ南幌町教育委員会「南幌町の史跡標柱」
  195. 1896年三笠市1892年までに亡くなった囚人965人分を集め、合葬之墓が設けられる三笠ジオパーク「三笠エリア 開拓を担った囚人たちの足跡」
  196. 1896年深川市稲づくりを禁じられていた一已の屯田兵の一人が稲の栽培に成功する深川市「米作りへの挑戦」
  197. 1896年深川市旧多度志町で石橋末吉が448ヘクタールの土地を借り、石橋農場を開く深川市「開拓のころ」
  198. 1896年深川市納内でりんごづくりが始まる深川市『石に刻まれた歴史 深川の記念碑』(令和5年)
  199. 1896年妹背牛町鋳物の製造が始まり、町の工業の始まりとなる妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  200. 1896年1月新十津川町北海道製麻会社の新十津川製線所が菊水町に置かれる新十津川町「あゆみ 明治」
  201. 1896年10月1日長沼町運河による長沼と江別の間の運送が始まる長沼町「長沼町の歴史・明治時代」
  202. 1896年11月奈井江町木村平吉が奈井江炭鉱の採炭に取りかかる奈井江町町政要覧 年表編
  203. 1897年由仁町郡役所が廃止され、由仁村が空知支庁の管轄になる由仁町「由仁町の歴史」
  204. 1897年浦臼町聖園教会が浦臼沼の近くに本格的な会堂を建てる浦臼町「うらうすの名建築」
  205. 1897年砂川市歌志内村が奈江村から分かれる砂川市「歴史年表」
  206. 1897年芦別市歌志内村が置かれ、芦別はその字となる芦別市「沿革」
  207. 1897年芦別市野花南から赤平までの殖民道路が切り開かれる芦別市「沿革」
  208. 1897年赤平市赤平に道路が開通する赤平市「赤平市について」
  209. 1897年深川市屯田兵も米を自由に作れるようになる深川市「米作りへの挑戦」
  210. 1897年深川市菊亭農場に石川県から加賀団体が入植する深川市「開拓のころ」
  211. 1897年2月16日由仁町三川駅ができる由仁町「由仁町の歴史」
  212. 1897年4月南幌町福井県出身者の多い大野開墾地に八幡神社が祀られる南幌町教育委員会「南幌町の史跡標柱」
  213. 1897年6月由仁町山形団体が入植する由仁町「由仁町の歴史」
  214. 1897年6月深川市宇摩団体が滝川村の仮住まいから今の多度志町宇摩の地に移り開拓を始める深川市『石に刻まれた歴史 深川の記念碑』(令和5年)
  215. 1897年7月夕張市由仁村戸長役場から分かれ、登川村戸長役場として独立する夕張市「夕張市の概要」年表
  216. 1897年7月歌志内市歌志内村が置かれる歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  217. 1897年7月15日雨竜町雨竜村戸長役場が開庁する雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  218. 1897年10月岩見沢市空知支庁が置かれる岩見沢市「岩見沢のおいたち」
  219. 1897年11月30日空知全体空知・夕張・雨竜・樺戸を受け持つ空知支庁が置かれる空知総合振興局「空知のあゆみ」
  220. 1898年由仁町石狩川・夕張川・空知川が大氾濫する由仁町「由仁町の歴史」
  221. 1898年栗山町夕張川の大洪水で82名が溺れて亡くなり、92戸が流される栗山町「略史」
  222. 1898年月形町石狩川が1週間にわたり氾濫し、人畜の死傷や家屋の流失が出る月形町 第11章 年表
  223. 1898年浦臼町坂本龍馬の甥の坂本直寛が46歳で高知から浦臼に移り住む浦臼町「うらうすの名建築」
  224. 1898年浦臼町友成士寿太郎が3万坪(9.9ヘクタール)の土地を神社のために寄進する浦臼町「浦臼神社」(Internet Archive 保存版)
  225. 1898年砂川市砂川から旭川までの鉄道が開通する砂川市「歴史年表」
  226. 1898年深川市測量の開始から3年後に鉄道が深川まで開通する深川市「開拓のころ」
  227. 1898年妹背牛町函館本線の妹背牛駅が開業する妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  228. 1898年7月滝川市空知太駅から旭川までの上川線が開通する滝川市郷土館「滝川市の年表」
  229. 1898年7月滝川市空知太駅が移転して滝川駅となる滝川市郷土館「滝川市の年表」
  230. 1898年7月滝川市旧江部乙町に江部乙駅が置かれる滝川市郷土館「滝川市の年表」
  231. 1898年7月雨竜町樺戸監獄を脱走した6名が雨竜で強盗に押し入る雨竜町「雨竜の歴史 施設編」
  232. 1898年9月長沼町大水害で夕張川沿岸の村に被害が出て、70余名が亡くなる長沼町「長沼町の歴史・明治時代」
  233. 1898年9月美唄市石狩川と美唄川が大洪水となり、以後も洪水が続く美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  234. 1898年9月奈井江町連日の豪雨で石狩川が氾濫し、大洪水となる奈井江町町政要覧 年表編
  235. 1898年9月新十津川町石狩川の大洪水で大きな被害が出る新十津川町「あゆみ 明治」
  236. 1898年9月滝川市石狩川と空知川が氾濫し、大きな被害が出る滝川市郷土館「滝川市の年表」
  237. 1899年月形町月形村から浦臼村が分かれる月形町 第11章 年表
  238. 1899年浦臼町月形村から分かれて浦臼村となる浦臼町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  239. 1899年芦別市下芦別に郵便局ができる芦別市「沿革」
  240. 1899年上砂川町福井県鶉村からの開拓者9人が入り、開拓が始まる上砂川町「上砂川町の概要」
  241. 1899年深川市深川〜幌加内間の道路工事にあわせ旧多度志町の鷹泊に駅逓ができる深川市「開拓のころ」
  242. 1899年雨竜町北竜村を分村する雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  243. 1899年北竜町雨竜から行政区を分け戸長役場を置き、北竜村として発足する北竜町「北竜町の概要」
  244. 1899年2月南幌町青葉尋常小学校が開校する南幌町教育委員会「令和5年度 南幌町の教育」教育行政の変遷
  245. 1899年5月奈井江町奈井江市街で大火があり、市街のほとんどが焼ける奈井江町町政要覧 年表編
  246. 1900年由仁町角田(今の栗山町)を分け、由仁村農会がつくられる由仁町「由仁町の歴史」
  247. 1900年栗山町角田村戸長役場が置かれる栗山町「略史」
  248. 1900年栗山町角田村の戸口が1,200戸、5,000人を超える栗山町「町名の由来・歴史」
  249. 1900年砂川市人口が7,000人余りに達する砂川市「砂川の軌跡」
  250. 1900年芦別市歌志内村から分かれて芦別村となる芦別市「沿革」
  251. 1900年芦別市上班渓の御料地で枕木の用材が切り出され、芦別の林業が始まる芦別市「沿革」
  252. 1900年深川市旧多度志町に多度志駅逓ができる深川市「開拓のころ」
  253. 1900年夕張市北炭夕張炭鉱の天龍坑の人車斜坑坑口がつくられる文化遺産オンライン「旧北炭夕張炭鉱天龍坑人車斜坑坑口」
  254. 1900年栗山町小林酒造の一番蔵が建てられる文化遺産オンライン「小林酒造一番蔵」
  255. 1900年芦別市富山県砺波地方から本町地区に入った人々が芦別獅子を始める文化遺産オンライン「芦別獅子」
  256. 1900年6月歌志内市芦別村が歌志内村から分かれる歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  257. 1900年7月岩見沢市1級町村制による岩見沢村になる岩見沢市「岩見沢のおいたち」
  258. 1900年7月歌志内市歌志内の市街がすべて焼ける歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  259. 1900年7月1日岩見沢市旧北村が岩見沢村から分かれて独立し、北村雄治の姓から村名を付ける岩見沢市北村支所「北村のあゆみ」
  260. 1901年栗山町夕張川に馬追橋が架かる栗山町「略史」
  261. 1901年三笠市空知集治監が廃止される三笠市立博物館「展示室5 集治監と囚人」三笠ジオパーク「三笠エリア 開拓を担った囚人たちの足跡」
  262. 1901年月形町月形市街で大火があり、55戸が焼ける月形町 第11章 年表
  263. 1901年新十津川町ソッチ川の奥で砂金が見つかり、採取が始まる新十津川町「あゆみ 明治」
  264. 1901年砂川市石狩川と空知川が氾濫し、袋地ができる砂川市「歴史年表」
  265. 1901年秩父別町秩父別郵便局が置かれる秩父別町史 続三巻
  266. 1901年栗山町小林家住宅の主屋が建てられる文化遺産オンライン「小林家住宅主屋」
  267. 1901年3月美唄市屯田兵が全員満期となり、各隊が解散する美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  268. 1901年3月滝川市旧江部乙町の屯田兵が現役を終え、後備役に入る滝川市郷土館「滝川市の年表」
  269. 1902年由仁町由仁村に2級町村制が施かれる由仁町過疎地域持続的発展市町村計画(令和6年9月改定)
  270. 1902年栗山町角田村に2級村制が施かれる栗山町「略史」
  271. 1902年月形町樺戸の囚徒が永山の屯田兵入植のため兵屋300戸を建てる月形町 第11章 年表
  272. 1902年滝川市玉ねぎの栽培が始まる滝川市郷土館「滝川市の年表」
  273. 1902年砂川市二級町村制が敷かれる砂川市「歴史年表」
  274. 1902年深川市深川村に2級町村制が施行され、その5年後に1級町村制となる2012深川市勢要覧「米のまち深川小史」
  275. 1902年3月31日深川市屯田歩兵第一大隊が解隊する深川市『石に刻まれた歴史 深川の記念碑』(令和5年)
  276. 1902年4月1日長沼町長沼村に2級町村制が施かれる長沼町「長沼町の歴史・明治時代」
  277. 1902年4月1日新十津川町二級町村制が施行される新十津川町の沿革(例規集)
  278. 1903年月形町集治監制度の廃止で、樺戸集治監が一般の行刑施設の樺戸監獄となる月形町「監獄の廃監とその後の月形1」
  279. 1903年砂川市奈江村が砂川村と改称する砂川市「歴史年表」
  280. 1903年8月奈井江町奈江村が砂川村と名前を変える奈井江町町政要覧 年表編
  281. 1904年雨竜町蜂須賀農場のかんがい溝が完成する雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  282. 1904年6月30日南幌町連日の豪雨で夕張川が氾濫し、明治31年の洪水に並ぶ被害となる南幌町地域防災計画 第2章 南幌町の概況
  283. 1905年岩見沢市旧栗沢町の万字で北炭が万字坑を開き、市内の鉱業が始まる岩見沢市郷土科学館「岩見沢の炭鉱の歴史」
  284. 1905年月形町囚徒延べ43,000人の手で灌漑水路が完成し、米作りの基礎となる月形町 第11章 年表
  285. 1905年砂川市空知太大橋が架けられる砂川市「歴史年表」
  286. 1905年10月由仁町北海道で初めての灌漑用の大貯水池が古山に完成する由仁町「由仁町の歴史」
  287. 1906年月形町月形村に二級町村制が施行される月形町 第11章 年表
  288. 1906年浦臼町聖園教会が石狩川の洪水を避け、会堂を今の場所に移す浦臼町「うらうすの名建築」
  289. 1906年秩父別町屯田兵の子孫が京都の伏見稲荷から分霊を受け稲荷神社を建てる秩父別町史 続三巻
  290. 1906年空知全体鉄道の国有化で北炭が鉄道を国に売り、鉄道事業から手を引く空知総合振興局「そらちミニ炭鉱史」
  291. 1906年2月岩見沢市岩見沢村が町制を施き、岩見沢町になる岩見沢市「岩見沢のおいたち」
  292. 1906年4月夕張市二級町村制が施かれ、登川村となる夕張市「夕張市の概要」年表
  293. 1906年4月美唄市沼貝村に二級町村制が施行される美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  294. 1906年4月三笠市市来知・幌内・幾春別の3村が合併し三笠山村となる三笠ジオパーク「市来知村の開村」
  295. 1906年4月滝川市滝川村に二級町村制が敷かれる滝川市郷土館「滝川市の年表」
  296. 1906年4月歌志内市二級町村制が敷かれる歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  297. 1906年4月1日南幌町南幌尋常高等小学校が認可される南幌町教育委員会「南幌町の史跡標柱」
  298. 1906年10月歌志内市歌志内線が国鉄に移管される歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  299. 1907年栗山町角田村に1級村制が施かれ、泉麟太郎が初代村長となる栗山町「略史」
  300. 1907年砂川市一級町村制が敷かれる砂川市「歴史年表」
  301. 1907年4月1日新十津川町一級町村制が施行される新十津川町の沿革(例規集)
  302. 1907年5月31日長沼町1級町村制による初めての村会選挙が行われる長沼町「長沼町の歴史・明治時代」
  303. 1907年7月夕張市大夕張炭鉱会社がつくられる夕張市「夕張市の概要」年表
  304. 1908年岩見沢市函館に次いで道内で2番目の上水道ができる岩見沢市「岩見沢のおいたち」
  305. 1908年1月夕張市新夕張五番坑でガス爆発が起き、93名が亡くなる夕張市「夕張市の概要」年表
  306. 1908年8月三笠市幌内市街で大火があり、300戸あまりが焼ける三笠市消防本部「沿革・市勢」
  307. 1908年12月24日雨竜町雨竜に巡査駐在所が置かれる雨竜町「雨竜の歴史 施設編」
  308. 1909年岩見沢市旧北村で大出水があり、治水を求める声が上がる岩見沢市北村支所「北村のあゆみ」
  309. 1909年南幌町幌向村に2級町村制が施かれる南幌町議会「議会の概要(令和3年度)」
  310. 1909年砂川市砂川市街の大火で120戸あまりが焼ける砂川市「歴史年表」
  311. 1909年4月美唄市一級町村制が施行され、年末の戸数は2,108戸、人口は12,548人になる美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  312. 1909年4月滝川市江部乙村が滝川村から分かれる滝川市郷土館「滝川市の年表」
  313. 1909年8月28日深川市石狩川の水を引くため深川土功組合が設立される深川市『石に刻まれた歴史 深川の記念碑』(令和5年)
  314. 1910年浦臼町浦臼神社が落成する浦臼町「浦臼神社」(Internet Archive 保存版)
  315. 1910年深川市深川〜留萌間に留萌線が開通する深川市「開拓のころ」
  316. 1910年秩父別町国鉄留萌本線の開通で町の交通網が整い始める秩父別町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  317. 1910年4月長沼町長沼土功組合の一期工事が始まり、11月に完成する長沼町「長沼町の歴史・明治時代」
  318. 1910年11月滝川市滝川村が滝川町と改称する滝川市郷土館「滝川市の年表」
  319. 1911年雨竜町国領に群馬県の罹災移民30戸が入地する雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  320. 1911年5月新十津川町村内各地の山火事が強風で広がり、日進などで民家125戸が焼ける新十津川町「あゆみ 明治」
  321. 1911年8月三笠市幾春別川が氾濫し、300戸あまりが浸水する三笠市消防本部「沿革・市勢」
  322. 1911年8月16日長沼町夕張川が大氾濫し、995人を収容して救う長沼町「長沼町の歴史・明治時代」
  323. 1912年栗山町栗山の市街地に電話が通じる栗山町「略史」
  324. 1912年深川市石狩川から水を引く用水路の工事が始まる深川市「米作りへの挑戦」
  325. 1912年4月南幌町松田与三により幌向の駅逓所が開かれる南幌町教育委員会「南幌町の史跡標柱」
  326. 1912年6月夕張市三菱鉱業が大夕張炭鉱会社を買い取り、経営する夕張市「夕張市の概要」年表

大正83行

  1. 1913年由仁町低温と暴風雨で大凶作となる由仁町「由仁町の歴史」
  2. 1913年栗山町低温と暴風雨で大凶作となり、収穫がなくなる栗山町「略史」
  3. 1913年三笠市三笠で大凶作が起こる三笠ジオパーク「三笠エリア 開拓を担った囚人たちの足跡」
  4. 1913年奈井江町春から寒さが続き、大凶作となる奈井江町町政要覧 年表編
  5. 1913年芦別市滝川から下富良野までの鉄道が開通する芦別市「沿革」
  6. 1913年芦別市下芦別・野花南・奔茂尻の各駅が置かれる芦別市「沿革」
  7. 1913年芦別市三菱合資会社が石炭を試掘する芦別市「沿革」
  8. 1913年赤平市下富良野線が開通し、沿線の炭鉱開発が急速に進む赤平市「赤平の炭鉱遺産」
  9. 1913年夕張市北炭が北海道支店を岩見沢から夕張に移し、接待用の鹿ノ谷倶楽部(夕張鹿鳴館)を建てる空知総合振興局「そらちミニ炭鉱史」
  10. 1913年2月美唄市徳田炭鉱(のちの新美唄炭鉱)が開鉱する美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  11. 1913年9月8日雨竜町降ひょうで稲が壊滅的な打撃を受け大凶作となる雨竜町「雨竜の歴史 農業編」
  12. 1913年11月滝川市滝川から分かれる下富良野線が開業する滝川市郷土館「滝川市の年表」
  13. 1914年岩見沢市志文から万字炭山までの万字線が開通する岩見沢市郷土科学館「岩見沢の鉄道の歴史」
  14. 1914年栗山町チフスが流行し、隔離病舎が建てられる栗山町「略史」
  15. 1914年砂川市砂川市街に電灯がともる砂川市「歴史年表」
  16. 1914年上砂川町三井鉱山株式会社が石炭の事業を始める上砂川町「上砂川町の概要」
  17. 1914年上砂川町上砂川炭坑で採炭が始まる砂川市「歴史年表」
  18. 1914年沼田町北竜村から分かれて上北竜村となり、戸長役場を置く沼田町「沼田町の紹介」
  19. 1914年11月美唄市石狩石炭の美唄軽便鉄道が開業する(のちの美唄鉄道)空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  20. 1914年9月滝川市市街に初めて電灯がともる滝川市郷土館「滝川市の年表」
  21. 1914年11月夕張市若鍋第二斜坑でガス爆発が起き、423名が亡くなる夕張市「夕張市の概要」年表
  22. 1915年上砂川町三井砂川炭坑が開坑する砂川市「歴史年表」
  23. 1915年雨竜町2級町村制が施行される雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  24. 1915年4月美唄市三菱合資会社が飯田美唄炭鉱を買い取り、三菱美唄炭鉱となる美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  25. 1915年4月北竜町2級町村制が施行される北竜町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  26. 1916年深川市石狩川から水を引く用水路が完成する深川市「米作りへの挑戦」
  27. 1917年深川市今の深川橋の近くに船橋が造られる深川市「開拓のころ」
  28. 1917年三笠市北炭幌内炭鉱の布引立坑ができる空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  29. 1918年岩見沢市旧栗沢町で美流渡炭鉱が万字炭鉱から独立する岩見沢市郷土科学館「岩見沢の炭鉱の歴史」
  30. 1918年砂川市砂川から上砂川までの鉄道が開通する砂川市「歴史年表」
  31. 1918年芦別市野花南発電所が操業を始める芦別市「沿革」
  32. 1918年芦別市芦別炭鉱が盤の沢で石炭を掘り始める芦別市「沿革」
  33. 1918年赤平市茂尻炭礦が開鉱する赤平市「赤平市について」
  34. 1918年上砂川町砂川炭鉱の石炭を運ぶ専用線の上砂川駅(貨物駅)が開業する空知総合振興局「そらち炭鉱の記憶をめぐる 旧上砂川駅舎(悲別駅舎)」
  35. 1918年深川市深川村が町制を施行する深川市過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  36. 1918年沼田町幌加内村を分割する沼田町「沼田町の紹介」
  37. 1918年2月夕張市登川村が夕張町と名を改める夕張市「夕張市の概要」年表
  38. 1919年岩見沢市旧北村で二級町村制が施かれ、北村が二級村になる岩見沢市北村支所「北村のあゆみ」
  39. 1919年由仁町由仁の市街地に電灯がともる由仁町「由仁町の歴史」
  40. 1919年長沼町夕張川新水路の計画が道の拓殖計画の改正で動き出す長沼町「長沼町の歴史・大正時代」
  41. 1919年栗山町栗山と角田の市街地に電灯がつく栗山町「略史」
  42. 1919年沼田町二級町村制を施行する沼田町「沼田町の紹介」
  43. 1919年三笠市夕張からの北炭の高圧送電線の開通に合わせ、幌内変電所が建てられる空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  44. 1919年美唄市美唄鉄道の4110形式蒸気機関車がつくられる空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  45. 1919年1月月形町勅令により樺戸監獄が廃監となる月形町「監獄の廃監とその後の月形1」
  46. 1919年2月奈井江町奈井江の全村でインフルエンザの患者が続出し、多くの死者が出る奈井江町町政要覧 年表編
  47. 1919年4月夕張市夕張に一級町村制が施かれる夕張市「夕張市の概要」年表
  48. 1919年4月歌志内市一級町村制が敷かれる歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  49. 1920年栗山町第1回国勢調査で人口が15,406人となる栗山町「略史」
  50. 1920年月形町村役場の庁舎を元の監獄事務所の跡に移す月形町 第11章 年表
  51. 1920年芦別市上芦別駅が置かれる芦別市「沿革」
  52. 1920年雨竜町蜂須賀農場で小作争議が起こる雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  53. 1920年7月1日長沼町幌向村の木詰地区が長沼村に編入される長沼町「長沼町の歴史・大正時代」
  54. 1920年8月新十津川町徳富川が大出水して氾濫する新十津川町「あゆみ 大正」
  55. 1920年9月27日長沼町夕張川改修工事が始まり、用地の買収が始まる長沼町「長沼町の歴史・大正時代」
  56. 1920年10月夕張市第1回国勢調査で人口が51,064人、世帯が10,840となる夕張市「夕張市の概要」年表
  57. 1920年10月美唄市第1回国勢調査で6,409世帯、人口32,321人となる美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  58. 1921年雨竜町蜂須賀農場で10名の検挙者が出る雨竜町「雨竜の歴史 農業編」
  59. 1922年南幌町北海道の治水計画にもとづき、夕張川新水路の開削が始まる南幌町教育委員会「南幌町の史跡標柱」
  60. 1922年沼田町上北竜村を沼田村と改める沼田町「沼田町の紹介」
  61. 1922年栗山町小林酒造の製麹室が建てられる文化遺産オンライン「小林酒造製麹室」
  62. 1922年4月歌志内市赤平村が歌志内村から分かれる歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  63. 1922年4月1日赤平市歌志内村から分かれて二級町村の赤平村ができる赤平市「赤平市について」
  64. 1922年8月滝川市水害で空知川の鉄橋が流される滝川市郷土館「滝川市の年表」
  65. 1922年12月美唄市美唄川の放水溝が開通する美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  66. 1923年浦臼町市街の大火で、尾花商店は石造の蔵だけが焼け残る浦臼町「うらうすの名建築」
  67. 1923年砂川市砂川村に町制が敷かれ砂川町となる砂川市「歴史年表」
  68. 1923年妹背牛町妹背牛商工会が設立される妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  69. 1923年美唄市三菱美唄炭鉱に深さ170mの立坑がつくられる空知総合振興局「旧三菱美唄炭鉱施設(炭鉱メモリアル森林公園)」
  70. 1923年1月妹背牛町深川村から分かれて妹背牛村となり、同時に一級町村制が施行される妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  71. 1924年砂川市北海土功組合の灌漑溝の工事が始まる砂川市「歴史年表」
  72. 1924年歌志内市北炭の送電線が空知炭鉱に届き、レンガ造の神威変電所が建てられる空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  73. 1924年12月奈井江町奈井江と砂川の間の鉄道の複線工事が完成する奈井江町町政要覧 年表編
  74. 1925年6月美唄市町制を施行して沼貝町となる美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  75. 1926年岩見沢市大和町に岩見沢駅操車場が開かれる岩見沢市郷土科学館「岩見沢の鉄道の歴史」
  76. 1926年栗山町夕張鉄道の栗山から夕張までが開通する栗山町「略史」
  77. 1926年月形町本道初の小作争議が起こり、日農月形支部が結成される月形町 第11章 年表
  78. 1926年上砂川町砂川から上砂川までが函館本線として旅客営業を始める空知総合振興局「そらち炭鉱の記憶をめぐる 旧上砂川駅舎(悲別駅舎)」
  79. 1926年上砂川町若山牧水が雪の上砂川を訪れて歌を詠む上砂川町「観光情報」
  80. 1926年上砂川町上砂川支線が鉄道省の函館本線に組み込まれ、上砂川駅で旅客の扱いが始まる空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  81. 1926年滝川市五十嵐酒造店の木骨石造の倉庫(今の太郎吉蔵)が建てられる空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  82. 1926年6月美唄市町名を美唄町に改める美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  83. 1926年10月夕張市夕張鉄道の新夕張から栗山までが開通する夕張市「夕張市の概要」年表

昭和の戦前と戦中75行

  1. 1927年妹背牛町農地の約90%が水稲の作付けとなる妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  2. 1927年雨竜町蜂須賀農場で自作農の創設に着手する雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  3. 1928年由仁町夕張川の大洪水で鉄橋が落ち、堤防が切れる由仁町「由仁町の歴史」
  4. 1928年芦別市芦別大火で158戸が焼ける芦別市「沿革」
  5. 1928年3月南幌町幌向駅逓所の建物(今の旧幌向駅逓所)が建てられる文化遺産オンライン「旧幌向駅逓所」南幌町「旧幌向駅逓所」
  6. 1928年8月美唄市三井鉱山が進出し、三井美唄炭鉱が発足する美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  7. 1929年長沼町南長沼土功組合の灌漑水路が完成し、1,840町歩が新しく水田になる長沼町「長沼町の歴史・昭和元年~昭和10年」
  8. 1929年砂川市北海土功組合の灌漑溝に水が通る砂川市「歴史年表」
  9. 1930年月形町雪印乳業の月形工場が開設される(1964年まで)月形町 第11章 年表
  10. 1930年11月夕張市夕張鉄道の栗山から野幌までが開通する夕張市「夕張市の概要」年表
  11. 1930年11月南幌町夕張鉄道が開通し、町内に南幌向駅が設けられる南幌町教育委員会「南幌町の史跡標柱」
  12. 1930年11月長沼町夕張鉄道が開通し、長沼駅の設置で北市街地が生まれる長沼町「長沼町の歴史・昭和元年~昭和10年」
  13. 1931年深川市旧深川橋が完成する深川市「開拓のころ」
  14. 1931年妹背牛町村役場の庁舎が建てられる(のちの郷土館)妹背牛町「郷土館」
  15. 1931年沼田町クラウス15号蒸気機関車が留萌鉄道で石炭運搬に使われ始める沼田町「クラウス15号蒸気機関車」空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  16. 1931年10月新十津川町札沼線の沼田と中徳富の間が開通する新十津川町「あゆみ 昭和(前期)」
  17. 1931年11月南幌町夕張鉄道の開通を受けて駅逓所が廃止される南幌町教育委員会「南幌町の史跡標柱」
  18. 1932年岩見沢市旧北村で石狩川の大水害が起き、村で最大の被害となる岩見沢市北村支所「北村のあゆみ」
  19. 1932年深川市旧納内橋が完成する深川市「開拓のころ」
  20. 1932年9月新十津川町河川が氾濫し、300戸と田畑1,000町歩が浸水する新十津川町「あゆみ 昭和(前期)」
  21. 1932年9月5日長沼町豪雨で夕張川と千歳川が大氾濫し、戦前の昭和で最大の水害となる長沼町「長沼町の歴史・昭和元年~昭和10年」
  22. 1933年芦別市三菱鉱業が不況のため休業する芦別市「沿革」
  23. 1934年浦臼町札沼線が石狩沼田から浦臼まで開通する月形町「監獄の廃監とその後の月形1」
  24. 1934年10月新十津川町札沼線の中徳富と浦臼の間が開通する新十津川町「あゆみ 昭和(前期)」
  25. 1935年月形町札沼線が全線開通し、月形村に初めての列車が来る月形町 第11章 年表
  26. 1935年月形町汽船による石狩川の運航が廃止される月形町 第11章 年表
  27. 1935年赤平市国勢調査の人口が10,927人となる令和7年度版赤平市統計書 第2編 人口
  28. 1935年深川市旧多度志町の宮本農場が小作人に開放され、計298町・小作98戸の土地が渡る深川市『石に刻まれた歴史 深川の記念碑』(令和5年)
  29. 1935年雨竜町札沼線が全線開通する雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  30. 1935年7月30日南幌町木詰の15号と17号の間で堤防が2か所切れる南幌町地域防災計画 第2章 南幌町の概況
  31. 1935年10月新十津川町札沼線が全線開通する新十津川町「あゆみ 昭和(前期)」
  32. 1935年10月滝川市札沼線が全線開通する滝川市郷土館「滝川市の年表」
  33. 1936年夕張市北炭夕張炭鉱専用鉄道の高松跨線橋がつくられる文化遺産オンライン「旧北炭夕張炭鉱専用鉄道高松跨線橋」
  34. 1936年8月17日南幌町夕張川新水路が全面開通し、旧河道が閉じられる南幌町教育委員会「南幌町の史跡標柱」
  35. 1936年8月17日長沼町新夕張川の通水式が江別で行われる長沼町「長沼町の歴史・昭和11年~昭和20年」
  36. 1937年長沼町夕張川の切替で水害がなくなり、西南部の未開地の原野開拓が始まる長沼町「長沼町の歴史・昭和11年~昭和20年」
  37. 1937年赤平市豊里炭鉱が開坑する赤平市「赤平の炭鉱遺産」
  38. 1937年5月美唄市美唄市街で大火があり、372戸が焼ける美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  39. 1937年10月歌志内市歌志内トンネルが貫通する歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  40. 1938年美唄市朝鮮人労働者の強制連行が始まる美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  41. 1938年芦別市高根第一炭鉱が開坑する芦別市「沿革」
  42. 1938年赤平市住友赤平炭鉱と赤間炭鉱が開坑し、大手4炭鉱がそろう赤平市「赤平の炭鉱遺産」
  43. 1938年滝川市人造石油をつくる北海道人造石油株式会社ができる空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  44. 1938年5月三笠市弥生市街で大火があり、240戸が焼ける三笠市消防本部「沿革・市勢」
  45. 1938年5月奈井江町住友鉱業が採炭に取りかかる奈井江町町政要覧 年表編
  46. 1938年6月19日雨竜町雨竜市街で大火が起き、57戸が焼け308名が被災する雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  47. 1938年10月夕張市夕張天竜坑でガス爆発が起き、161名が亡くなる夕張市「夕張市の概要」年表
  48. 1939年南幌町白鳥沼が干拓され、農地になる南幌町教育委員会「南幌町の史跡標柱」
  49. 1939年砂川市東圧北海道工業所の建設が始まる砂川市「歴史年表」空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  50. 1939年芦別市三井鉱業所の一坑が開坑する芦別市「沿革」
  51. 1939年6月滝川市北海道人造石油の工場ができる滝川市郷土館「滝川市の年表」
  52. 1940年芦別市三井鉱業所が芦別から西芦別までの鉄道を敷く芦別市「沿革」
  53. 1940年赤平市国勢調査の人口が22,830人となる令和7年度版赤平市統計書 第2編 人口
  54. 1940年4月歌志内市歌志内村に町制が敷かれる歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  55. 1941年長沼町千歳川橋が架かり、札幌から夕張までの道路が全線開通する長沼町「長沼町の歴史・昭和11年~昭和20年」
  56. 1941年芦別市芦別村に町制が敷かれる芦別市「沿革」
  57. 1941年深川市深川〜名寄間の深名線が完成する深川市「開拓のころ」
  58. 1941年3月美唄市三菱美唄鉱の通洞坑でガス爆発が起き、177人が死亡、22人が負傷する美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  59. 1942年滝川市北海道人造石油の滝川工場で製造が始まる空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  60. 1942年9月三笠市町制を施行して三笠町となる三笠市 計画書「三笠のあゆみ年表」
  61. 1943年岩見沢市岩見沢町が全国で201番目、道内で10番目に市制を施く岩見沢市「岩見沢の誕生と成長」
  62. 1943年2月11日赤平市赤平村に町制が敷かれる赤平市「赤平市について」
  63. 1943年4月夕張市夕張町が市制を施き、夕張市になる夕張市「夕張市の概要」
  64. 1943年9月美唄市石狩川と美唄川の大洪水で死傷者30人、流失家屋58戸となる美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  65. 1944年砂川市奈井江村が砂川町から分かれる砂川市「歴史年表」
  66. 1944年砂川市分村後の砂川町は6,015戸、32,434人となる砂川市「歴史年表」
  67. 1944年芦別市明治鉱業が東芦別炭鉱を買い取り開業する芦別市「沿革」
  68. 1944年芦別市三井鉱業所の二坑が開坑する芦別市「沿革」
  69. 1944年雨竜町札沼線が撤去される雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  70. 1944年栗山町小林酒造の事務所(今の蔵元北の錦記念館)が建てられる文化遺産オンライン「小林酒造旧事務所(蔵元北の錦記念館)」
  71. 1944年4月奈井江町砂川町から分かれて奈井江村が独立する奈井江町町政要覧 年表編
  72. 1944年7月美唄市炭鉱への中国人労働者の強制連行が始まる美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  73. 1945年上砂川町石炭の増産のため実在の炭鉱夫をモデルに坑夫像が作られる空知総合振興局「そらち炭鉱の記憶をめぐる かみすながわ炭鉱館・坑夫像(敢闘像)」
  74. 1945年芦別市三井芦別鉄道の炭山川橋梁がこのころつくられる文化遺産オンライン「旧三井芦別鉄道炭山川橋梁」
  75. 1945年6月美唄市三井美唄鉱に連合軍の捕虜収容所が置かれる美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」

戦後の昭和308行

  1. 1945年10月滝川市人造石油の生産が止まる滝川市郷土館「滝川市の年表」
  2. 1946年月形町石狩炭鉱が中野の奥で石炭の採掘を始める月形町 第11章 年表
  3. 1946年砂川市東圧北海道工業所が硫安の生産を始める砂川市「歴史年表」
  4. 1946年9月奈井江町美唄町茶志内地域の一部が奈井江村に合わさる奈井江町町政要覧 年表編
  5. 1947年長沼町村が開拓事業を代行し、この年31戸が入植する長沼町「長沼町の歴史・昭和21年~昭和30年」
  6. 1947年芦別市三井黄金坑と油谷炭鉱が開坑する芦別市「沿革」
  7. 1947年赤平市臨時国勢調査の人口が40,287人となる令和7年度版赤平市統計書 第2編 人口
  8. 1947年雨竜町牧岡に開拓者が入地する雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  9. 1947年沼田町町制を施行する沼田町「沼田町の紹介」
  10. 1947年5月三笠市幾春別市街の大火で488棟が焼け、977戸・5,081人が被災し、2人が亡くなる三笠市消防本部「沿革・市勢」
  11. 1947年10月奈井江町国勢調査で人口が11,624人となる奈井江町町政要覧 年表編
  12. 1948年長沼町農地解放で地主334名から小作403名へ1,570町余りが渡る長沼町「長沼町の歴史・昭和21年~昭和30年」
  13. 1948年歌志内市常住人口調査で人口が最も多い46,171人となる歌志内市過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  14. 1948年7月新十津川町上徳富池の前地区が滝川町に編入される新十津川町の沿革(例規集)
  15. 1949年栗山町角田村が町制を施き、栗山町と名を改める栗山町史 第13章 年表(略史)
  16. 1949年砂川市上砂川町が砂川町から分かれる砂川市「歴史年表」
  17. 1949年砂川市分町後の砂川町は4,494戸、23,072人となる砂川市「歴史年表」
  18. 1949年上砂川町砂川町と歌志内町の一部が分かれて上砂川町ができる上砂川町「上砂川町の概要」
  19. 1949年1月歌志内市町の一部が分かれて上砂川町ができる歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  20. 1949年4月岩見沢市旧栗沢町の栗沢村が町制を施き、栗沢町になる岩見沢市「岩見沢のおいたち」
  21. 1949年4月25日赤平市茂尻炭鉱の選炭機で火災が起きる赤平市地域防災計画 資料編「赤平市における過去の主な災害」
  22. 1949年5月夕張市本町で大火が起き、繁華街の335戸が焼ける夕張市「夕張市の概要」年表
  23. 1950年赤平市国勢調査の人口が50,371人となる令和7年度版赤平市統計書 第2編 人口
  24. 1950年上砂川町町の総人口が31,406人となる第8期上砂川町総合計画 概要版
  25. 1950年妹背牛町北空知信用金庫が開設される妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  26. 1950年4月美唄市市制を施行し、道内15番目の市として美唄市となる美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  27. 1950年8月新十津川町徳富川の大洪水で4人が亡くなり、被害総額は4億6,800万円となる新十津川町「あゆみ 昭和(前期)」
  28. 1950年9月奈井江町町制を施行して奈井江町となる奈井江町町政要覧 年表編
  29. 1950年11月1日由仁町町制が施かれ、由仁町となる由仁町「由仁町の歴史」
  30. 1951年砂川市北海道電力の砂川発電所が発電を始める砂川市「歴史年表」
  31. 1951年4月奈井江町浦臼村との境界変更が行われる奈井江町町政要覧 年表編
  32. 1952年砂川市砂川と新十津川を結ぶ砂川大橋ができる砂川市「歴史年表」
  33. 1952年上砂川町人口が最も多い32,103人となる上砂川町「上砂川町の概要」
  34. 1952年深川市音江環状列石の一部の調査が始まり、のちに石鏃や硬玉の玉が見つかる文化遺産オンライン「音江環状列石」
  35. 1952年1月奈井江町上砂川町の一部が奈井江町に編入される奈井江町町政要覧 年表編
  36. 1952年1月1日長沼町長沼村が町制を施き、長沼町になる長沼町「長沼町の歴史・昭和21年~昭和30年」
  37. 1952年2月妹背牛町戸数1,537戸・人口9,083人で町制を施行する妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  38. 1953年由仁町夕張川水系で国営大夕張かんがい排水事業が行われる由仁町過疎地域持続的発展市町村計画(令和6年9月改定)
  39. 1953年栗山町北海道で最初に農林省の新農村建設計画の指定を受ける栗山町史 第13章 年表(略史)
  40. 1953年月形町町制を施行して月形町となる月形町 第11章 年表
  41. 1953年芦別市市制が敷かれ芦別市となる芦別市「沿革」
  42. 1953年深川市旧多度志町の鷹泊地区に鷹泊ダムが完成し、周辺の町へ電気とかんがい用水を送る札幌開発建設部「治水100年 雨竜川流域-産業」
  43. 1953年雨竜町札沼線の浦臼〜雨竜間が復元開通する雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  44. 1953年5月秩父別町二級国道旭川留萌線(旭川市〜留萌市)が開通する秩父別町史 続三巻
  45. 1954年栗山町町立病院が日赤に移され、栗山赤十字病院になる栗山町「略史」
  46. 1954年月形町台風15号で死者1人、重軽傷者25人あまり、半壊457棟の被害が出る月形町 第11章 年表
  47. 1954年歌志内市三井鉱山の文珠坑が閉坑する歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  48. 1954年深川市深川町・一已村・納内村・音江村の合併の話が持ち上がる深川市「深川市の誕生」
  49. 1954年雨竜町台風15号で大きな被害を受ける雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  50. 1954年芦別市三井芦別鉱業所の全額負担で頼城小学校のレンガの校舎が建てられる空知総合振興局「そらちミニ炭鉱史」
  51. 1954年7月1日赤平市市制が敷かれ道内で18番目の市となる赤平市「赤平市について」
  52. 1954年9月奈井江町台風15号が来て、およそ4億5,000万円の被害が出る奈井江町町政要覧 年表編
  53. 1955年月形町石狩川の治水工事による月形新水路に水が通る月形町 第11章 年表
  54. 1955年浦臼町国勢調査で人口が7,151人となり、これが最も多い浦臼町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  55. 1955年砂川市国勢調査で人口が3万人を超える砂川市「砂川の軌跡」
  56. 1955年赤平市国勢調査の人口が53,656人となる令和7年度版赤平市統計書 第2編 人口
  57. 1955年赤平市市の水道が給水を始める第6次赤平市総合計画
  58. 1955年深川市合併前の区域の人口が42,520人で最も多くなる(国勢調査)深川市過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  59. 1955年妹背牛町人口が9,421人で最も多くなる(国勢調査)妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  60. 1955年秩父別町人口が7,048人となる秩父別町史 続三巻
  61. 1955年沼田町人口が19,362人に達する沼田町人口ビジョン
  62. 1955年6月滝川市陸上自衛隊が駐屯し、人口が3万人を超える滝川市郷土館「滝川市の年表」
  63. 1955年7月20日沼田町集中豪雨で床上浸水186世帯1,209名、死者1名の被害が出る沼田町地域防災計画(令和8年3月)
  64. 1955年8月18日沼田町集中豪雨で床上浸水281世帯1,717名、死者3名の被害が出る沼田町地域防災計画(令和8年3月)
  65. 1956年雨竜町札沼線が全線で復元開通する雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  66. 1956年雨竜町人口が7,390人で最も多くなる雨竜町「雨竜の歴史 農業編」
  67. 1956年深川市東京大学の駒井和愛教授が音江の環状列石を発掘調査する深川市「深川の記念碑」
  68. 1956年4月美唄市世帯数17,139、人口92,150人で人口が最も多くなる美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  69. 1956年10月滝川市札幌から滝川までの鉄道が複線になる滝川市郷土館「滝川市の年表」
  70. 1956年12月28日深川市音江環状列石(ストーンサークル)が史跡に指定される深川市「史跡」文化遺産オンライン「音江環状列石」
  71. 1957年岩見沢市桂沢多目的ダムが完成し、上水道の拡張と都市計画が進む岩見沢市「岩見沢のおいたち」
  72. 1957年由仁町人口が13,404人で最多となる由仁町過疎地域持続的発展市町村計画(令和6年9月改定)
  73. 1957年三笠市幾春別炭鉱が閉山する三笠ジオパーク「炭鉱の閉山」
  74. 1957年三笠市桂沢ダムが完成し、桂沢湖ができる三笠市「三笠市について」
  75. 1957年浦臼町石狩川の治水事業が始まり、耕地の買収で離農や転出が起きる浦臼町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  76. 1957年秩父別町人口が7,123人で最も多くなる秩父別町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  77. 1957年空知全体炭鉱の数が158と最も多くなり、3分の2を石狩炭田が占める空知総合振興局「そらちミニ炭鉱史」
  78. 1957年1月1日新十津川町町制を施行して新十津川町となる新十津川町の沿革(例規集)
  79. 1957年4月三笠市市制を施行し、道内22番目の市として三笠市となる三笠市 計画書「三笠のあゆみ年表」
  80. 1957年11月3日深川市文化財保護委員会が音江町向陽に史跡音江の環状列石の碑を建てる深川市「深川の記念碑」
  81. 1958年栗山町上水道ができ、市街地への給水が始まる栗山町「略史」
  82. 1958年砂川市市制が敷かれ砂川町が砂川市となる砂川市「歴史年表」
  83. 1958年3月31日砂川市砂川市は6,481戸、31,249人となる砂川市「歴史年表」
  84. 1958年7月滝川市市制が敷かれ滝川市となる滝川市郷土館「滝川市の年表」
  85. 1958年7月歌志内市市制が敷かれ歌志内市となる歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  86. 1959年三笠市炭鉱の発展で三笠の人口が62,781人に達する三笠ジオパーク「大炭鉱時代」
  87. 1959年1月新十津川町下徳富10区の地先が砂川市に編入される新十津川町の沿革(例規集)
  88. 1959年6月奈井江町浦臼町との間に奈井江大橋が完成する奈井江町町政要覧 年表編
  89. 1959年9月三笠市豪雨で45戸が流され、650戸が浸水し、1人が亡くなる三笠市消防本部「沿革・市勢」
  90. 1960年岩見沢市岩見沢と新篠津を結ぶ岩見沢大橋が完成する岩見沢市「岩見沢のおいたち」
  91. 1960年夕張市国勢調査の人口が107,972人で最多となり、その後は減り続ける夕張市過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  92. 1960年長沼町国勢調査の人口が18,763人となり、その後は減り続ける長沼町過疎地域持続的発展市町村計画(案)令和3〜7年度
  93. 1960年浦臼町町制を施行して浦臼町となる浦臼町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  94. 1960年歌志内市国勢調査の人口が38,002人となる歌志内市過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  95. 1960年歌志内市空知炭鉱の立坑が竣工し、閉山まで使われる空知総合振興局「そらち炭鉱の記憶をめぐる 空知炭鉱立坑」空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  96. 1960年秩父別町人口が6,684人となる(国勢調査)秩父別町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  97. 1960年北竜町人口が6,463人で最も多くなる(国勢調査)北竜町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  98. 1960年三笠市住友奔別炭鉱の立坑が動き始める(1971年の閉山まで使われる)空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  99. 1960年2月夕張市夕張第二坑で爆発が起き、42名が亡くなる夕張市「夕張市の概要」年表
  100. 1960年3月新十津川町新十津川ダムが完成する新十津川町「あゆみ 昭和(前期)」
  101. 1960年4月30日赤平市住民登録の人口が最も多い59,430人となる令和7年度版赤平市統計書 第2編 人口
  102. 1961年岩見沢市室蘭本線の複線化と操車場の拡張で、東北以北最大の操車場と呼ばれる岩見沢市郷土科学館「岩見沢の鉄道の歴史」
  103. 1961年雨竜町町制を施行し雨竜町となる雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  104. 1961年7月長沼町7月の集中豪雨で大洪水が起き、災害救助法が適用される長沼町「長沼町の歴史・昭和31年~昭和40年」
  105. 1961年7月奈井江町集中豪雨で石狩川と支川が氾濫し、大きな被害が出る奈井江町町政要覧 年表編
  106. 1961年7月新十津川町石狩川の大水害で2人が亡くなり、被害総額は2億9,353万円となる新十津川町「あゆみ 昭和(前期)」
  107. 1961年7月25日赤平市集中豪雨の水害で累計雨量が146mmとなる赤平市地域防災計画 資料編「赤平市における過去の主な災害」
  108. 1961年9月北竜町町制を施行する北竜町「北竜町の概要」
  109. 1962年岩見沢市旧北村で台風9号・10号による大水害があり、大曲が孤立する岩見沢市北村支所「北村のあゆみ」
  110. 1962年長沼町台風8・9・10号で前年を上回る大水害となる長沼町「長沼町の歴史・昭和31年~昭和40年」
  111. 1962年砂川市石狩川の増水で大水害となり1,252戸が床上浸水する砂川市「歴史年表」
  112. 1962年深川市旧多度志村が町制を施行し多度志町となる深川市『石に刻まれた歴史 深川の記念碑』(令和5年)
  113. 1962年妹背牛町商店の数が121戸で最も多くなる妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  114. 1962年3月夕張市大夕張ダムが完成し、シューパロ湖と名付けられる夕張市「夕張市の概要」年表
  115. 1962年3月滝川市北海道電力の滝川火力発電所が完成する滝川市郷土館「滝川市の年表」
  116. 1962年5月1日南幌町幌向村が南幌町と名を改め、村から町になる南幌町「町の紹介」
  117. 1962年8月新十津川町石狩川の大水害で1人が亡くなり、被害総額は5億7,449万円となる新十津川町「あゆみ 昭和(前期)」
  118. 1962年8月3日赤平市台風9号による水害が起きる赤平市地域防災計画 資料編「赤平市における過去の主な災害」
  119. 1963年栗山町町役場の庁舎が角田から栗山へ移る栗山町「略史」
  120. 1963年月形町月形炭鉱が閉山する月形町 第11章 年表
  121. 1963年芦別市明治鉱業所が閉山する芦別市「沿革」
  122. 1963年赤平市住友赤平炭鉱の立坑が総工費約20億円で完成する赤平市「赤平の炭鉱遺産」
  123. 1963年深川市4町村が合意し「深川市」が誕生する深川市「深川市の誕生」
  124. 1963年赤平市住友赤平炭鉱の立坑櫓が建てられる(1994年の閉山まで使われる)空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  125. 1963年3月歌志内市閉山を止めるための非常事態宣言を出す歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  126. 1963年5月4日赤平市住友泉町で大火が起きる赤平市地域防災計画 資料編「赤平市における過去の主な災害」
  127. 1963年7月美唄市三井美唄炭鉱が閉山し、以後中小炭鉱の閉山が続く美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  128. 1963年9月歌志内市北炭の空知礦と神威礦が閉山する歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  129. 1963年11月奈井江町住友奈井江鉱が閉山し、新会社の大日興産が発足する奈井江町町政要覧 年表編
  130. 1964年浦臼町坂本直寛の住宅が石狩川の治水工事で取り壊される(1964年ごろ)浦臼町「うらうすの名建築」
  131. 1964年芦別市三菱鉱業所が閉山する芦別市「沿革」
  132. 1964年芦別市三井鉱業所の総合立坑が完成する芦別市「沿革」
  133. 1964年秩父別町小学校4校を統合して校舎を建てる秩父別町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  134. 1964年10月3日雨竜町雨竜沼の高層湿原帯が北海道の天然記念物に指定される雨竜町「雨竜の歴史 年表」北海道教育委員会「北海道指定の文化財一覧」
  135. 1964年8月1日由仁町由仁の市街地で上水道の給水が始まる由仁町「由仁町の歴史」
  136. 1965年岩見沢市旧栗沢町の美流渡炭鉱と東幌内炭鉱が合併し、北星炭鉱になる岩見沢市郷土科学館「岩見沢の炭鉱の歴史」
  137. 1965年芦別市油谷炭鉱が閉山する芦別市「沿革」
  138. 1965年妹背牛町函館本線が複線になる妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  139. 1965年北竜町人口が5,445人となる(国勢調査)北竜町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  140. 1965年北竜町昭和35年からの5年間で人口が1,018人減り、最大の減少となる北竜町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  141. 1965年2月夕張市夕張第一鉱の坑内で爆発が起き、62名が亡くなる夕張市「夕張市の概要」年表
  142. 1965年7月歌志内市空知炭礦と赤間礦が合併して統合する歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  143. 1965年10月奈井江町国勢調査で人口が14,583人となる奈井江町町政要覧 年表編
  144. 1966年雨竜町暑寒ダムが完成し、かんがい施設の整備が進む雨竜町「雨竜の歴史 農業編」
  145. 1966年8月長沼町8月の集中豪雨で災害救助法が適用される長沼町「長沼町の歴史・昭和41年~昭和50年」
  146. 1967年月形町旧樺戸集治監本庁舎の役場庁舎が北海道開拓百年記念遺跡に指定される月形町 第11章 年表
  147. 1967年芦別市芦別高根炭鉱が閉山する芦別市「沿革」
  148. 1967年赤平市豊里炭鉱が閉山し、続いて茂尻炭鉱と赤間炭鉱も閉山する第6次赤平市総合計画
  149. 1967年9月奈井江町三井奈井江鉱が閉山し、町の人口が約5,000人減る奈井江町町政要覧 年表編
  150. 1967年12月沼田町明治昭和鉱業所の専用線で石炭貨車を引いたクラウス15号が役目を終える沼田町「クラウス15号蒸気機関車」
  151. 1967年12月14日奈井江町北電の奈井江火力発電所の第1期工事が完成し、火入れ式を行う奈井江町町政要覧 年表編
  152. 1968年雨竜町農業構造改善事業が始まり大型機械の導入が進む雨竜町「雨竜の歴史 農業編」
  153. 1968年沼田町雨竜炭鉱が閉山し、稲作中心の農業の町へ移る沼田町「沼田町の紹介」
  154. 1968年上砂川町三井砂川炭鉱の中央立坑の捲上櫓が動き始める空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  155. 1968年奈井江町北海道電力奈井江火力発電所の1号機が運転を始める空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  156. 1968年沼田町雨竜炭鉱(古河雨龍炭鉱)が閉山する空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  157. 1968年1月美唄市三菱美唄炭鉱常盤台二坑でガス爆発が起き、16人が死亡する美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  158. 1968年1月17日新十津川町北海道100年記念遺跡地に指定される新十津川町の沿革(例規集)
  159. 1968年4月歌志内市住友歌志内鉱業所が赤平鉱業所に合併される歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  160. 1968年5月美唄市三菱美唄炭鉱常盤台二坑で山はね事故が起き、13人が死亡する美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  161. 1968年5月31日長沼町防衛庁が馬追山にミサイル「ナイキ」を置くと発表する長沼町「長沼町の歴史・昭和41年~昭和50年」
  162. 1968年7月夕張市北炭平和鉱で坑内火災が起き、31名が亡くなる夕張市「夕張市の概要」年表
  163. 1968年10月奈井江町奈井江駅の構内で急行列車が脱線し、多くの負傷者が出る奈井江町町政要覧 年表編
  164. 1969年岩見沢市北星炭鉱が閉山する岩見沢市郷土科学館「岩見沢の炭鉱の歴史」
  165. 1969年沼田町町の炭鉱三山が一度に閉山する沼田町「陸上自衛隊沼田分屯地関係」
  166. 1969年沼田町相次ぐ閉山で人口が約1万5千人から8千人余りに減る沼田町「陸上自衛隊沼田分屯地関係」
  167. 1969年沼田町太刀別炭鉱が出炭を始めてから7年で閉山する空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  168. 1969年3月沼田町「炭鉱閉山に伴う沼田町振興計画」を急ぎ策定する沼田町「陸上自衛隊沼田分屯地関係」
  169. 1969年4月奈井江町新奈井江炭砿が閉山する奈井江町町政要覧 年表編
  170. 1970年由仁町米の生産調整が始まる由仁町過疎地域持続的発展市町村計画(令和6年9月改定)
  171. 1970年長沼町米の生産調整のための減反が始まる長沼町「長沼町の歴史・昭和41年~昭和50年」
  172. 1970年栗山町角田炭鉱が閉山する栗山町「略史」
  173. 1970年砂川市石狩川の切り替え工事が終わる砂川市「歴史年表」
  174. 1970年深川市隣の多度志町を合併する深川市「深川市の誕生」
  175. 1970年妹背牛町町を縦横に結ぶ5本の道道の舗装が完成する妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  176. 1970年沼田町炭鉱がすべて閉じ、人口が8,177人まで減る沼田町人口ビジョン
  177. 1970年4月歌志内市北斗炭礦が閉山する歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  178. 1970年8月夕張市三菱南大夕張炭鉱が操業を始める夕張市「夕張市の概要」年表
  179. 1970年10月奈井江町国勢調査で人口が10,915人となる奈井江町町政要覧 年表編
  180. 1971年栗山町夕張鉄道の栗山から夕張までの旅客列車が廃止される栗山町「略史」
  181. 1971年三笠市奔別炭鉱が閉山する三笠ジオパーク「炭鉱の閉山」
  182. 1971年2月奈井江町大日興産の奈井江鉱山が閉山する奈井江町町政要覧 年表編
  183. 1971年3月5日沼田町本願寺駅逓が道の有形文化財に指定される北海道教育委員会「北海道指定の文化財一覧」
  184. 1971年4月滝川市滝川市と江部乙町が合併する滝川市郷土館「滝川市の年表」
  185. 1971年7月歌志内市住友歌志内礦登川坑のガス突出で30名が殉職する歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  186. 1971年10月三笠市奔別炭礦の立坑でガス爆発が起き、5人が死亡、2人が負傷する三笠市消防本部「沿革・市勢」
  187. 1971年10月歌志内市住友歌志内礦が閉山する歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  188. 1972年月形町セスナ機が分監山に墜落し、10人が死亡する月形町 第11章 年表
  189. 1972年深川市1市5町で深川地区消防組合をつくる深川市過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  190. 1972年妹背牛町北空知の1市5町で深川地区消防組合をつくる妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  191. 1972年秩父別町北空知の市町で深川地区消防組合をつくる秩父別町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  192. 1972年雨竜町札沼線の沼田〜新十津川間が廃止される雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  193. 1972年雨竜町国領地区の住民が市街へ集団で移る雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  194. 1972年北竜町北空知の1市5町で深川地区消防組合をつくる北竜町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  195. 1972年沼田町札沼線の沼田〜新十津川間が廃止される雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  196. 1972年2月17日美唄市美唄屯田兵屋が道の有形文化財に指定される北海道教育委員会「北海道指定の文化財一覧」
  197. 1972年4月美唄市三菱美唄炭鉱が閉山する美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  198. 1972年5月美唄市美唄鉄道が廃止される美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  199. 1972年6月新十津川町札沼線の新十津川と沼田の間が廃止される新十津川町「あゆみ 昭和(後期)」
  200. 1972年7月美唄市三菱美唄炭鉱が閉山し、美唄鉄道も廃止される空知総合振興局「旧三菱美唄炭鉱施設(炭鉱メモリアル森林公園)」
  201. 1972年11月奈井江町石狩炭鉱で炭じん爆発が起き、31人が死亡する奈井江町町政要覧 年表編
  202. 1973年浦臼町自然休養村の指定を受け、観光施設の整備を始める浦臼町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  203. 1973年秩父別町農村地域工業導入地区の指定を受け企業誘致を進める秩父別町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  204. 1973年雨竜町人口が4,598人、世帯数が1,032世帯となる雨竜町「雨竜町の紹介」
  205. 1973年1月奈井江町石狩炭鉱が閉山する奈井江町町政要覧 年表編空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  206. 1973年4月10日沼田町北部方面総監部から沼田演習場の設置の申し入れを受ける沼田町「陸上自衛隊沼田分屯地関係」
  207. 1973年5月夕張市三菱大夕張炭鉱が閉山する夕張市「夕張市の概要」年表
  208. 1973年6月奈井江町滝口炭鉱が閉山し、町から炭鉱がなくなる奈井江町町政要覧 年表編
  209. 1973年8月美唄市北菱我路炭鉱が閉山し、市内の炭鉱の坑口がすべて閉じられる美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  210. 1974年岩見沢市朝日炭鉱が閉山する岩見沢市郷土科学館「岩見沢の炭鉱の歴史」
  211. 1974年南幌町農村地域工業導入促進法などの地域指定を受け、工業団地をつくる南幌町議会「議会の概要(令和3年度)」
  212. 1974年南幌町南幌市街地の大半が一団地の住宅施設として都市計画決定される南幌町立地適正化計画(令和5年3月)
  213. 1974年浦臼町加工用(ワイン用)のブドウづくりが始まる浦臼町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  214. 1974年芦別市「芦別市史」が刊行される芦別市「沿革」
  215. 1974年妹背牛町農村地域工業等導入促進法の指定を受け、企業誘致を始める妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  216. 1974年12月6日夕張市夕張の石炭大露頭が道の天然記念物に指定される北海道教育委員会「北海道指定の文化財一覧」
  217. 1975年岩見沢市旧北村で台風6号により石狩川の堤防が700メートルにわたり切れ、水があふれる岩見沢市北村支所「北村のあゆみ」
  218. 1975年南幌町夕張鉄道の廃止で南幌向駅が業務を終える南幌町教育委員会「南幌町の史跡標柱」
  219. 1975年栗山町夕張鉄道が営業をやめる栗山町「略史」
  220. 1975年月形町台風6号で開町以来の大水害となり、床上浸水212戸、床下浸水74戸となる月形町 第11章 年表
  221. 1975年歌志内市国勢調査の人口が11,778人となる歌志内市過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  222. 1975年妹背牛町人口が6,624人となる(国勢調査)第8次妹背牛町総合振興計画(平成22〜31年度)
  223. 1975年秩父別町人口が4,409人となる(国勢調査)秩父別町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  224. 1975年雨竜町台風6号の集中豪雨で水害が起きる雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  225. 1975年北竜町人口が3,867人となる(国勢調査)北竜町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  226. 1975年3月夕張市北炭平和炭鉱が閉山する夕張市「夕張市の概要」年表
  227. 1975年6月夕張市北炭夕張新炭鉱が営業出炭を始める夕張市「夕張市の概要」年表
  228. 1975年8月歌志内市台風第6号の集中豪雨で水害が起きる歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  229. 1975年8月23日赤平市台風6号の水害で累計雨量が186.6mmとなる赤平市地域防災計画 資料編「赤平市における過去の主な災害」
  230. 1975年10月奈井江町国勢調査で人口が8,891人となる奈井江町町政要覧 年表編
  231. 1975年11月三笠市幌内炭礦でガス爆発が起き、24人が死亡、7人が負傷する三笠市消防本部「沿革・市勢」
  232. 1976年岩見沢市旧栗沢町の万字炭鉱が閉山する岩見沢市郷土科学館「岩見沢の炭鉱の歴史」
  233. 1976年6月三笠市エゾミカサリュウの化石が見つかる三笠市 計画書「三笠のあゆみ年表」文化遺産オンライン「エゾミカサリュウ化石」
  234. 1977年6月滝川市滝川市郷土館が開館する滝川市郷土館「滝川市の年表」
  235. 1977年7月16日三笠市エゾミカサリュウ化石が国の天然記念物に指定される文化遺産オンライン「エゾミカサリュウ化石」
  236. 1977年10月夕張市北炭夕張新第2炭鉱が閉山する夕張市「夕張市の概要」年表
  237. 1978年芦別市農業用の野花南ダムが完成する芦別市「沿革」
  238. 1978年北竜町深川市ほか4町で北空知広域水道企業団をつくる北竜町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  239. 1978年3月美唄市陸上自衛隊の駐屯地が開設される美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  240. 1979年上砂川町若山牧水の歌碑が建てられる上砂川町「観光情報」
  241. 1980年深川市人口が35,376人となる(国勢調査)深川市過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  242. 1980年妹背牛町人口が6,138人となる(国勢調査)妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  243. 1980年北竜町ひまわりを町のシンボルに掲げたまちづくりを始める北空知定住自立圏共生ビジョン(平成30年10月)
  244. 1980年3月夕張市北炭清水沢炭鉱が閉山する夕張市「夕張市の概要」年表
  245. 1980年7月夕張市石炭博物館が開館する夕張市「夕張市の概要」年表
  246. 1980年7月3日深川市屯田歩兵第一大隊本部跡が史跡に指定される深川市「史跡」
  247. 1980年7月3日深川市旧納内の擦文時代の竪穴住居跡(先住民族の竪穴住居跡)が市の史跡に指定される深川市「史跡」
  248. 1980年7月3日深川市屯田兵の射撃訓練場跡の監的壕が市の史跡に指定される深川市「史跡」
  249. 1980年8月新十津川町新十津川町開拓記念館が開館する新十津川町「あゆみ 昭和(後期)」
  250. 1980年8月滝川市空知川でタキカワカイギュウの化石が見つかる滝川市郷土館「滝川市の年表」
  251. 1981年砂川市集中豪雨の災害で被害額が15億8千万円となる砂川市「歴史年表」
  252. 1981年妹背牛町沼田ダムを水源とする北空知広域水道企業団に加わる第9次妹背牛町総合振興計画(令和2〜11年度)
  253. 1981年秩父別町屯田兵の子孫でつくる秩父別屯田会が設立される秩父別町史 続三巻
  254. 1981年雨竜町台風12号の集中豪雨で水害が起きる雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  255. 1981年6月美唄市美唄市郷土史料館が開館する美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  256. 1981年8月岩見沢市5日間の集中豪雨が岩見沢で410ミリ、北村で422ミリに達する岩見沢市「岩見沢の誕生と成長」
  257. 1981年8月南幌町水害で総雨量が399.0mmに達し、道内の観測史上で最も多い降雨量となる南幌町地域防災計画 第2章 南幌町の概況
  258. 1981年8月奈井江町総雨量400.4ミリの集中豪雨で奈井江川の堤防が切れる奈井江町町政要覧 年表編
  259. 1981年8月新十津川町台風12号で町全体に大きな被害が出る新十津川町「あゆみ 昭和(後期)」
  260. 1981年8月妹背牛町集中豪雨で床上浸水28戸の被害が出る妹背牛町地域防災計画
  261. 1981年8月沼田町前線と台風12号による被害を受ける沼田町地域防災計画(令和8年3月)
  262. 1981年8月3日赤平市前線と台風12号による水害が起きる赤平市地域防災計画 資料編「赤平市における過去の主な災害」
  263. 1981年10月夕張市石勝線が営業を始め、紅葉山駅が新夕張駅と改名される夕張市「夕張市の概要」年表
  264. 1981年10月夕張市北炭夕張新炭鉱でガス突出事故が起き、93名が亡くなる夕張市「夕張市の概要」年表
  265. 1981年11月15日秩父別町屯田兵屋を模した町郷土館が開館する秩父別町史 続三巻
  266. 1982年4月美唄市美唄ダムが完成する美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  267. 1982年10月夕張市北炭夕張新炭鉱が閉山する夕張市「夕張市の概要」年表
  268. 1983年岩見沢市札幌までの高速道路が開通する岩見沢市「岩見沢の誕生と成長」
  269. 1983年夕張市炭鉱の跡地を使った石炭の歴史村が開業する夕張市「夕張市の概要」
  270. 1983年栗山町4年続けて冷害に見舞われる栗山町「略史」
  271. 1983年月形町月形刑務所が開庁する月形町 第11章 年表
  272. 1983年秩父別町地震で道路の側面が崩れる被害が出る(昭和六二年にも)秩父別町史 続三巻
  273. 1984年砂川市環境庁から道内で1番目のアメニティ・タウンに指定される砂川市「歴史年表」
  274. 1984年妹背牛町町内のストーブ会社が倒産する妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  275. 1984年3月12日滝川市タキカワカイギュウ化石標本が道の天然記念物に指定される北海道教育委員会「北海道指定の文化財一覧」
  276. 1984年8月新十津川町幌加尾白利加川の上流でクジラの化石が見つかる新十津川町「あゆみ 昭和(後期)」
  277. 1985年岩見沢市万字線が廃止される岩見沢市郷土科学館「岩見沢の鉄道の歴史」
  278. 1985年上砂川町人口が1万人を下回る第8期上砂川町総合計画 概要版
  279. 1985年妹背牛町人口が5,583人となる(国勢調査)妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  280. 1985年北竜町人口が3,266人となる(国勢調査)北竜町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  281. 1985年北竜町和地区で農業集落排水の汚水処理が始まる北竜町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  282. 1985年4月秩父別町北空知広域水道企業団からの受水を始める秩父別町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  283. 1985年4月北竜町北空知広域水道企業団からの受水を始める北竜町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  284. 1985年5月夕張市三菱南大夕張炭鉱でガス爆発事故が起き、62名が亡くなる夕張市「夕張市の概要」年表
  285. 1986年2月沼田町臨時町議会で弾薬庫の建設用地として町有地約340ヘクタールの売却を決める沼田町「陸上自衛隊沼田分屯地関係」
  286. 1986年10月13日沼田町陸上自衛隊沼田弾薬庫の着工式が行われる沼田町「陸上自衛隊沼田分屯地関係」
  287. 1986年11月13日沼田町沼田町付近を震源とする直下型地震で住宅に被害が出る沼田町地域防災計画(令和8年3月)
  288. 1987年岩見沢市幌内線が廃止される岩見沢市郷土科学館「岩見沢の鉄道の歴史」
  289. 1987年妹背牛町旧役場庁舎を改修して郷土館とする妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  290. 1987年6月三笠市JR幌内線が廃止される(JRになってから最初の廃線)空知総合振興局「そらちミニ炭鉱史」三笠市 計画書「三笠のあゆみ年表」
  291. 1987年7月上砂川町三井砂川炭鉱が閉山する空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」上砂川町「上砂川町の概要」
  292. 1987年9月美唄市道央自動車道の美唄インターチェンジが開業する美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  293. 1987年10月夕張市北炭真谷地炭鉱が閉山する夕張市「夕張市の概要」年表
  294. 1987年12月北竜町町立診療所を福祉団地内に新築する北竜町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  295. 1988年砂川市JR歌志内線が廃止される砂川市「歴史年表」
  296. 1988年歌志内市JR歌志内線が廃止される歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  297. 1988年秩父別町ちくし神楽獅子舞が町の無形文化財に指定される秩父別町史 続三巻
  298. 1988年4月歌志内市歌志内線に代わるバスが走り始める歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  299. 1988年8月滝川市道央自動車道の美唄から滝川までが開通する滝川市郷土館「滝川市の年表」
  300. 1988年8月妹背牛町集中豪雨で床上浸水40戸の被害が出る妹背牛町地域防災計画
  301. 1988年8月秩父別町大雨で秩父別境川上流の築堤から水があふれ内水氾濫が起きる札幌開発建設部「治水100年 雨竜川流域-洪水実績」
  302. 1988年8月25日沼田町前線による大雨で床上浸水148世帯412名の被害が出る沼田町地域防災計画(令和8年3月)
  303. 1988年8月26日北竜町大雨で北竜橋観測所が最高水位に達し、和築堤の一部で水があふれる札幌開発建設部「治水100年 雨竜川流域-洪水実績」
  304. 1989年岩見沢市伊藤炭鉱が閉山し、市内のすべての炭鉱が操業を終える岩見沢市郷土科学館「岩見沢の炭鉱の歴史」
  305. 1989年芦別市三井芦別鉄道が廃止される芦別市「沿革」
  306. 1989年赤平市公共下水道の使用が始まる第6次赤平市総合計画
  307. 1989年秩父別町前年に掘った温泉を使う保養センターが完成する秩父別町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  308. 1989年三笠市北炭幌内炭鉱が閉山し、音羽坑が閉じられる空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」

平成と令和156行

  1. 1989年3月新十津川町3月末の人口が8,964人となる新十津川町 町勢要覧「人口・世帯の推移」
  2. 1989年9月三笠市幌内炭鉱が閉山し、市内最後の炭鉱がなくなる三笠市 計画書「三笠のあゆみ年表」
  3. 1990年浦臼町人口が3,058人となる第5次浦臼町総合振興計画
  4. 1990年歌志内市国勢調査の人口が8,279人となる歌志内市過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  5. 1990年深川市人口が30,671人となる(国勢調査)深川市過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  6. 1990年妹背牛町人口が5,002人となる(国勢調査)妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  7. 1990年秩父別町人口が3,735人となる(国勢調査)秩父別町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  8. 1990年雨竜町暑寒別周辺が暑寒別天売焼尻国定公園に指定される雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  9. 1990年北竜町人口が3,009人となる(国勢調査)北竜町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  10. 1990年北竜町「国民の命と健康を守る安全な食糧生産宣言の町」を宣言する北竜町「北竜町の概要」
  11. 1990年3月夕張市市内に残った最後の炭鉱、三菱南大夕張炭鉱が閉山する夕張市「夕張市の概要」年表
  12. 1990年3月26日沼田町沼田弾薬支処と沼田分屯地が開設される沼田町「陸上自衛隊沼田分屯地関係」
  13. 1990年6月13日由仁町東三川で北海道初のオオツノシカの角の化石が見つかる由仁町「由仁町の歴史」
  14. 1990年6月13日赤平市台風6号の豪雨による水害が起きる赤平市地域防災計画 資料編「赤平市における過去の主な災害」
  15. 1990年6月16日由仁町東三川でマンモスの臼歯の化石が見つかる由仁町「由仁町の歴史」
  16. 1990年10月奈井江町国勢調査で人口が8,075人となる奈井江町町政要覧 年表編
  17. 1991年芦別市根室本線の滝里駅が廃止される芦別市「沿革」
  18. 1992年芦別市三井芦別鉱業所が閉山する芦別市「沿革」
  19. 1992年北竜町観光と農業の拠点施設サンフラワーパーク北竜温泉が開業する北竜町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  20. 1992年歌志内市市内に散らばっていた石碑を集めた神威史跡広場ができる空知総合振興局「炭鉄港 調査報告 基礎資料 歴史遺産の概要」
  21. 1992年4月1日深川市過疎地域市町村の公示を受ける深川市過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  22. 1993年栗山町冷夏で作況指数が22の大きな被害となる栗山町「略史」
  23. 1993年深川市残っていた屯田兵屋が生きがい文化センターに移され修復・保存される深川市「開拓のころ」
  24. 1993年雨竜町記録的な冷害に見舞われる雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  25. 1993年4月三笠市サンファーム三笠が北海道で最初の道の駅に指定される三笠市 計画書「三笠のあゆみ年表」
  26. 1994年栗山町栗山ダムが完成し、水道の飲み水を取る栗山町「略史」
  27. 1994年砂川市JR上砂川支線が廃止される砂川市「歴史年表」
  28. 1994年上砂川町上砂川線が廃止され、上砂川駅の駅舎が移される上砂川町「旧 上砂川駅(悲別駅)」
  29. 1994年2月赤平市市内で最後の坑内掘りの住友赤平炭鉱が閉山する第6次赤平市総合計画
  30. 1995年砂川市砂川遊水地が完成する砂川市「歴史年表」
  31. 1995年上砂川町国勢調査の人口が5,852人となる上砂川町「統計&資料」
  32. 1995年北竜町人口が2,785人となる(国勢調査)北竜町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  33. 1995年北竜町空知中部で起きた地震で強い揺れを記録する北竜町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  34. 1995年3月歌志内市石狩炭田で最後の坑内掘りの空知炭鉱が閉山する空知総合振興局「そらちミニ炭鉱史」歌志内市「うたしない資料編」あゆみ(平成30年2月)
  35. 1995年5月新十津川町町を震源とする直下型の空知北部地震で、西部地区を中心に被害が出る新十津川町「あゆみ 平成」
  36. 1995年6月新十津川町国土地理院のVLBI観測施設が開所する新十津川町「あゆみ 平成」
  37. 1995年10月夕張市国勢調査で7,593世帯、17,110人となる夕張市「夕張市の概要」年表
  38. 1995年10月10日赤平市高橋の沢の治山工事現場で土砂崩れの事故が起きる赤平市地域防災計画 資料編「赤平市における過去の主な災害」
  39. 1996年月形町月形樺戸博物館が開館する月形町 第11章 年表
  40. 1996年6月19日夕張市夕張岳の高山植物群落及び蛇紋岩メランジュ帯が国の天然記念物に指定される文化遺産オンライン「夕張岳の高山植物群落及び蛇紋岩メランジュ帯」
  41. 1998年南幌町札幌のベッドタウンとして人口が増え、1万人を超えて最多となる南幌町「南幌町の人口動向」(令和6年7月)
  42. 1998年浦臼町浦臼町・下徳富・新十津川町の3農協が合併する浦臼町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  43. 1998年妹背牛町化粧品会社の妹背牛工場が閉鎖される妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  44. 1998年雨竜町玄米を低温で保管し出荷するライスコンビナートが完成する雨竜町「雨竜の歴史 年表」
  45. 1998年空知全体空知支庁の独自の政策として「炭鉱の記憶」が始まる空知総合振興局「炭鉄港 調査報告書」
  46. 1998年2月新十津川町新十津川・下徳富・浦臼の3農協が合併し、JAピンネが発足する新十津川町「あゆみ 平成」
  47. 1998年4月妹背牛町深川留萌自動車道の深川西インターが町の近くに開設される妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  48. 1998年7月新十津川町総進不動坂遺跡で中期旧石器時代の石器が出たとされる(のちにねつ造と分かる)新十津川町「平成の歩み」
  49. 1999年浦臼町道の駅つるぬまが開業する浦臼町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  50. 1999年浦臼町米をまとめて管理する施設(浦臼ライスターミナル)ができる浦臼町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  51. 1999年芦別市滝里ダムが完成する芦別市「沿革」
  52. 2000年岩見沢市3代目の岩見沢駅舎が焼失する岩見沢市郷土科学館「岩見沢の鉄道の歴史」
  53. 2000年上砂川町国勢調査の人口が5,171人となる上砂川町「統計&資料」
  54. 2000年妹背牛町人口が4,232人となる(国勢調査)妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  55. 2000年北竜町人口が2,562人となる(国勢調査)北竜町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  56. 2000年芦別市新城仙台山の三本ナラが市に寄贈され、同じ年に市の文化財に指定される文化遺産オンライン「新城仙台山の三本ナラ」
  57. 2000年4月14日芦別市滝里遺跡群の出土遺物(続縄文時代の墓の副葬品)が道の有形文化財に指定される北海道教育委員会「北海道指定の文化財一覧」
  58. 2000年4月14日芦別市縄文時代後期の集団墓地の野花南周堤墓群が道の史跡に指定される北海道教育委員会「北海道指定の文化財一覧」
  59. 2001年秩父別町竜巻による被害が出る秩父別町史 続三巻
  60. 2001年北竜町竜巻による被害が出る北竜町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  61. 2001年芦別市黄金水松のコアサンプル調査で、樹齢が1700年と推定される文化遺産オンライン「黄金水松」
  62. 2002年1月妹背牛町強風で住宅31戸が被害を受ける妹背牛町地域防災計画
  63. 2002年3月美唄市美唄の炭鉱関連施設群が北海道遺産に選ばれる美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  64. 2002年3月29日芦別市イチイの巨樹の黄金水松が道の天然記念物に指定される北海道教育委員会「北海道指定の文化財一覧」
  65. 2002年4月奈井江町新しい奈井江大橋の開通式が行われる奈井江町町政要覧 年表編
  66. 2002年11月18日美唄市宮島沼がラムサール条約の国際的に重要な湿地の登録簿に載る環境省「ラムサール条約登録湿地の追加について」
  67. 2003年浦臼町農産物処理加工施設「恵彩館」が完成する浦臼町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  68. 2003年上砂川町中央立坑を使った地下無重力実験センターの落下塔が廃止される空知総合振興局「そらち炭鉱の記憶をめぐる 三井砂川炭鉱中央立坑櫓」
  69. 2003年妹背牛町妹背牛町メム付近の大きな曲がりを短絡する雨竜川捷水路が完成する札幌開発建設部「治水100年 雨竜川捷水路」
  70. 2003年雨竜町人口が3,428人、世帯数が1,364世帯となる雨竜町「雨竜町の紹介」
  71. 2003年3月新十津川町総進不動坂遺跡を「ねつ造」とする最終報告書が出る新十津川町「平成の歩み」
  72. 2003年7月30日由仁町由仁町・南幌町・栗山町の任意合併協議会が設けられる由仁町「由仁町の歴史」
  73. 2003年10月奈井江町合併を問う住民投票を行い、投票率は73.01%となる奈井江町町政要覧 年表編
  74. 2004年月形町合併を巡る住民投票を行い、合併が自立を上回る月形町 第11章 年表
  75. 2004年3月夕張市JR楓駅が廃止される夕張市「夕張市の概要」年表
  76. 2004年9月新十津川町台風18号で約6億7000万円の被害が出る新十津川町「あゆみ 平成」
  77. 2004年9月妹背牛町台風で非住宅の全壊・半壊が188棟にのぼる妹背牛町地域防災計画
  78. 2004年9月8日沼田町台風18号の強風で住家117世帯が一部破損する沼田町地域防災計画(令和8年3月)
  79. 2005年歌志内市国勢調査の人口が5,221人となる歌志内市過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  80. 2005年上砂川町国勢調査の人口が4,770人となる上砂川町「統計&資料」
  81. 2005年深川市人口が25,838人となる(国勢調査)深川市過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  82. 2005年妹背牛町人口が3,943人となる(国勢調査)妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  83. 2005年秩父別町人口が3,003人となる(国勢調査)秩父別町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  84. 2005年11月8日雨竜町雨竜沼湿原がラムサール条約の登録湿地となる雨竜町「雨竜の歴史 年表」環境省「日本のラムサール条約湿地一覧」
  85. 2005年北竜町人口が2,376人となる(国勢調査)北竜町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  86. 2005年空知全体産炭地の8つの市町の首長が集まる炭鉱遺産サミットが開かれる空知総合振興局「炭鉄港 調査報告書」
  87. 2006年10月18日栗山町小林酒造の一番蔵から六番蔵など13の建造物が国の有形文化財に登録される栗山町「略史」文化遺産オンライン「小林酒造一番蔵」
  88. 2006年3月27日岩見沢市岩見沢市・北村・栗沢町が合併し、新しい岩見沢市になる岩見沢市「岩見沢の誕生と成長」
  89. 2006年6月夕張市市が財政再建団体入りを表明する夕張市「夕張市の概要」年表
  90. 2006年10月18日夕張市旧北炭夕張炭鉱の模擬坑道や坑口、ズリ捨線の隧道などが国の登録有形文化財になる文化遺産オンライン「旧北炭夕張炭鉱模擬坑道」
  91. 2006年11月29日南幌町旧幌向駅逓所が国の登録有形文化財になる文化遺産オンライン「旧幌向駅逓所」
  92. 2007年3月夕張市市が財政再建団体となる夕張市「夕張市の概要」年表
  93. 2007年11月美唄市三菱美唄炭鉱の立坑櫓と原炭ポケットが経済産業省の近代化産業遺産に選ばれる空知総合振興局「旧三菱美唄炭鉱施設(炭鉱メモリアル森林公園)」
  94. 2008年3月三笠市旧北炭幌内炭鉱の跡地で排気立坑の事故と周辺の地盤崩落が起きる三笠市消防本部「沿革・市勢」
  95. 2008年3月7日芦別市旧頼城小学校の校舎と体育館が国の登録有形文化財になる文化遺産オンライン「星槎大学(旧頼城小学校)校舎」
  96. 2009年1月8日芦別市旧三井芦別鉄道の炭山川橋梁が国の登録有形文化財になる芦別市「沿革」文化遺産オンライン「旧三井芦別鉄道炭山川橋梁」
  97. 2009年3月31日由仁町南幌町の住民投票の結果を受け、3町の合併検討協議会が解散する由仁町「由仁町の歴史」
  98. 2009年9月7日由仁町大雨で町内各地に土砂崩れや農地の冠水が起きる由仁町「あれから歩んだ30年 由仁町年表」
  99. 2010年上砂川町国勢調査の人口が4,086人となる上砂川町「統計&資料」
  100. 2010年上砂川町上砂川岳温泉パンケの湯に新しい源泉が引き込まれる空知総合振興局「そらち炭鉱の記憶をめぐる 上砂川岳温泉パンケの湯」
  101. 2010年北竜町人口が2,193人となる(国勢調査)北竜町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  102. 2010年2月由仁町由仁町が財政健全化計画を作る財政健全化団体となる由仁町「あれから歩んだ30年 由仁町年表」
  103. 2010年4月空知全体空知支庁が廃止され、空知総合振興局が置かれる空知総合振興局「空知のあゆみ」
  104. 2010年10月奈井江町国勢調査で人口が6,194人となる奈井江町町政要覧 年表編
  105. 2011年3月15日芦別市空知大滝甌穴群が北海道の天然記念物に指定される芦別市「沿革」北海道教育委員会「北海道指定の文化財一覧」
  106. 2011年3月由仁町由仁商業高等学校が閉校する由仁町「由仁町の歴史」
  107. 2011年3月浦臼町美唄市と浦臼町を結ぶ美浦大橋が開通する美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  108. 2011年9月美唄市道内最後の渡し船「美浦渡船」が運航を終える美唄市統計書 平成27年版「美唄市の歩み」
  109. 2011年9月2日秩父別町大雨で一部の水田が冠水する秩父別町史 続三巻
  110. 2011年10月28日夕張市夕張鹿鳴館(旧北炭鹿ノ谷倶楽部)が国の登録有形文化財になる文化遺産オンライン「夕張鹿鳴館(旧北炭鹿ノ谷倶楽部)」
  111. 2012年月形町記録的な大雪となり、最大積雪265cm、降雪量1403cmとなる月形町 第11章 年表
  112. 2013年三笠市市内全域が三笠ジオパークとして認定される三笠市立地適正化計画
  113. 2014年4月新十津川町徳富ダムの供用が始まる新十津川町「あゆみ 平成」
  114. 2015年浦臼町国勢調査で人口が1,985人となる浦臼町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  115. 2015年歌志内市国勢調査の人口が3,585人となる歌志内市過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  116. 2015年上砂川町国勢調査の人口が3,479人となる上砂川町「統計&資料」
  117. 2015年深川市人口が21,909人となる(国勢調査)深川市過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  118. 2015年妹背牛町人口が3,091人となる(国勢調査)妹背牛町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  119. 2015年秩父別町人口が2,513人となる(国勢調査)秩父別町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  120. 2015年北竜町人口が1,981人となる(国勢調査)北竜町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  121. 2015年沼田町人口が3,181人となり、1975年の半分以下に減る(国勢調査)沼田町第6次総合計画(案)
  122. 2015年4月夕張市夕張シューパロダムの供用が始まる夕張市「夕張市の概要」年表
  123. 2016年3月31日滝川市滝川屯田兵文書が道の有形文化財に指定される北海道教育委員会「北海道指定の文化財一覧」
  124. 2017年2月上砂川町下鶉の旧児童館を改修した宿泊施設「上砂川シェアハウス」が開く上砂川町「観光情報」
  125. 2018年赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設が開かれる第6次赤平市総合計画
  126. 2018年6月北竜町北空知の1市4町で北空知圏定住自立圏を結ぶ北竜町過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  127. 2018年7月13日空知全体炭鉄港推進協議会が設けられ、日本遺産への取り組みが始まる空知総合振興局「日本遺産炭鉄港認定までの歩み」
  128. 2018年10月30日沼田町ヌマタネズミイルカ化石が道の天然記念物に指定される北海道教育委員会「北海道指定の文化財一覧」
  129. 2019年3月夕張市JR石勝線夕張支線が廃線となる夕張市「夕張市の概要」年表
  130. 2019年5月20日空知全体「本邦国策を北海道に観よ!~北の産業革命『炭鉄港』~」が文化庁の日本遺産に認定される空知総合振興局「日本遺産炭鉄港認定までの歩み」
  131. 2019年5月20日赤平市日本遺産「炭鉄港」の認定で、住友赤平炭鉱立坑櫓が構成文化財になる空知総合振興局「日本遺産炭鉄港認定までの歩み」
  132. 2019年5月20日夕張市日本遺産「炭鉄港」の認定で、夕張鹿鳴館が構成文化財になる空知総合振興局「日本遺産炭鉄港認定までの歩み」
  133. 2019年5月20日岩見沢市日本遺産「炭鉄港」の認定で、旧北海道炭礦鉄道岩見沢工場が構成文化財になる空知総合振興局「日本遺産炭鉄港認定までの歩み」
  134. 2019年5月20日美唄市日本遺産「炭鉄港」の認定で、三菱美唄炭鉱竪坑櫓が構成文化財になる空知総合振興局「日本遺産炭鉄港認定までの歩み」
  135. 2019年5月20日芦別市日本遺産「炭鉄港」の認定で、旧三井芦別鉄道炭山川橋梁が構成文化財になる空知総合振興局「日本遺産炭鉄港認定までの歩み」
  136. 2019年5月20日三笠市日本遺産「炭鉄港」の認定で、幌内変電所が構成文化財になる空知総合振興局「日本遺産炭鉄港認定までの歩み」
  137. 2019年5月20日栗山町日本遺産「炭鉄港」の認定で、小林酒造の建物群が構成文化財になる空知総合振興局「日本遺産炭鉄港認定までの歩み」
  138. 2019年5月20日月形町日本遺産「炭鉄港」の認定で、樺戸集治監本庁舎(月形樺戸博物館)が構成文化財になる空知総合振興局「日本遺産炭鉄港認定までの歩み」
  139. 2019年5月20日沼田町日本遺産「炭鉄港」の認定で、クラウス15号蒸気機関車が構成文化財になる空知総合振興局「日本遺産炭鉄港認定までの歩み」
  140. 2020年三笠市国勢調査で人口が8,040人となり、1万人を下回る三笠市立地適正化計画
  141. 2020年上砂川町国勢調査の人口が2,841人となる上砂川町「統計&資料」
  142. 2020年深川市人口が20,039人となる(国勢調査)深川市過疎地域持続的発展市町村計画(令和8〜12年度)
  143. 2020年3月新十津川町3月末の人口が6,511人となる新十津川町 町勢要覧「人口・世帯の推移」
  144. 2020年4月17日浦臼町JR札沼線が最後の運行を終え、北海道医療大学駅と新十津川駅の間が廃線となる浦臼町過疎地域持続的発展市町村計画(令和3〜7年度)
  145. 2020年5月新十津川町JR札沼線の北海道医療大学駅と新十津川駅の間が廃止される新十津川町「あゆみ 令和」
  146. 2020年10月美唄市国勢調査で人口が20,413人となる美唄市統計書 令和6年版 国勢調査人口の推移
  147. 2020年10月浦臼町国勢調査で人口が1,732人となる第2期浦臼町人口ビジョン
  148. 2021年芦別市三本ナラのうち枯れていた1本が強風で倒れる文化遺産オンライン「新城仙台山の三本ナラ」
  149. 2022年7月秩父別町住民説明会を開き、留萌本線の廃止を町として受け入れると表明する秩父別町史 続三巻
  150. 2023年4月1日沼田町留萌線の石狩沼田〜留萌間が廃止されるJR北海道「留萌線(石狩沼田・留萌間)の廃止日繰上げの届出について」(2022年12月9日)
  151. 2024年上砂川町町の人口が2,438人となる第8期上砂川町総合計画 概要版
  152. 2024年3月浦臼町2023年度末の人口が1,587人となる第5次浦臼町総合振興計画
  153. 2024年7月南幌町日本人人口の増加率が全国で1位となる南幌町「南幌町の人口動向」(令和6年7月)
  154. 2026年4月1日深川市留萌線の深川〜石狩沼田間が廃止されるJR北海道「留萌線の鉄道事業廃止届の提出について」(2025年3月28日)
  155. 2026年4月1日秩父別町留萌線の深川〜石狩沼田間が廃止され、町内の秩父別駅と北秩父別駅がなくなるJR北海道「留萌線の鉄道事業廃止届の提出について」(2025年3月28日)
  156. 2026年4月1日沼田町留萌線の深川〜石狩沼田間が廃止され、町から鉄道がなくなるJR北海道「留萌線の鉄道事業廃止届の提出について」(2025年3月28日)

資料によって異なる記述

資料によって異なる記述
出来事ある資料別の資料
夕張の石炭の大露頭の発見の年1888年(夕張市の年表)1889年(空知総合振興局の資料)
十津川郷から移った人数600戸2,489人(新十津川町の開拓史・町勢要覧)2,690人(新十津川町の例規集の沿革)
夕張市の人口の最多1960年の107,972人(国勢調査)116,908人(住民基本台帳)
三菱美唄炭鉱の閉山と美唄鉄道の廃止閉山1972年4月・鉄道廃止5月(美唄市の統計書「美唄市の歩み」)1972年7月に閉山し鉄道も廃止(空知総合振興局の旧三菱美唄炭鉱施設の資料)
上砂川への鉄道の開設1918年(空知総合振興局・砂川市の年表)1919年(上砂川町の画面)
北竜村の発足の月(1899年)7月(北竜町の概要)5月(北竜町の過疎地域持続的発展計画)
音江の環状列石縄文時代の墓(深川市の画面)およそ2000年前のアイヌ民族のお墓(同じ市の画面の別の箇所)

空知の歴史とあわせて読む画面

  • 上川の歴史 石狩川の上流の上川。屯田兵の兵屋は樺戸の囚徒が建て、上川仮道路が空知から旭川へ通じた
  • 留萌の歴史 留萌線で深川・沼田とつながる北西の留萌
  • 石狩の歴史 石狩川の下流と河口の石狩。幌内鉄道は三笠から札幌・小樽の手宮へ通じた
  • 胆振の歴史 1892年に岩見沢と室蘭、追分と夕張が鉄道で結ばれた。炭鉄港の室蘭と追分の地域
  • 北海道のアイヌの博物館 道央の資料館
  • 年表 北海道の出来事を、本州と琉球の出来事と重ねて読める
  • 北海道の地域の歴史 ほかの地域を選ぶ

出典

  1. 岩見沢市 岩見沢のおいたち
  2. 夕張市 夕張市の概要
  3. 美唄市 統計書「美唄市の歩み」
  4. 芦別市 沿革
  5. 赤平市 赤平の炭鉱遺産
  6. 滝川市郷土館 滝川市の年表
  7. 砂川市 歴史年表
  8. 歌志内市 うたしない資料編
  9. 深川市 深川市の誕生
  10. 月形町 年表
  11. 奈井江町 町政要覧 年表編
  12. 由仁町 由仁町の歴史
  13. 長沼町 長沼町の歴史
  14. 栗山町 栗山町史 年表
  15. 雨竜町 雨竜の歴史 年表
  16. 各市町の過疎地域持続的発展計画・総合計画・地域防災計画・人口ビジョン・町勢要覧 三笠市・南幌町・上砂川町・新十津川町・浦臼町・妹背牛町・秩父別町・北竜町・沼田町など。年表の行ごとにリンクがあります
  17. 空知総合振興局 そらち炭鉱の記憶をめぐる
  18. 北海道開発局 札幌開発建設部 治水100年
  19. JR北海道 留萌線の廃止の届出
  20. 北海道教育委員会 北海道指定文化財
  21. 文化庁 文化遺産オンライン
  22. 北海道環境生活部『アイヌ語地名リスト』(2007年) 24市町と空知・石狩・雨竜・夕張・幌内・樺戸・美唄・江部乙・納内・一已・多度志・栗沢の名の由来。ページ番号は市町の欄に書いています
  23. 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス(米軍撮影の空中写真)
  24. 国土地理院 地理院タイル「全国最新写真(シームレス)」(現在の写真)
  25. 国立国会図書館デジタルコレクション
  26. 年表の行ごとの出典 通しの年表の各行の下に、出典のリンクがあります
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