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苫小牧のアイヌ文化

苫小牧のアイヌ文化 美術博物館と勇払をたどる

苫小牧でアイヌ文化の資料を見られるのは、末広町の苫小牧市美術博物館です。2階の常設展示室「アイヌのくらし」に、北海道指定有形文化財のアイヌ丸木舟や、衣類・タマサイ・狩りの道具が並びます。勇払はアイヌの人びとと和人の交易の拠点で、「苫小牧」「勇払」「樽前」などの地名もアイヌ語から生まれました。

対象 苫小牧市出典 18 件この画面の更新 2026年10月24日

苫小牧市美術博物館の正面。茶色の外壁の2階建ての建物と、入口へ上がる階段
苫小牧市美術博物館(2014年9月13日撮影)。写真: Ebiebi2(Wikimedia Commons・CC BY-SA 4.0)

苫小牧のアイヌ文化について、先に5つ

どこで見られるか
苫小牧市美術博物館(苫小牧市末広町3-9-7)の2階、常設展示室「アイヌのくらし」です。
いちばんの資料
1966年に沼ノ端の旧勇払川から掘り出された丸木舟5艘と櫂・棹です。1967年に北海道指定有形文化財「アイヌ丸木舟及び推進具」になりました。
勇払の歴史
江戸時代の勇払は、アイヌの人びとと和人の交易の拠点「運上屋」を中心に栄え、1799年に幕府の「会所」になりました。1800年には八王子千人同心が移り住みました。
アイヌ語の地名
北海道の「アイヌ語地名リスト」には、苫小牧市の地名が9件あります。苫小牧、勇払、樽前、錦岡(旧名 錦多峰)、ウトナイ、植苗、糸井、別々、安平です。
いまの取り組み
苫小牧市は令和8年度、国のアイヌ政策推進交付金で、常設展のアイヌ展示の多言語化、収蔵資料の画像つき目録のための撮影、アイヌ歴史講座などを計画しています(内閣府の公表資料)。

出典: 苫小牧市美術博物館「展示室のご案内」、苫小牧市「北海道指定有形文化財 アイヌ丸木舟及び推進具」「市指定史跡 勇払会所の跡」、北海道環境生活部『アイヌ語地名リスト』、内閣府「苫小牧市 アイヌ政策推進交付金事業計画」(すべて2026年10月24日に確認)

苫小牧市美術博物館のアイヌ展示 常設展示室「アイヌのくらし」

苫小牧市美術博物館の常設展示室は、樽前山のふもとに広がる勇払原野の自然・歴史・考古を、8つのコーナーで見せています。アイヌ文化の資料は、2階の「(5)アイヌのくらし」にあります。

館の案内によると、このコーナーには、アイヌの人びとが使ってきた衣類と靴、タマサイ(玉の首かざり)などの装飾品、狩猟と採集の道具が並びます。北海道指定有形文化財の大きな丸木舟(チㇷ゚/イタオマチㇷ゚)も、間近で見られます。

となりの「(6)開拓のあゆみ」には、北前船の船箪笥や、八王子千人同心に関わる資料があります。1階の「静川史跡コーナー」では、約4千年前の縄文時代中期の環壕遺跡、国指定史跡の静川遺跡の出土品を無料で見られます。

館の画面によると、漫画『ゴールデンカムイ』に出てくる煙草入れと矢毒入れは、この館の資料がモデルです。2点は作者の色紙とともに2階の展示室にあります。作品とアイヌ文化の関わりは、ゴールデンカムイとアイヌ文化にまとめています。

館の前身は、1960年に市立図書館に置かれた郷土博物館室です。1985年11月3日に苫小牧市博物館として開館し、2013年7月27日に美術館の機能を加えて、苫小牧市美術博物館になりました。

出典: 苫小牧市美術博物館「展示室のご案内」「漫画「ゴールデンカムイ」でモデルになった資料」「苫小牧市博物館の沿革」「美術館設置までの流れ」(2026年10月24日に確認)

苫小牧市美術博物館の開館時間・観覧料・電話

所在地
〒053-0011 北海道苫小牧市末広町3-9-7
電話
0144-35-2550
開館時間
9時30分〜17時(入館は16時30分まで)。行事によって変わることがあります。
休館日
毎週月曜日(祝日のときは開館し、次の平日が休館)、年末年始(12月29日〜1月3日)
観覧料
一般300円、大学生・高校生200円。10名以上の団体は一般240円、大学生・高校生140円。特別展の料金はその都度決まります。
無料の日
5月5日(こどもの日)と11月3日(文化の日)。小中学校などの教育活動として観覧する場合とその引率の先生、障害者手帳を持つ人などは、受付で伝えると観覧料が免除されます。
年間観覧券
一般900円、大学生・高校生600円。発行の日から1年間有効です。
写真撮影
館内の撮影は原則として控えるよう案内されています。常設展示は、来館時に申請すれば撮影できます。エントランスのマンモス像は誰でも撮影できます。
駐車場
公園内の駐車場(無料・約50台)

出典: 苫小牧市美術博物館「ご利用案内(休館日、開館時間、料金等)」「アクセス」(2026年10月24日に確認)。料金と時間は変わることがあります。出かける前に館の画面か電話で確かめてください。

苫小牧市沼ノ端の勇払川。草の生えた岸のあいだを、川がまっすぐ下流へ流れている
勇払川(苫小牧市沼ノ端、沼の端橋から下流を望む。2012年6月30日撮影)。写真: Highten31(Wikimedia Commons・CC BY-SA 3.0)

勇払川のアイヌ丸木舟 5艘が北海道指定有形文化財になった理由

苫小牧市美術博物館の丸木舟は、1966年(昭和41年)7月に、沼ノ端の稔橋から80メートルほど下流の旧勇払川の右岸で掘り出されました。市の解説では、見つかったのは丸木舟5艘と、櫂(かい)・棹(さお)などの舟具です。

5艘の内わけは、川で使うチㇷ゚(丸木舟)3艘と、両側に波よけの板を付けるための小さな穴がたくさんあるイタオマチㇷ゚(板綴舟)2艘です。舟べりの一部にはアイウシ文の彫刻があり、櫂と棹には家紋(イトッパ)や所有の印(シロシ)が付いていました。市はこれらから、アイヌ民族の手による舟であることがはっきりしたとしています。

舟の年代について、市の解説は、放射性炭素(C14)による年代の調べで770年(±60年)前と出て、1330年代ごろのものと推定されると書いています。発見地の解説では、約710〜830年前としています。5艘がつながれたまま見つかった例は全国に無く、1967年(昭和42年)6月22日に北海道の有形文化財に指定されました。

発見地は、勇払川の改修で蛇行が三日月湖のように残った古川に囲まれた場所です。いまは昔の姿は残っていませんが、「史跡勇払川アイヌ丸木舟発見の跡」の標柱が立っています。

出典: 苫小牧市「北海道指定有形文化財 アイヌ丸木舟及び推進具」「アイヌ丸木舟埋没舟泊跡」(2026年10月24日に確認)。アイヌ語の表記は市の解説のとおりです。語の意味はアイヌ語の単語一覧でも引けます。

2021年に勇払の弁天海岸で見つかった丸木舟2艘

2021年1月から2月にかけて、苫小牧市勇払地区の弁天海岸で、丸木舟が2艘見つかりました。苫小牧市美術博物館によると、丸木舟①は全長610センチ・幅64センチ、丸木舟②は全長413センチ・幅45センチです。どちらも船尾の舷側に穴があり、アイヌの板綴舟(イタオマチㇷ゚)と推測されています。

2艘は勇払の勇武津資料館で保管されたあと、2021年10月20日に白老町の国立アイヌ民族博物館へ移されました。市の教育委員会と国立アイヌ民族博物館は、市が持つアイヌ資料の共同研究の覚書を結んでいます。

国立アイヌ民族博物館で塩を抜いて乾かす処理が終わり、2024年5月に奈良県の元興寺文化財研究所へ移されました。年代の調べや木の種類の同定に向けて、強度を高める処理を続けると館は伝えています。

出典: 苫小牧市美術博物館「苫小牧市弁天地区海岸で発見された丸木舟について(続報)」(2026年10月24日に確認)。国立アイヌ民族博物館は、苫小牧市のとなりの白老町にある民族共生象徴空間(ウポポイ)の中にあります。北海道のほかの館は北海道のアイヌの博物館にまとめています。

空から見た勇払の海岸。太平洋に注ぐ川の河口と、その奥に広がる原野と沼
空から見た、太平洋に注ぐ安平川と勇払川、弁天沼(2023年7月13日撮影)。写真: Tomigaoka(Wikimedia Commons・CC0)

勇払はアイヌの人びとと和人の交易の拠点だった 運上屋から勇払会所へ

勇払は、江戸時代を通じて川と海の交通の中心でした。市の史跡の解説によると、勇払の内陸はシコツと呼ばれ、漁と狩りの盛んな土地でした。勇払は、アイヌ民族と日本人の交易の拠点として置かれた「運上屋(うんじょうや)」を中心に栄えました。

1799年(寛政11年)、江戸幕府は蝦夷地を直接治めることにし、運上屋を「会所」に改めて幕府の役人を置きました。1804年(文化元年)に会所は勇払川の東側からいまの記念碑の場所へ移り、まわりには倉庫、作業小屋、宿、堂社が並んで一つの集落になりました。

1821年(文政4年)に蝦夷地は松前藩に戻され、1855年(安政2年)にふたたび幕府の直轄になりました。幕末の勇払は、イワシの〆粕(しめかす、魚から油を搾ったかすの肥料)を集めて出す場所として重みを増しました。

1873年(明治6年)、開拓使の出張所が勇払から苫細村(いまの苫小牧)へ移り、勇払の時代は終わりました。「勇払会所の跡」(苫小牧市字勇払50番地4ほか)は、1956年に市の史跡に指定されています。勇払ふるさと公園の勇武津資料館は、勇払会所を模して建てられています。

出典: 苫小牧市「市指定史跡 勇払会所の跡」(2026年10月24日に確認)。北海道全体の流れはアイヌの歴史にあります。

苫小牧と勇払の歴史の年表 アイヌの人びとに関わる出来事

  1. 1330年代ごろ沼ノ端の旧勇払川の丸木舟が作られたと推定される(C14 の年代の調べによる市の解説)
  2. 1666年ごろ僧円空が礼文華小幌の洞窟で「たろまゑ乃たけ」の権現像を作ったと推定される
  3. 1667年樽前山の大きな噴火
  4. 1739年樽前山の大きな噴火
  5. 江戸時代勇払に、アイヌ民族と日本人の交易の拠点「運上屋」が置かれる
  6. 1799年幕府が蝦夷地を直轄し、運上屋を会所に改める。幕府の役人 松田伝十郎が、小幌の洞窟で円空の像4体を確かめる。像はのちに樽前山のふもとの権現社にまつられる
  7. 1800年八王子千人同心の原新介らが勇武津(勇払)に入り、警備と開墾にあたる。4年で中止
  8. 1804年勇払会所が、いまの記念碑の場所に移される
  9. 1821年幕府が直轄をやめ、蝦夷地を松前藩に戻す
  10. 1855年幕府がふたたび蝦夷地を直轄する
  11. 1867年勇払の史跡公園の墓石のうち、最も新しいものが建てられる
  12. 1873年開拓使の出張所が、勇払から苫細村(苫小牧)に移る
  13. 1966年7月沼ノ端の旧勇払川から丸木舟5艘と舟具が掘り出される
  14. 1967年6月22日「アイヌ丸木舟及び推進具」が北海道指定有形文化財になる
  15. 1976年苫小牧アイヌ協会(旧 北海道ウタリ協会苫小牧支部)ができる
  16. 1985年11月3日苫小牧市博物館が開館する
  17. 1990年苫小牧市生活館が開館する
  18. 2013年7月27日苫小牧市美術博物館として新しく開館する
  19. 2021年勇払の弁天海岸で丸木舟2艘が見つかる。10月に国立アイヌ民族博物館へ移される
  20. 2024年5月弁天の丸木舟2艘が、奈良県の元興寺文化財研究所へ移される

出典: 苫小牧市の文化財の解説(勇払会所の跡・蝦夷地開拓移住隊士の墓・アイヌ丸木舟及び推進具・円空作樽前権現像・樽前山熔岩円頂丘)、苫小牧市美術博物館の沿革と丸木舟の続報、内閣府の事業計画の「地域の概要」。北海道と十勝の年表はアイヌの歴史の年表にあります。

八王子千人同心の勇払入植 1800年に100人が蝦夷地へ

八王子千人同心は、1800年(寛政12年)に蝦夷地の防衛と開拓を幕府に願い出て、蝦夷地に入りました。苫小牧市の解説によると、組頭の原半左衛門が隊長、弟の新介が副士となり、同心の子弟100人を連れて渡りました。

半左衛門は50人を連れて白糠へ、新介は勇武津(勇払)へ入り、警備と開墾にあたりました。千人同心の河西祐助は、役人の見習いとして妻子を連れて勇武津会所に入りました。

勇払の暮らしは厳しく、2年目に16人が亡くなり、病で郷里に帰る人も多く出て、入植は4年で中止になりました。勇払の史跡公園には、会所・千人同心・場所請負人に関わる墓石など、18基29人分がまつられています。最も古い墓石は1800年、最も新しいものは1867年に建てられました。

この縁で、苫小牧市と東京都八王子市は1973年(昭和48年)に姉妹都市になりました。千人同心に関わる資料は、苫小牧市美術博物館の常設展示室「開拓のあゆみ」にもあります。

出典: 苫小牧市「市指定史跡 蝦夷地開拓移住隊士の墓」、苫小牧市「広報とまこまい」(2023年7月作成の PDF)、苫小牧市美術博物館「展示室のご案内」(2026年10月24日に確認)

1975年の空中写真。ウトナイ湖の水面と、まわりの湿原と道路
1975年のウトナイ湖の空中写真。国土交通省「国土画像情報(カラー空中写真)」を基に作成(Wikimedia Commons・出典の表示)

ユウフツ越えと松浦武四郎 勇払からウトナイ湖を通って石狩へ

蝦夷地と呼ばれていたころ、勇払を起点に太平洋側と日本海側を結ぶ内陸の道がありました。苫小牧市の解説によると、勇払川を舟でさかのぼり、ウトナイ湖、美々川、美沢川を経て陸路でシコツ(いまの千歳)に入り、千歳川を下って石狩川に出る道で、「ユウフツ越え」「シコツ越え」と呼ばれました。

江戸時代の記録「東蝦夷地各場所様子大概書」には、「ユウフツよりビゝ迄五里、ビゝより千歳川迄弐里、千歳川より石狩迄廿五里」とあり、ほぼ3泊4日の道のりでした。

1992年、新千歳空港の建設にともなう千歳市の美々8遺跡の調べで、探検家の松浦武四郎(1818〜1888年)が書き残した「美々舟着場」の跡が見つかりました。丸木舟、板綴舟、櫂、棹が出土し、櫂にはメカジキ(シリカㇷ゚)の彫刻がありました。市は、アイヌの人びとが板綴舟で美沢川からウトナイ湖、勇払川を下って太平洋に出ていたことが、この出土品で裏付けられたとしています。

松浦武四郎は『再航蝦夷日誌』に「ビゝ憩所船乗場之図」を描いています。樽前を訪ねた武四郎の記録には、円空の権現像をまつる権現社も出てきます。

出典: 苫小牧市「ユウフツ越え 美々舟着場跡」「市指定有形文化財 錦岡樽前山神社 円空作樽前権現像」「アイヌ丸木舟及び推進具」(2026年10月24日に確認)。アイヌの人びとの川と海の漁と食べものはアイヌの食文化にまとめています。

雪の残る樽前山。中央に平らな溶岩ドームが見える
南南東から見た樽前山(2010年4月27日撮影)。写真: 欅(Wikimedia Commons・CC BY-SA 3.0)

苫小牧のアイヌ語地名 「苫小牧」「勇払」「樽前」の由来は

「苫小牧」は、アイヌ語の「トマクオマイ(to-mak-oma-i)」から来たとする説が、北海道の「アイヌ語地名リスト」に載っています。意味は「沼の(ある)マコマイ川」で、マコマイは「山の方に入っている川」と説かれています。いまの苫小牧川の旧名がマコマイで、トマコマイはそのすぐ西の支流か小川の名だったらしい、と書かれています。

「勇払」は説が分かれ、リストでは確かさが C(はっきりしない)です。「ユプトゥ(温泉の川口)」とする説と、「ユプッ(温泉の口)」「イプッ(それの口)」とする説が並びます。勇払には温泉が見当たらず、なぜそう呼ばれたかは分からない、とも書かれています。

「樽前」も確かさは C です。「タオロオマイ(高岸川)」とする説と、「オタルオマイ(砂の道がある所)」とする説があります。樽前山は市街の北西約20キロにある標高1,041メートルの活火山で、山頂の溶岩ドームは北海道の天然記念物です。

錦岡の旧名「錦多峰(にしたっぷ)」には、「ニウシタプ(木の多い山)」「ニシタプ(雲の大きな山)」などの説があり、どれも確かではないとされています。

出典: 北海道環境生活部『アイヌ語地名リスト』(2001年作成、2007年に市町村名を改訂。ウェブアーカイブの写し)、苫小牧市「北海道指定天然記念物 樽前山熔岩円頂丘」。地名の由来は資料に書かれた説で、どれが正しいとは決めていません。

苫小牧市のアイヌ語地名 9件の一覧(北海道「アイヌ語地名リスト」より)

苫小牧市のアイヌ語地名 9件の一覧(北海道「アイヌ語地名リスト」より)
いまの地名アイヌ語(カナとローマ字)意味(リストの説)確かさ・リストの番号
苫小牧(とまこまい)トマクオマイ to-mak-oma-i沼の(ある)マコマイ川。マコマイは「山の方に入っている川」(山田)B・88
勇払(ゆうふつ)ユプトゥ yu-putu/ユプッ yu-put/イプッ i-put温泉の川口(永田)/温泉の口・それの口(山田)C・137
樽前(たるまえ)タオロオマイ taor-oma-i/オタルオマイ ota-ru-oma-i高岸川(永田・山田)/砂の道がある所(上原)C・75
錦岡(にしきおか)旧名 錦多峰ニシタプ ni-sitap/ニウシタプ ni-us-tap/ニシタプ nis-tap木が縮む所か(永田)/木の多い山(山田)/雲の大きな山(苫小牧市史)C・95
ウトナイ(湖)ウッナイ ut-nay肋骨の川。勇払川から肋骨のように細長く突き出てウトナイ湖に入る川の名。湖の原名はキムント(山にある沼)などとされる(苫小牧市史)A・16
植苗(うえなえ)ウェンナイ wen-nay悪い川。どう悪かったのかは分からない(山田)C・14
糸井(いとい)旧 小糸魚コイトゥイェイ koy-tuye-i波が崩す所。1944年の字名改称で小糸魚から糸井に(苫小牧市史)A・11
別々(べつべつ)川ペッペッ pet-pet川・川。別の川かと思うほど曲がって流れる(永田)B・116
安平(あびら)川アラピラペッ ar-pira-pet/アラピラ ar-pira一面の崖の川(永田)/片側の崖(山田)C・7

出典: 北海道環境生活部『アイヌ語地名リスト』(2007年改訂版)の苫小牧市の項。確かさはリストの区分で、A ほぼ特定してよい、B 有力な推論がある、C はっきりしない、です。番号は、リストの各枚の下に書かれた通し番号です。

意味の欄は、リストの文を写さず短く言い換えています。括弧の中は、その説を唱えた人や本(永田方正、山田秀三、上原熊次郎、苫小牧市史)です。カナとローマ字はリストの表記のままです。

十勝の地名は十勝のアイヌ語地名の地図で、地名に出てくる語はアイヌ語の単語一覧で引けます。

苫小牧市のいまのアイヌ文化の取り組み 内閣府の地域計画の事業

苫小牧市は、国のアイヌ政策推進交付金を使って「苫小牧市アイヌ施策推進事業」を行っています。内閣府が公表した令和8年度の事業計画(変更後)によると、事業費は18,322,000円で、国の交付金が14,657,600円、市の負担が3,664,400円です。

苫小牧市美術博物館に関わるのは「アイヌ文化関連の観光プロモーション事業」です。常設展示のアイヌに関わる展示を、多言語とやさしい日本語で読めるように、スマートフォンなどで読み取るコードを作ります。収蔵するアイヌ資料の画像つき目録を作るための撮影と、館でのアイヌ歴史講座も計画に入っています。

市の地域計画には、館の収蔵するアイヌ資料の網羅的なデータベースを作って発信すること、常設展示の音声案内と多言語の解説を整えることも書かれています。

ほかに、苫小牧市生活館などでの講習会(刺しゅう、木彫、料理、伝統工芸、ムックリ、アイヌ語)、アイヌ文化の人形劇とウェブでの発信、市内の小中学校でのアイヌ料理の給食、アイヌ文様のラッピングバス、人形劇に参加した市民がウポポイを訪ねるバスツアーが計画されています。

出典: 内閣府「苫小牧市 アイヌ政策推進交付金事業計画 変更内訳」(令和8年度)、同「苫小牧市 アイヌ政策推進交付金事業計画」(令和8年度・当初)(2026年10月24日に確認)

苫小牧市アイヌ施策推進事業の令和8年度の事業費(内閣府の表)

苫小牧市アイヌ施策推進事業の令和8年度の事業費(内閣府の表)
区分令和8年度(変更後)令和7年度
文化振興事業10,225,000円30,723,000円
地域・産業振興事業8,097,000円3,134,000円
合計18,322,000円33,857,000円
うち国の交付金14,657,600円27,085,600円
うち市の負担3,664,400円6,771,400円

出典: 内閣府「苫小牧市 アイヌ政策推進交付金事業計画 変更内訳」の「8 収支予算」。当初の計画の合計は17,734,000円で、ラッピングバスのデザインを1案から2案にしたため、588千円増えました。

計画にある目標の一つは、美術博物館の入館者数です。令和5年度の実績は延べ39,926人(特別展覧会の12,433人を含む)で、令和9年度に延べ31,000人、令和11年度に延べ32,000人を目標としています。

同じ計画の「地域の概要」には、苫小牧市では様々な要因で永続したコタン(集落)が残らなかったこと、1976年に苫小牧アイヌ協会ができ、1990年に開館した生活館を拠点に講座や伝統儀式が開かれていることが書かれています。

JR苫小牧駅の南口の駅舎と、駅前に止まるタクシー
JR苫小牧駅の南口(2019年4月1日撮影)。写真: Mister0124(Wikimedia Commons・CC BY-SA 4.0)

苫小牧駅から苫小牧市美術博物館への行き方 バスで約10分

苫小牧市美術博物館へは、JR苫小牧駅の南口から、道南バスで「出光カルチャーパーク」まで行き、降りて歩いて5分です。乗る時間は約10分、運賃は230円と館が案内しています。

バスは、苫小牧駅前ののりば①から「24番」、のりば②から「04番」、のりば③から「08番」「12番」です。タクシーなら約10分、歩くと約20分です。苫小牧駅前の観光協会でレンタサイクルも借りられます(自転車で約10分)。

新千歳空港からは、JR快速エアポートで南千歳駅へ行き、苫小牧行きに乗り換えて約30分です。空港の国内線バスのりば2番か29番から、道南バス「30 千歳空港線」で苫小牧駅前まで約50分の便もあります。

車なら、国道276号と国道36号の交差点(苫小牧信用金庫 中野支店の角)を港の方へ進み、次の信号を右に曲がると、すぐ右に公園の駐車場(無料・約50台)があります。

出典: 苫小牧市美術博物館「アクセス」(2026年10月24日に確認)。時刻表は道南バスの画面で確かめてください。

つづけて読む

出典

  1. 苫小牧市美術博物館 展示室のご案内 常設展示室8つのコーナー(アイヌのくらし ほか)
  2. 苫小牧市美術博物館 ご利用案内(休館日、開館時間、料金等) 時間・料金・撮影。2026年10月24日に確認
  3. 苫小牧市美術博物館 アクセス バス・タクシー・徒歩・車での行き方
  4. 苫小牧市美術博物館 苫小牧市弁天地区海岸で発見された丸木舟について(続報) 2021年発見の丸木舟2艘の大きさと保存処理
  5. 苫小牧市美術博物館 漫画「ゴールデンカムイ」でモデルになった資料 煙草入れと矢毒入れ
  6. 苫小牧市美術博物館 苫小牧市博物館の沿革/美術館設置までの流れ 1960年の郷土博物館室から2013年の美術博物館まで
  7. 苫小牧市 北海道指定有形文化財 アイヌ丸木舟及び推進具 1966年の発掘、年代、1967年の指定
  8. 苫小牧市 アイヌ丸木舟埋没舟泊跡 丸木舟の発見地
  9. 苫小牧市 市指定史跡 勇払会所の跡 運上屋と会所、1873年の出張所の移転
  10. 苫小牧市 市指定史跡 蝦夷地開拓移住隊士の墓 八王子千人同心の勇払入植
  11. 苫小牧市 ユウフツ越え 美々舟着場跡 勇払から石狩への内陸の道と松浦武四郎
  12. 苫小牧市 市指定有形文化財 錦岡樽前山神社 円空作樽前権現像 円空の権現像と樽前の権現社
  13. 苫小牧市 北海道指定天然記念物 樽前山熔岩円頂丘 樽前山の標高と噴火の歴史
  14. 苫小牧市 広報とまこまい(八王子市との姉妹都市) 1973年の姉妹都市の盟約
  15. 北海道環境生活部『アイヌ語地名リスト』 2001年作成・2007年改訂。道の画面は2026年10月時点で開けないため、ウェブアーカイブの写し
  16. 内閣府 苫小牧市 アイヌ政策推進交付金事業計画 変更内訳(令和8年度) 事業の内容、収支予算、地域の概要
  17. 内閣府 苫小牧市 アイヌ政策推進交付金事業計画(令和8年度・当初) 当初の収支予算
  18. Wikimedia Commons の写真 Tomakomai City Museum 1.JPG(Ebiebi2・CC BY-SA 4.0)、Yufutsu Riv 1.JPG(Highten31・CC BY-SA 3.0)、太平洋に注ぐ安平川と、勇払川、弁天沼.jpg(Tomigaoka・CC0)、Lake Utonai Aerial photograph.1975.jpg(国土交通省)、Mt.tarumaezan.JPG(欅・CC BY-SA 3.0)、JR Muroran-Main-Line・Hidaka-Main-Line Tomakomai Station South Exit (20190401).jpg(Mister0124・CC BY-SA 4.0)