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弟子屈町のアイヌ文化

弟子屈町のアイヌ文化 屈斜路コタンと資料館、 湖と山のアイヌ語の名

弟子屈町でアイヌ文化に触れられる中心は、屈斜路湖の南の湖畔にある屈斜路コタンです。ここに1982年開館の屈斜路コタンアイヌ民族資料館があり、2026年は4月10日から11月30日まで開いています。町名の弟子屈も、屈斜路も摩周も、アイヌ語の地名から来ています。

対象 弟子屈町出典 8 件この画面の更新 2026年10月29日

津別峠から見た屈斜路湖
写真: Soica2001(Wikimedia Commons・パブリックドメイン)

弟子屈町のアイヌ文化について、先に4つ

触れられる場所
屈斜路コタンアイヌ民族資料館(弟子屈町屈斜路市街1条通14番地)。開館は毎年4月10日から11月30日までで、冬は休館です。近くに地域の拠点の屈斜路古丹生活館があります。
屈斜路コタン
屈斜路湖の南東の湖畔、釧路川が湖から流れ出るところにある地区です。内閣府に出した町の計画は、町内でアイヌの人びとが最も多く住む地域と書いています。
アイヌ語の地名
弟子屈はテシカカ、屈斜路はクッチャラ(のど口)、硫黄山はアトウサヌプリ(裸の山)。北海道の『アイヌ語地名リスト』に載っています。
いまの動き
町は2025年度から2029年度の計画で、資料館の改修と通年の開館、展示の全面更新、チセ(家)の建設を進めています。展示の更新は2027年4月から2028年3月の予定です。

出典: 弟子屈町「屈斜路コタンアイヌ民族資料館 令和8年度の開館について」(2026年10月24日に確認)、内閣府「弟子屈町 令和8年度アイヌ政策推進交付金事業計画」、北海道 環境生活部『アイヌ語地名リスト』

津別峠の展望台から見た屈斜路湖と、湖に浮かぶ中島
津別峠の展望台から見た屈斜路湖(2009年8月撮影)。写真: Soica2001(Wikimedia Commons・パブリックドメイン)

屈斜路コタンはどこにあるか 屈斜路湖の南、釧路川の始まるところです

屈斜路コタンは、弟子屈町の屈斜路湖の南東の湖畔にある地区です。一級河川の釧路川は、ここで湖から流れ出します。地区は阿寒摩周国立公園の中にあり、近くにコタン温泉があります。

屈斜路湖は、屈斜路火山の大きな噴火でできたくぼ地(カルデラ)に水がたまった湖です。観光庁の解説文は、噴火を3万年前、湖の大きさを東西26km・南北20kmと書いています。

「屈斜路」の名は、アイヌ語のクッチャラ(のど口)から来ています。北海道の『アイヌ語地名リスト』は、湖の水が流れ出る口のすぐ北に昔から大きなコタンがあり、その名を和人が湖の名にした、と説明しています。

内閣府に出した町の計画は、屈斜路コタンを町内でアイヌの人びとが最も多く住む地域と書いています。町内には、屈斜路湖の湖畔から釧路川にそってチャシ(溝で囲んだ施設)の跡が8か所あり、どれも川か湖に面した段丘の上にあります。

出典: 内閣府「弟子屈町 令和8年度アイヌ政策推進交付金事業計画」の「地域の概要」、観光庁「地域観光資源の多言語解説文データベース 屈斜路コタンの形成」(阿寒摩周国立公園満喫プロジェクト地域協議会)、北海道『アイヌ語地名リスト』(通し番号43)「屈斜路」

アイヌ語の地名を地図で見る

屈斜路コタンアイヌ民族資料館 開館日・時間・入館料・電話

2026年の開館
4月10日(金)から11月30日(月)まで。期間中は休みなし。町は各所で休館を知らせていましたが、2026年度も続けて開館すると発表しています
冬の休館
12月1日から4月9日まで(2020年度から)
開館時間
9時から17時まで
入館料
大人(高校生以上)420円・団体(20名以上)350円/小人(小・中学生)280円・団体200円(2019年10月1日改定)
無料の日
7月17日(北海道みんなの日)は入館無料
所在地
〒088-3351 北海道川上郡弟子屈町字屈斜路市街1条通14番地
電話
015-484-2128(電話とファクス)。休館期間中は弟子屈町教育委員会 社会教育課 社会教育係 015-482-2948
駐車場
あり(10台)
体験(予約制)
アイヌ文様の刺しゅうのコースター 1回1,000円(1枚約120分・一度に2人まで・12時から14時は不可)、勾玉づくり 1回700円(約60〜120分・1回4名まで)。どちらも3日前までに電話で予約。ファクスは不可
衣装の試着
無料。男性用・女性用・子ども用があります(数に限りあり)
開館と名前
1982年(昭和57年)6月6日開館。2020年6月4日に「アイヌ民俗資料館」から「アイヌ民族資料館」へ名前が変わりました

弟子屈町の画面「弟子屈町屈斜路コタンアイヌ民族資料館 令和8年度の開館について」(2026年2月12日更新)によります。出かける前に町の画面か電話で確かめてください。

屈斜路コタンアイヌ民族資料館の正面。コンクリートの柱と白い段のある屋根
屈斜路コタンアイヌ民族資料館の正面(2008年6月撮影)。写真: Mukasora(Wikimedia Commons・CC BY-SA 3.0)

資料館で何が見られるか 5つのテーマと、400点を超える資料

屈斜路コタンアイヌ民族資料館の展示は、「ユーカラの森」「コタンの大地」「コタンの移り変り」「山野を駆ける」「コタンを支える人々」の5つのテーマでできています。内閣府に出した町の計画は、アイヌ民族の衣装や暮らしの道具など400点以上の資料を展示していると書いています。町内の遺跡から出た縄文時代の土器や石鏃も並びます。

建物は、釧路市生まれの建築家、毛綱毅曠(もづな きこう)の設計です。観光庁の解説文によると、館内の23本の木の柱はヌササン(家の外に置く祈りの場)を表し、柱の中のスピーカーからユーカラ(叙事詩)が流れます。館の外の湖に近い広場には、子グマを育てた檻エペレセッとヌササンがあります。

観光庁の解説文は、この館の衣服の展示が、祭りの衣装よりも日々の着物の働きに目を向けていると書いています。サケの皮の長靴や雪靴、狩りと漁の道具、松浦武四郎の「東西蝦夷山川地理取調図」の複製も展示されています。

館では、アイヌの歴史を伝える25分の映像(英語版あり)を見られます。2023年4月15日からは、映画「チロンヌプカムイ イオマンテ」の短縮版も上映しています。1986年に撮ったキタキツネの霊送りの記録映像を編集したもので、町の画面は、解体の場面が含まれること、上映中の撮影・録画・録音が禁止であることを書いています。

出典: 弟子屈町「屈斜路コタンアイヌ民族資料館 令和8年度の開館について」、観光庁「多言語解説文データベース」の資料館・アイヌ文化を体現する資料館・大地の恵みで生きる・先史時代から歴史時代までの屈斜路コタン、弟子屈町「屈斜路コタン地区アイヌ文化等拠点整備事業基本計画」(2022年1月)

北海道のアイヌの博物館を一覧で見る

屈斜路古丹生活館 2025年4月に新しくなった地区の拠点

屈斜路古丹生活館は、屈斜路コタンの人びとが集まり、アイヌ文化を伝える場として使われてきた建物です。最初の建物は1966年(昭和41年)に建てられました。

古い生活館と共同浴場が傷んだため、町は2024年度(令和6年度)に、二つの働きをあわせ持つ多機能型の生活館を新しく建てました。新しい屈斜路古丹生活館は2025年4月1日に開き、所在地は弟子屈町字屈斜路市街2条通61番地です。

町の計画は、アイヌ文化の体験と伝承の場をつくること、近くのウタリ郷土自然公園の魅力を高めることを目的に挙げています。2025年度には、駐車場や車いす用の通路などのまわりの整備も計画に入りました。

出典: 内閣府「弟子屈町アイヌ施策推進地域計画」(2025年3月認定)、内閣府「弟子屈町 令和8年度アイヌ政策推進交付金事業計画」、弟子屈町「屈斜路コタン地区アイヌ文化等拠点整備事業基本計画」(2022年1月)

屈斜路コタンの歴史 縄文の遺跡から2025年の生活館まで

  1. 約8,000〜6,000年前縄文早期。屈斜路コタン遺跡と美留和第1遺跡に、この時代の集落の跡があります
  2. 13世紀ごろアイヌ文化が形づくられます。観光庁の解説文は、屈斜路湖の近くで7,000年近く前の土器が見つかっていることも紹介しています
  3. 1858年(安政5年)松浦武四郎が屈斜路コタンに泊まります。町の計画は、このときの記録で人口が30人あまりだったこと、釧路川すじでは大きなコタンだったことを書いています
  4. 明治のはじめ近くの硫黄山(アトサヌプリ)で硫黄の採掘が始まり、コタンの暮らしが大きく変わります。観光庁の解説文は、採掘の始まりを1877年と書いています
  5. 1897年(明治30年)弟子屈駅の裏から鐺別川にかけてあった弟子屈コタンが、御料農地に決まります
  6. 1902年(明治35年)弟子屈コタンが屈斜路コタンに移され、8戸と12戸があわさって20戸になります
  7. 1966年(昭和41年)屈斜路古丹生活館が建てられます
  8. 1969年(昭和44年)弟子屈アイヌ協会が設立されます
  9. 1977年(昭和52年)弟子屈町教育委員会が屈斜路コタン遺跡を発掘します
  10. 1982年(昭和57年)6月6日屈斜路コタンアイヌ民俗資料館が開館します
  11. 1983年(昭和58年)明治に禁じられて途絶えていたシマフクロウの霊を送る儀式が、屈斜路湖で正式に行われます
  12. 1984年(昭和59年)アイヌ古式舞踊が国の重要無形民俗文化財に指定されます
  13. 1986年(昭和61年)キタキツネの霊送りが記録映像に撮られます
  14. 1992年(平成4年)弟子屈町屈斜路古丹アイヌ文化保存会が設立されます。1994年に古式舞踊の保護団体に加わります
  15. 2012年(平成24年)6月資料館の前にあったチセが、傷みのため取り壊されます
  16. 2020年(令和2年)6月4日名前が「アイヌ民族資料館」に変わります
  17. 2022年(令和4年)1月町が「屈斜路コタン地区アイヌ文化等拠点整備事業計画」をつくります
  18. 2025年(令和7年)4月1日新しい屈斜路古丹生活館が開きます

出典: 弟子屈町「屈斜路コタン地区アイヌ文化等拠点整備事業基本計画」(2022年1月。弟子屈町史などを引いています)、観光庁「多言語解説文データベース」のアイヌの遺産と伝統・川湯温泉街、内閣府「弟子屈町 令和8年度アイヌ政策推進交付金事業計画」、弟子屈町「屈斜路コタンアイヌ民族資料館 令和8年度の開館について」

かやぶきの屋根につたがからむチセと、「アイヌチセッ 屈斜路コタン」の看板
資料館の前にあったチセ(2008年6月撮影。2012年6月に取り壊し)。写真: Mukasora(Wikimedia Commons・CC BY-SA 3.0)

屈斜路コタンの踊りと儀礼 公表されていること

屈斜路コタンでは、アイヌ古式舞踊が受け継がれています。町の計画は、弟子屈町のアイヌに、ヘクリサラリ(盆投げの踊り)やピリカ オッカイ リムセ(色男の舞)などの古式舞踊が伝わっていると書いています。弟子屈町屈斜路古丹アイヌ文化保存会は、1994年に国の重要無形民俗文化財の保護団体に加わりました。

町の計画は、弟子屈町史を引いて、ほかの地域では家ごとにまつるヌサ(祭壇)が、弟子屈のコタンでは一つのコタンに一つだけだったと書いています。

屈斜路コタンには、多くの儀礼で祭主をつとめた日川善次郎エカシ(長老)が建てたチセがありました。チセが2012年に取り壊されてからは、イチャルパ(先祖供養)などの儀礼は生活館などで行われてきました。町は、儀礼を伝統の形で行う場として、新しいチセを建てる計画を立てています。

丸木舟については、町の地域計画が、伝承活動の一つに丸木舟づくりの体験学習を挙げています。2022年の町の計画には、地域の懇談会などで出た意見として「丸木舟を作り屈斜路湖に浮かべる」案が載っています。丸木舟の進水式を屈斜路コタンで行ったという公表された記録は、見つけられませんでした。

出典: 弟子屈町「屈斜路コタン地区アイヌ文化等拠点整備事業基本計画」(2022年1月)、内閣府「弟子屈町アイヌ施策推進地域計画」(2025年3月認定)、内閣府「弟子屈町 令和8年度アイヌ政策推進交付金事業計画」

アイヌ語の言葉を辞書で引く

弟子屈のアイヌの食べもの 鹿、マス、イトウ、凍らせた鮭

弟子屈町史を引いた町の計画によると、明治のはじめの弟子屈のアイヌは、夏は鹿の猟を中心に、マスやイトウ、川の貝をとり、ウバユリなど山の幸を食べていました。冬は鮭や熊をとっていました。

保存食として、鮭を凍らせたルイベや、サッテキベ(干した鮭)を作りました。とったものはコタンの全員に公平に分けていた、とされています。

観光庁の解説文は、考古学の調査で、サケ、マス、ウグイ、イワナ、イトウ、チョウザメ、シジミなどを食べていたことが分かっていると書いています。

出典: 弟子屈町「屈斜路コタン地区アイヌ文化等拠点整備事業基本計画」(2022年1月)の「弟子屈アイヌの暮らし」、観光庁「多言語解説文データベース 大地の恵みで生きる」

アイヌの食文化を読む

弟子屈・屈斜路・摩周のアイヌ語地名 北海道『アイヌ語地名リスト』より

弟子屈・屈斜路・摩周のアイヌ語地名 北海道『アイヌ語地名リスト』より
今の地名アイヌ語(リストの表記)リストに書かれた意味確定レベル・通し番号
弟子屈(町・駅)テシカカ tes-ka-ka簗・上、岸・上、岸。岩盤が川を横切って簗のように見える所の説。弟子屈町史は「岩盤・上」B・通し番号83
屈斜路(湖)クッチャラ kutcarのど口。弟子屈町史は「クッチャロ 湖の水が流れ出る川口」A・通し番号43
摩周(湖・山)マシウント mas-un-toカモメの沼(永田方正の説)。山田秀三は、このあたりではカモメをカピウと呼んだようで変だが、ほかに資料が無いと書いていますC・通し番号125
カムイヌプリ(摩周岳)カムイヌプリ kamuy-nupuri神・山A・通し番号38
アトサヌプリ(硫黄山)アトウサヌプリ atusa-nupuri裸の・山。草も木もない山の姿の名。弟子屈町史も同じ説A・通し番号6
和琴(半島・温泉)オヤコッ oya-kot / o-ya-kot外の地面(永田の説)。尻が・陸地に・くっついている(知里真志保の説)。リストは知里の説のほうが自然と書いていますB・通し番号143
美留和(駅)ペレケイワナイ perke-iwa-nay裂けた・山の・川(更科源蔵の説)C・通し番号111
札友内(地区)サラトムオナイ sar-tom-o-nayヨシ原・の中間・にある・川B・通し番号53
熊牛(地区)クマウシ kuma-us-i物干し棚・多くある・所B・通し番号45

出典: 北海道 環境生活部『アイヌ語地名リスト』(2001年作成、2007年2月改訂)。道の画面は2026年10月時点で開けないため、ウェブアーカイブの写しで読みました。確定レベルは、A ほぼ特定してよい/B 有力な推論がある/C 不明と言わざるをえない、です。

「川湯」はリストに項目がありません。内閣府に出した町の計画は、町名の由来を「テシカ(岩盤)」「ガ(上)」、屈斜路を「湖の水が流れ出る川口」と書いています。

摩周湖とアトサヌプリ アイヌ語の名がいまも使われる湖と山

屈斜路コタンアイヌ民族資料館の展示を説明する観光庁の解説文は、アトサヌプリ(硫黄山)とカムイヌプリ(摩周岳)を、いまも弟子屈で使われているアイヌ語の山の名として紹介しています。

松浦武四郎が記した弟子屈 1858年に屈斜路コタンに泊まる

松浦武四郎は1858年(安政5年)に屈斜路コタンに泊まり、アイヌの人びとと親しくなったといわれています。屈斜路コタンには「武四郎の歌碑」が建てられています。

弟子屈の地名を最初にくわしく書いたのは、松浦武四郎の「東西蝦夷山川地理取調図」です。屈斜路コタンアイヌ民族資料館には、この地図の複製が展示されています。

『アイヌ語地名リスト』は、武四郎の『戊午日誌』が弟子屈の名を「川底盤石有り、その盤石の上浅くして水さわさわと騒ぐが故」と説明していることを引いています。和琴半島の名は、武四郎の『久摺日誌』では「ヲヤコツモシリ」と書かれています。

資料館の刺しゅうの体験では、武四郎の生まれた三重県松阪市の「松阪もめん」の布を使います。

出典: 内閣府「弟子屈町 令和8年度アイヌ政策推進交付金事業計画」、弟子屈町「屈斜路コタン地区アイヌ文化等拠点整備事業基本計画」(2022年1月)、観光庁「多言語解説文データベース 先史時代から歴史時代までの屈斜路コタン」、北海道『アイヌ語地名リスト』(通し番号83・143)、弟子屈町「屈斜路コタンアイヌ民族資料館 令和8年度の開館について」

いまの取り組み 資料館の展示の全面更新と、新しいチセ

いまの取り組み 資料館の展示の全面更新と、新しいチセ
事業(内閣府に出した町の計画)期間中身
屈斜路コタンアイヌ文化関連展示資料及び案内サイン等作製事業2027年4月〜2028年3月開館から40年がたった資料館の展示の方法と資料を全体的に新しくする。資料館・生活館・チセなど拠点全体の案内サインと屋外の解説板を作り、地域全体を博物館とするエコミュゼの考え方を取り入れる
屈斜路コタンアイヌ民族資料館改修事業2025年4月〜2028年3月建物を直して収蔵の場所を広げ、断熱と空調を入れて通年で開館できるようにする。増築棟に工芸品の販売と文化体験の場所、車いすで使えるトイレを置く
屈斜路コタンチセ建設事業2027年4月〜2029年3月2012年に取り壊されたチセを、イチャルパなどの儀礼を伝統の形で行う場として新しく建てる
屈斜路コタンアイヌ文化交流施設建設事業2027年4月〜2029年3月地域のアイヌの人びとが作った工芸品の販売と、文化の伝承・体験の場所を持つ施設を建てる
チャシ跡等遺跡調査及び文化財保存活用事業2027年4月〜2030年3月屈斜路コタン地区のチャシ跡をくわしく調べ、出土品を保存して資料館などで公開する
屈斜路コタンアイヌ文化普及啓発活動・伝承者育成活動事業2025年4月〜2030年3月踊り・工芸・料理の体験の場をつくり、踊りや工芸、ガイドの担い手を育てる
台湾原住民族文化交流事業2026年4月〜2030年3月協定の覚書を結んだ台湾屏東県霧台郷のルカイ族と交流し、霧台郷の魯凱文物館と資料館の協力をめざす

金額: 2026年度(令和8年度)の計画の予算は16,778,000円(国の交付金12,613,000円・町4,165,000円)で、2025年度は95,758,000円でした。資料館の改修などの地域・産業振興事業は、2025年度の51,730,000円から2026年度は0円です。展示の更新は2027年度からの事業のため、2026年度の表に金額はありません。

目標: 資料館の入館者は2024年度に6,864人で、2029年度に年10,000人を目標にしています。

出典: 内閣府「弟子屈町 令和8年度アイヌ政策推進交付金事業計画(変更)」、内閣府「弟子屈町 令和8年度アイヌ政策推進交付金事業計画」

JR釧網本線 摩周駅の駅舎とホーム
JR釧網本線 摩周駅(2018年8月撮影)。写真: Suikotei(Wikimedia Commons・CC BY-SA 4.0)

屈斜路コタンアイヌ民族資料館への行き方 摩周駅か川湯温泉駅から車で20分

屈斜路コタンアイヌ民族資料館へは、JR釧網本線の摩周駅から車で20分、川湯温泉駅からも車で20分です(町の画面による)。資料館には10台分の駐車場があります。

資料館は屈斜路湖の南岸、釧路川が湖から流れ出るところの近くにあります。冬(12月1日から4月9日)は休館なので、出かける時期に気をつけてください。

路線バスの便と時刻は、この画面では確かめていません。

出典: 弟子屈町「屈斜路コタンアイヌ民族資料館 令和8年度の開館について」の「交通機関」(2026年10月24日に確認)

ほかのアイヌの博物館も見る

出典

  1. 弟子屈町「弟子屈町屈斜路コタンアイヌ民族資料館 令和8年度の開館について」 開館日・時間・料金・体験・交通。2026年2月12日更新、2026年10月24日に確認
  2. 内閣府「弟子屈町 令和8年度アイヌ政策推進交付金事業計画(変更)」 事業の中身と期間、地域の概要、予算、目標
  3. 内閣府「弟子屈町 令和8年度アイヌ政策推進交付金事業計画」 変更前の計画
  4. 内閣府「弟子屈町アイヌ施策推進地域計画」(2025年3月) 資料館と屈斜路古丹生活館の概要、計画期間(2025年4月〜2030年3月)
  5. 弟子屈町「屈斜路コタン地区アイヌ文化等拠点整備事業基本計画」(2022年1月) 先史時代の遺跡、コタンの移り変わり、暮らし、古式舞踊、施設の歴史
  6. 観光庁「地域観光資源の多言語解説文データベース」屈斜路コタンアイヌ民族資料館の解説文6本 阿寒摩周国立公園満喫プロジェクト地域協議会の作成。展示・建物・歴史の説明
  7. 観光庁「地域観光資源の多言語解説文データベース」川湯温泉街 硫黄山の採掘の始まり(1877年)
  8. 北海道 環境生活部『アイヌ語地名リスト』(2007年改訂。ウェブアーカイブの写し) リストの通し番号 6・38・43・45・53・83・111・125・143